妖が潜む街

若城

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24話

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「良い時代とは……言い難いな、清次」

 烏丸は慣れない道なりを俯いて歩きながら、今は居ない彼に文句を言った。
 雪霧はこの時代に出て来た日から開き直ったように順応しようとしていた。そして、おそらく同じ妖怪が営む店で働き、訪ねてくる人間達に愛嬌を振り撒いている。コロもこの時代を生きていく事に前向きで、自分を頼ってあちらこちらで暮らしている妖怪の下へ遊びに出掛けている。彼女を見る限り、息苦しさを感じていなかった。むしろ、この時代が好きだと言わんばかりに、帰る時には笑顔を見せてくる。
 二人はこの時代を愛そうとしている。それなのに、自分はこの時代を拒み、過去に縋っている。人間と共に生きていこう、と他の妖怪が口を揃えて言ってくる。確かに、人間に合わせて生きていくのが得策なのだろう。しかし、人間に関わった生き方をしていなかった自分にとって、それは難解なものなのだ。

「順応、か」

 そう呟き、深くため息を吐く。
 耳鳴りの様に響く蝉の鳴き声に眉を潜め、ふと前方に視線を向ける。
 視線を上げたと同時に、慌てた様子でこちらの方向へ走ってくる男性が見えた。霧本が休日に良く着ていたジャージと呼ばれる物を着ており、顎には無精髭を生やし、清潔さが欠けている男性だ。
 なんだ、あいつは。
 そう思いながら、走ってくる男性とすれ違う。そこで、彼が手に何かを持っているのが見え、目を凝らして見ると、長い物で巻かれた何かだった。外側がくたびれていたのが見え、巻物か掛け軸のどちらかなのは分かった。
 しかし、何故あの様な物を持っていたのだろうか。
 盗品、か。
 後ろを振り向こうとしたが、追いかけても仕方ないと思い、止めかけた足を再び前へと動かした。

「あ、烏丸……さん」

 後ろで幼げな男性の声が聞こえてきた。先程まで居た気配は無かったが、どこかの家の中にでも居たのだろう。声の正体には、察しが付いている。間を置いて名を呼ぶ言い方をする者は、知っている限り、一人しか居ない。

「友の家にでも居たか、小僧」

 霧本俊哉だ。
 霧本は渇いた笑い声を上げた。

「う、うん。すぐそこに友達の家があってさ。ちょっと寄ってきたんだ」

 そう言って駆け寄ってくると、隣に並んできた。烏丸は横目で一瞥し、肘で無理矢理互いの距離開かせた。しかし、それに動じず、肘が当たるか当たらないかの微妙な位置を保つ形で並んでくる。

「なんのつもりだ? 貴様の家はこっちではないだろう」

 霧本を睨むようして見ると、彼は僅かに肩を竦ませ、問いに答えてくる。

「すぐに帰るよ。ちょっと言いたい事あってね」
「なら、さっさと言って帰れ」
「えぇぇ……」

 こちらを見て不服そうに言い淀んだものの、諦めた様子でため息を吐き、言うべく事を話し始めた。

「この一週間で強盗が何件かあったんだ。さっきも、友達の家のテレビで強盗があったみたいで、今回は銀行なんだよ」

 この時代でもそのような強奪がまだ存在しているのか。統一された衣服を纏った警護集団が悪しき事を行った者を、こぞって捕縛しているのを何度か見かけた事がある。その集団だとしても、その犯罪者を野放しにし、好き放題させているとは、呆れたものだ。だが、所詮は人間だ。限界がある。

「それが、我に何の関係があるというのだ」
「えぇっと……そんな凶悪犯を、さ……見かけたら捕まえてほしいんだ」

 何故、そんな事をしなければならないのだ。この時代の妖怪に、もはや何の興味を持っていない。人間の事ならば尚更だ。人間が起こした事は人間が解決すればいい。

『人間と共に過ごす』

 不意にその言葉が頭に浮かび、烏丸は顔を顰めさせる。
 例え、興味を抱く事が無くても、この先幾人もの人間と接する事になるだろう。特に、目の前に霧本とは、長い付き合いになるのかもしれない。清次以外の人間と深く関わるつもりはなかったが、そうもいかなくなるのだろうか。

「……だめ、かな?」

 不安気な声を上げ、こちらを見上げてくる霧本に向けて小さく舌打ちし、彼から視線を外す。そして、一直線に続く道を歩く人間を一人一人眺めながら、鼻を鳴らした。

「気が向いたらな」
「よかった……」

 彼はほっと胸を撫で下ろした後、進行方向とは逆の方向に体を振り向かせる。

「じゃ、僕は帰るよ。ありがとね、烏丸……さん」

 そう言い残し、走り去ろうとするのを、烏丸は引き止める。引き止められた霧本がこちらを振り返り、何を言われるのだろうかと再び不安気にこちらを見つめてきた。そんな事に、気を止めるつもりはさらさらなく、言葉を紡ぐ。

「貴様は、妖怪と友になれると思うか?」
「え?」

 思いのよらない言葉に、彼の口から間の抜けた声が洩れた。彼は咳払いして真っ直ぐこちらを見つめてくる。

「皆は僕らの事をどう思ってるか分からないけど、僕は出来ると信じてるよ。雪霧さんとコロとも、烏丸さんとも……友達になれると信じてる」

 いつもはどこか遠慮がちで迷いのある発言をする彼だが、今の言葉にはその迷いなどが感じられなかった。彼なりの真意だという事だけは伝わってくる。しかし、言っている事はあくまで理想であり、現実ではない。人間に溶け込んでいようとも、嫌悪している妖怪は存在する筈だ。その妖怪とは、おそらく友になる事は出来ない。その事を知って、彼はその言葉を言うのだろうか。いや、深いところまでは考えていないだろう。所詮、子供だ。先の事を全て理想で語ってしまう歳だ。だが、それがすこし、羨ましいとすら思う自分が居た。

「なら、奴らにその言葉を言ってみろ。きっと喜ぶだろう」
「そう……かな?」

 照れて、顔を赤くさせる霧本。そこまでして、友になりたいのか。

「帰る頃にでも言ってやれ。ではな」

 烏丸は彼の額を指で弾き、歩く速度を速める。すると、置いてかれる形となった霧本が、大きめの声で最後に話しかけてくる。

「僕は烏丸とも友達に居るつもりだからね!」

 清次と同じような事を言う彼に、首だけで振り返るが、彼は返事を待たずにしてそそくさと走り去ってしまった。小さくなっていく彼の後姿は、どことなく嬉しそうで、微かに笑い声が聞こえてくる。

「やつめ……、小僧の癖に生意気だ」

 鼻を鳴らした後、再び前を向く。
 彼は心の底から妖怪と友になりたいと願っている。雪霧とコロも彼の気持ちを快く受け取り、友となるだろう。そうなれば、本当の意味で一人になってしまう。彼の気持ちを受け止めるべきか。しかし、なったとして、彼が先に老いて死ぬのはさだめられた現実だ。真の友と思っても、一方的に別れを強いられてしまう。

「自ら、悲しみを担うか……」

 彼がそこまで考えているか分からない。
 烏丸は目を細め、途方も無い思考に舌打ちした。
  
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