妖が潜む街

若城

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22話

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 午後三時を過ぎた頃。
 雪霧は佐野商店前で箒を掃きながら、ベンチに座ってアイスクリームを舐めている四人の少年達と会話をしていた。

「――でさぁ、お姉ちゃんは何でこんなところで働いてんの?」
「こ、こんな……」

 子供の発言に、背後を気にしながら苦笑いする。僅かに後ろを振り向くと、荷物を運んでいる佐野が、こちらを不満げに見つめている姿があった。その為、雪霧は慌てて、少年の発言に反論する。

「住まわせてもらっている人に紹介してもらったんだよ」

 霧本から、言葉遣いに気を付けて、と言われた。普段喋っている言葉遣いを彼と話す以外に使うのは止めるという事になった。わざわざ変える必要があるのだろうか、と疑問に思えたが、テレビや霧本の母親の言葉遣いを見る限り、現代では自分の方が違った話し方をしているようだった。現代に馴染んで生きていくには、せめて霧本以外に違和感を与えない話し方を習得する必要があった。

「ふぅん、居候ってやつか」
「そうなるな……かな」

 軽く咳払いをし、彼らにそう言った。
 少年達はベンチから立ち上がると、残りのアイスを口に含み、額から流れる汗を拭う。
 雪霧は太った少年の額を指先で触り、気付かれない様に凍らせる。すると、気持ち良さそうな表情を浮かべ、深く息を吐いた。だが、それは直ぐに解け、顔を赤らめさせる。

「お姉さんの手、冷たいでしょう?」

少年に微笑んでみせると、彼は口を尖らせては身を低くするように手を振ってきた。
 疑問に思いつつ、雪霧は彼の言われた通り、膝に手をつける形で腰を折る。

「それっ!」

 突然、掛け声と共に、少年は雪霧の胸を鷲掴み、数回揉みしだいてきた。

「ひあっ!」

 自分の胸を覆い隠し、彼から数歩後ろに退いた。揉んだ本人は悪戯な笑みを浮かべると、他の少年達を引き連れてどこかへと走り去ってしまった。その際、少年は意気揚々と声を張り上げる。

「おっぱいちっせぇなっ! もっとおっきくしろよなぁっ」
 その言葉に顔を険しくさせて、忌々しく歯を数回鳴らす。
「気にしている事を抜け抜けと……」

 あの少年の言う通り、自分は他の女性に比べて胸は小さい方だ。封印される前の時代でも、女の人間と比べて貧相な胸をしているのを自覚していた。当時ではあまり気にはしていなかったのだが、現代の女性は体の発育が良く、自分の胸が如何に小さいのか思い知らされる。

「だ、大丈夫っ!?」

 佐野がこちらに駆け寄ってきて、心配気に見つめてくる。それに対し、雪霧は大丈夫という意思表示に、軽く手を振る。

「大丈夫です……元気ですね……」

 途絶えることのない子供の声がする方角を眺めながら、呟く。

「まぁ、そうだね。エロガキだけど」
「元気があれば、それで十分です」
「そう……。あ、そろそろ休憩入る?」

 腕時計に目を落とし、そう言った時だ。
 店の電話が店内に鳴り響く。

「おっと」

 佐野は慌てて電話に駆け寄っていき、受話器を取った。

「はい、佐野商店です。あぁ、見尾さんどうしたんですか? はい、いつもの? わかりました、すぐに持っていきますね。じゃ、失礼します」

 そう言った後、受話器を置き、慣れた手付きで冷蔵庫からプリンを取り出す。そして、野菜類と果物類をビニール袋へ丁寧に入れていく。しかし、入れ終えたところで、しまったと眉を顰めさせ、こちらに視線を向けてくる。

「えっと……」

 自分が休憩。佐野が配達となれば、この店には誰も居なくなる。一時的に店を閉めてしまえばいい話なのだが、出来るならばずっと開けておきたいのだろう。
 雪霧は崩れた身嗜みを整え、彼に手を差し伸べる。

「私が行ってまいります」
「え、悪いよ。今から休憩なんだし……」
「構いません。散歩に出ますので、ついでということで」

 ここで働くようになってからは、周辺把握の為、散歩に出かけている。最初は覚える事に必死になっていたが、いつの間にか散歩自体が楽しみになっている。

「……そう? じゃあ、お願いするね」

 佐野は申し訳なさそうに様々な商品が入ったビニール袋を受け渡した。

「はい。では、行ってきます」

「今日、にわか雨は降るって言ってたから気をつけてね」

 彼に軽く頭を下げ、店を後にする。
 向かう場所は、ここから一キロも離れていない老婆の家。夫は昨年亡くなったということで、現在は一人暮らしをしている。店に訪れる事も良くあるのだが、時々、配達を頼んでくる場合があった。その都度、佐野か雪霧が彼女の家に赴き、頼まれた品を渡していた。
 場所は一度行った神社がある方向。雪霧は神社の前まで歩き、そこで左右に分かれた道の右を曲がる。曲がって直ぐに人、ふたりが漸く通れる程の道があり、そこをまた曲がる。あとは直進し、抜けたところに老婆が住んでいる家が見える。
 歩く道は木が連なっているため、弧を描く枝が雪霧の頭上を覆っていた。多くの枝の隙間から照らされている陽の光がとても綺麗で心が暖かく感じる。蝉と鳥の鳴き声が重なり、耳を突いてくるのだが、この光景の一つと思えば心地良いものへと変化してしまう。

「素晴らしいな、ここも」

 誰にも聞かれない言葉を呟き、自然と笑みが零れる。
 俊哉は、烏丸は、コロはここを知っているのだろうか。機会があれば、連れてこよう。
 そう思いながら、道を歩いていたが、その気持ちはあるものによって阻害される事となった。
 前方から、自分よりも一回り大きな男が肩で風を切って歩いてくるのが見えた。見た目は若く、現代の笠(帽子)を斜めに被り、首には飾り。いくつもの飾りがぶつかり、金属音を鳴らす。
 霧本、佐野を見ているため、彼の恰好が異様なものに映った。ああいうのが一部では流行っているのだろうと思うのだが、世間に疎い自分でも分かる。似合っていない。
 折角、心地良い時間を過ごしていたのに気分を削がれてしまった。
 雪霧は踵を返し、引き返そうとした。だが、それも叶わなかった。
 通ってきた道には、自分よりも少し背の低い男。彼も巨体の男と似た服装をしており、仕切りに口を動かしている。おそらく、店にも置かれている『ガム』というものだろう。一度噛んでみた事があるが、自分にはあの触感は合わず、すぐに吐き出してしまった。あれのどこが良いのだろうか。

「面倒臭いな……」

 小さく舌打ちをし、前後の男を交互に見やる。すると、進行方向に居た大男が笑みを浮かべながら、目の前まで歩み寄ってきたところで立ち止まり、口を開いた。
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