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20話
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赤崎がトイレへ行くと言ってからすぐの事だ。
「お兄さん……そこの。あいつの友達?」
金髪の少女が酒呑童子とこちらを交互に見、そう問いかけてきた。
「友達、と言いたいがあいつはそうは思ってくれてないかな」
「昔から近所に住んでるってだけの野郎です……」
ここ数年で疎遠になった関係で、幼馴染というのは気が引ける。彼女自身、幼馴染と言われたくだろう。
「じゃあさ、あんな奴ほっといてあたし達とどっか行かない? それにあんた、よく見たら可愛い顔してんじゃん。絶対たのしいから」
彼女がそう言うと、隣に居た二人も同意したように頷く。
「そうそう。あいつと居ても楽しくないでしょ?」
「てかさ、あいつってぇ――」
と、三人で話し始める。どれも赤崎についての話。自分の知らない彼女の話が次々と挙がり、早口も相まって、内容を把握する事は出来なかった。しかし、彼女達の表情、語尾の浮き沈みからみて、決して誉めていない。貶している。
赤崎の動揺を見る限り、この三人は彼女の友達ではないのだろう。
新しい繋がりを拒んでいる理由は、彼女達が関係しているのが見て取れた。
(そうか……この人達が……)
彼女を変えてしまった原因。学校のレベルが低いから行く必要が無くなったと思っていた。しかし、実際はこの三人によるいじめによって通えなくなったのだ。疎遠になる前日に見せたあの目は、助けを求めるSOSだったのかもしれない。
幼馴染を苛めた三人を、それに気付けなかった自分に心底腹が立った。
霧本は拳を握り締め、三人を静かに睨みつける。彼女を苦しめる呪縛から解かれるのではあれば、この手で彼女たちを殴っても構わない。女性を殴ったという事で非難されようが、幼馴染を苛める人など異性でも何でもない。ただの化け物だ。
一つ深呼吸をし、三人に向かって一歩踏み出そうとした時、僅かな冷気を感じた。それはデパート内で稼働する冷房の冷たさではなく、隣から直に流れるものだった。
ふと、雪霧の方へ目を向けると、彼女が三本の指を擦り合わせながら口元に持っていき、白い息を吹きかけていた。彼女のその仕草は怒りを示すものというものに最近気づき、三人の会話に憤りを覚えているのを物語っていた。
「時代は変われど、下衆な奴はいるのだな」
三人には聞こえない声量で呟く。目を細めさせ、自分よりも先に彼女達に手を出そうとしている。いくら優しい彼女とはいえ、あのような性格を持った人間への耐性は持ち合わせていないようだ。
「まって、雪霧さん」
彼女の表情を見て、冷静になれた。自分よりも彼女を止めなければ、取り返しのつかないことになる。
雪霧の冷たい手を掴み、それ以上の動きを止める。彼女はゆっくりこちらを見下ろし、口を歪ませた。
「やつらには、少し痛い目にあわないといけない。彼女はとても良い人間だ」
「だけど――」
すると、何の前触れもなく酒呑童子が手を叩き、周囲に乾いた音を響かせた。
「せっかくだが、俺はやめとく。あいつを待たないといけねぇしな」
彼女達に軽く手を振って断った。それに対して不服と感じた彼女達は、あからさまに嫌な顔をする。
「は? あいつと居て何になんの? なんの得にもならないじゃん」
「むしろ、マイナスじゃね?」
口々に赤崎に対する悪態をつく彼女達に、酒呑童子は眉を潜めさせ、小さく息を吐く。
「あいつがどう思おうが、友達と思ってくれるように頑張るんだよ」
それに、と続け、
「俺の友達を悪く言うと、容赦しねぇぞ?」
いつもよりもいくつかトーンを下げた声色で告げると、金髪少女達がそれぞれ、『ひっ!』と短い悲鳴を上げ、そそくさと走り去ってしまった。その際、『ばぁか、ストーカー野郎っ』と捨て台詞を吐いていった。
「んだよ、すとぉかぁってよ」
酒呑童子は去っていく彼女達に首を傾げさせた後、大きく伸びをした。
静かな怒りを向けられ、彼女達は何を感じたのかは分からない。だが、思わず悲鳴を上げてしまうほどの何かがあったというのは確かだ。
「すとぉかって、悪口だよな。あの感じだと」
彼がこちらを振り返り、肩を竦ませる。彼の雰囲気からは逃げ出すようなものは感じず、容姿端麗の男性という印象しか受け取れなかった。
「ま、まぁ……そうだね」
「それよりも、鬼のお前が人間の味方をするとはな」
代わりに酒呑童子が怒ったことで、彼女の怒りも行き場を失い、雪霧は彼に八つ当たりする形でそんな言葉を投げかける。
「お前は人間を助けるのはではなく、襲う側だろう」
相変わらず棘のある言葉に、酒呑童子は眉を顰め、頭を掻く。
「……まぁ、人間食ったのは否定しねぇよ。ただ、生きてないやつだ」
「ふん、それでも食ったのだろう」
「俺も若かった。鬼を束ねる身にしちゃ、人間を食う姿を見せねぇと駄目だったな。死んだ人間を食うでごまかしてたんだよ。鬼は妖怪の中でも上に立つ。舐められちゃ駄目だから、あちこちで暴れる……今思えばガキみたいだよ」
「私の知り合いの妖怪はお前達、鬼に傷つけられたことがある。消えない大きな傷が残り、思うように動かなくなった……それでも自分が子供だった言うのか? 一体の妖怪の身動きを永久に奪ったのだぞ」
彼女が鬼を毛嫌いする理由がそこから来ていたのか。友である妖怪が、彼ら鬼によって体の自由を奪われてしまった。鬼に対して、怒りを覚えるのは無理もない。自分も友達を傷つけた集団の一人が居れば、良い気持ちはしない。
「許してくれとは言わねぇよ。封印されて、あいつらと出会ってから、自分のやってきたことがどんなに馬鹿げた事なのか思い知らされた。あいつは、人間が好きだ。あいつの好きなものを傷つける事なんて絶対しねぇ、そう誓ったんだ。もう俺の中じゃ、人間は襲うんじゃなく、護るもんなんだよ。だから、沙綾香を馬鹿にする奴が許せなかった」
彼なりに猛省し、人間を護る事に決めたというのは大きな進歩だ。かつて、鬼の頂に立った存在が、こうして人間の為に怒れる。当時の鬼が見れば、ひっくりかえってしまうことだろう。
だが、雪霧は見直すといった態度は取らず、再び鼻を鳴らす。
「私には信じられないな。ならば、やってみせろ。お前が友と思える沙綾香殿を、悪しき妖怪、人間から護ってみせろ。それぐらいしてもらわなければ、私の気は晴れないぞ」
「おう、任せとけ。友達を護るのが友達の役目だからな。なら、お前もやれよ。少年を護れんだろ?」
酒呑童子の申し出に、雪霧は小さく頷き、霧本の肩に手を回す。
「当たり前だ。私は、人間を愛している。勿論、護ってみせるさ」
護るというのは、身の安全を保障させるためのものなのに、彼らの雰囲気からとてもではないが、感じられない。もしかすると、殴り合いの喧嘩を始めてしまうのではないかという空気を張りつかせていた。
沙綾香を護ると宣言した彼なら、赤崎を任せても大丈夫だろう。いや、彼だけに任せてはだめだ。自分も出来る限りの事を、彼女にしてあげたい。何か抱え込んでいたら、相談に乗ろう。
これ以上、気付かずに過ごすのは嫌だ。
霧本は火花を散らす彼らのいがみ合いにはらはらしながら、そう思った。
「お兄さん……そこの。あいつの友達?」
金髪の少女が酒呑童子とこちらを交互に見、そう問いかけてきた。
「友達、と言いたいがあいつはそうは思ってくれてないかな」
「昔から近所に住んでるってだけの野郎です……」
ここ数年で疎遠になった関係で、幼馴染というのは気が引ける。彼女自身、幼馴染と言われたくだろう。
「じゃあさ、あんな奴ほっといてあたし達とどっか行かない? それにあんた、よく見たら可愛い顔してんじゃん。絶対たのしいから」
彼女がそう言うと、隣に居た二人も同意したように頷く。
「そうそう。あいつと居ても楽しくないでしょ?」
「てかさ、あいつってぇ――」
と、三人で話し始める。どれも赤崎についての話。自分の知らない彼女の話が次々と挙がり、早口も相まって、内容を把握する事は出来なかった。しかし、彼女達の表情、語尾の浮き沈みからみて、決して誉めていない。貶している。
赤崎の動揺を見る限り、この三人は彼女の友達ではないのだろう。
新しい繋がりを拒んでいる理由は、彼女達が関係しているのが見て取れた。
(そうか……この人達が……)
彼女を変えてしまった原因。学校のレベルが低いから行く必要が無くなったと思っていた。しかし、実際はこの三人によるいじめによって通えなくなったのだ。疎遠になる前日に見せたあの目は、助けを求めるSOSだったのかもしれない。
幼馴染を苛めた三人を、それに気付けなかった自分に心底腹が立った。
霧本は拳を握り締め、三人を静かに睨みつける。彼女を苦しめる呪縛から解かれるのではあれば、この手で彼女たちを殴っても構わない。女性を殴ったという事で非難されようが、幼馴染を苛める人など異性でも何でもない。ただの化け物だ。
一つ深呼吸をし、三人に向かって一歩踏み出そうとした時、僅かな冷気を感じた。それはデパート内で稼働する冷房の冷たさではなく、隣から直に流れるものだった。
ふと、雪霧の方へ目を向けると、彼女が三本の指を擦り合わせながら口元に持っていき、白い息を吹きかけていた。彼女のその仕草は怒りを示すものというものに最近気づき、三人の会話に憤りを覚えているのを物語っていた。
「時代は変われど、下衆な奴はいるのだな」
三人には聞こえない声量で呟く。目を細めさせ、自分よりも先に彼女達に手を出そうとしている。いくら優しい彼女とはいえ、あのような性格を持った人間への耐性は持ち合わせていないようだ。
「まって、雪霧さん」
彼女の表情を見て、冷静になれた。自分よりも彼女を止めなければ、取り返しのつかないことになる。
雪霧の冷たい手を掴み、それ以上の動きを止める。彼女はゆっくりこちらを見下ろし、口を歪ませた。
「やつらには、少し痛い目にあわないといけない。彼女はとても良い人間だ」
「だけど――」
すると、何の前触れもなく酒呑童子が手を叩き、周囲に乾いた音を響かせた。
「せっかくだが、俺はやめとく。あいつを待たないといけねぇしな」
彼女達に軽く手を振って断った。それに対して不服と感じた彼女達は、あからさまに嫌な顔をする。
「は? あいつと居て何になんの? なんの得にもならないじゃん」
「むしろ、マイナスじゃね?」
口々に赤崎に対する悪態をつく彼女達に、酒呑童子は眉を潜めさせ、小さく息を吐く。
「あいつがどう思おうが、友達と思ってくれるように頑張るんだよ」
それに、と続け、
「俺の友達を悪く言うと、容赦しねぇぞ?」
いつもよりもいくつかトーンを下げた声色で告げると、金髪少女達がそれぞれ、『ひっ!』と短い悲鳴を上げ、そそくさと走り去ってしまった。その際、『ばぁか、ストーカー野郎っ』と捨て台詞を吐いていった。
「んだよ、すとぉかぁってよ」
酒呑童子は去っていく彼女達に首を傾げさせた後、大きく伸びをした。
静かな怒りを向けられ、彼女達は何を感じたのかは分からない。だが、思わず悲鳴を上げてしまうほどの何かがあったというのは確かだ。
「すとぉかって、悪口だよな。あの感じだと」
彼がこちらを振り返り、肩を竦ませる。彼の雰囲気からは逃げ出すようなものは感じず、容姿端麗の男性という印象しか受け取れなかった。
「ま、まぁ……そうだね」
「それよりも、鬼のお前が人間の味方をするとはな」
代わりに酒呑童子が怒ったことで、彼女の怒りも行き場を失い、雪霧は彼に八つ当たりする形でそんな言葉を投げかける。
「お前は人間を助けるのはではなく、襲う側だろう」
相変わらず棘のある言葉に、酒呑童子は眉を顰め、頭を掻く。
「……まぁ、人間食ったのは否定しねぇよ。ただ、生きてないやつだ」
「ふん、それでも食ったのだろう」
「俺も若かった。鬼を束ねる身にしちゃ、人間を食う姿を見せねぇと駄目だったな。死んだ人間を食うでごまかしてたんだよ。鬼は妖怪の中でも上に立つ。舐められちゃ駄目だから、あちこちで暴れる……今思えばガキみたいだよ」
「私の知り合いの妖怪はお前達、鬼に傷つけられたことがある。消えない大きな傷が残り、思うように動かなくなった……それでも自分が子供だった言うのか? 一体の妖怪の身動きを永久に奪ったのだぞ」
彼女が鬼を毛嫌いする理由がそこから来ていたのか。友である妖怪が、彼ら鬼によって体の自由を奪われてしまった。鬼に対して、怒りを覚えるのは無理もない。自分も友達を傷つけた集団の一人が居れば、良い気持ちはしない。
「許してくれとは言わねぇよ。封印されて、あいつらと出会ってから、自分のやってきたことがどんなに馬鹿げた事なのか思い知らされた。あいつは、人間が好きだ。あいつの好きなものを傷つける事なんて絶対しねぇ、そう誓ったんだ。もう俺の中じゃ、人間は襲うんじゃなく、護るもんなんだよ。だから、沙綾香を馬鹿にする奴が許せなかった」
彼なりに猛省し、人間を護る事に決めたというのは大きな進歩だ。かつて、鬼の頂に立った存在が、こうして人間の為に怒れる。当時の鬼が見れば、ひっくりかえってしまうことだろう。
だが、雪霧は見直すといった態度は取らず、再び鼻を鳴らす。
「私には信じられないな。ならば、やってみせろ。お前が友と思える沙綾香殿を、悪しき妖怪、人間から護ってみせろ。それぐらいしてもらわなければ、私の気は晴れないぞ」
「おう、任せとけ。友達を護るのが友達の役目だからな。なら、お前もやれよ。少年を護れんだろ?」
酒呑童子の申し出に、雪霧は小さく頷き、霧本の肩に手を回す。
「当たり前だ。私は、人間を愛している。勿論、護ってみせるさ」
護るというのは、身の安全を保障させるためのものなのに、彼らの雰囲気からとてもではないが、感じられない。もしかすると、殴り合いの喧嘩を始めてしまうのではないかという空気を張りつかせていた。
沙綾香を護ると宣言した彼なら、赤崎を任せても大丈夫だろう。いや、彼だけに任せてはだめだ。自分も出来る限りの事を、彼女にしてあげたい。何か抱え込んでいたら、相談に乗ろう。
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