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19話
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(これが欲しいとか言うんじゃないわよ……?)
赤崎は酒呑童子が眺める本を睨みながら、そう思った。何故なら、その本は分厚く、値段が比較的に高い水準で販売されているものだからだ。確かな金額までは知らないが、およそ三千円を裕に超える物だったはずだ。
酒呑童子を含めた妖怪と関わって変わった事は、一人で居る時間が極端に少なくなった。一人になる時は学校の登下校、入浴、トイレくらいだ。それ以外は何かと絡んできて、満足すれば本の中に戻ってしまう。心身共に疲れ果てた分、以前よりも就寝出来てしまっているのが、とても複雑な気分でもある。次に、プリンを与えた事から始まった予想外の出費。佐野の店で買ってきたプリンを仕方なく与えると物凄い勢いで食べ、口々に『美味』、『美味い』、『美味しい』と感想を述べていった。それからは絡んでくるついでにプリン、あるいは菓子を要求してくるようになった。断ればやんや言うため、黙らせるという理由で与えていた。
あの本を持ち帰ったばっかりに、これ程まで苦労するとは思わなかった。
そして、今も苦労を背負っている。
「どうして奴と共に行動するのですか?」
不意に雪霧から質問を投げ掛けられ、赤崎は僅かに体を震わせると、忙しなく辺りを見渡す彼を見据える。
「別に好きで一緒に居るんじゃないです。勝手について来てるだけ」
彼らが居る以上、家で一人になれる機会は皆無だ。それなら、外へ出れば一人になる環境を作ることが出来る。そう思っていた矢先がこうだ。外出して一分後には、彼が隣に居り、無駄口のオンパレードを並べてきた。驚愕と呆れが同時に襲い、声すら上げるのも忘れてしまう。この神出鬼没の男のどこに惚れていたのだろうか、当時の女性達は。
「なぁ少年、こっち来てくれ。あれは何だ?」
酒呑童子が霧本を呼ぶと、少年漫画を指差し、問い掛ける。それに対して、彼は指差した方を見て、笑みを浮かべさせる。
「漫画だよ。昔と違って、絵を使った話が多く出回っているんだ」
「ふぅん、すげぇ変化だなぁ」
さほど興味を示した様子の無い感想を述べる。 どうやら、彼は本を読むという事をしてこなかったのだろう。その証拠に、それ以上本などを見る事はせず、レジカウンターに立っている若い女性に笑顔で手を振っていた。
それを見た赤崎は、彼に歩み寄るなり尖った耳を掴み、力任せに引っ張る。
「いだだだだだっ!」
悲痛の声を上げる酒呑童子だったが、構わず彼の顎を軽く殴る。後ろで、『あくまで鬼の頂点に立つ奴の耳と顎を……末恐ろしいな』、『さや姉さん、昔からああいうとこあるんだよ……』と後ろで好き勝手に言っているのが聞こえていたが、この際どうでもいい。
「女を誑かすなら私の居ない所でやってくれない? 目障り」
「め、目障りってか……。躊躇ねぇな……」
「事実よ。私の時間を奪ってるなら、それくらいしなさいよ」
「友達に酷い事言うなぁ……。友達失くすぞ?」
「……友達?」
「違うのか? 俺や天華や座敷童」
笑みを浮かべてみせる彼に、赤崎は憤りを覚えた。
妖怪と友人になれる筈がない。恐怖の対象である存在が、人間である自分に対して友達と呼ぶなど……あってはならない。それ以前に、自分には友達などいらない。必要としていないのに、不愉快だ。
「無理。有り得ない。私達とあんた達は未来永劫相容れないわ」
そこで、今まで余裕を持った表情を浮かべていた酒呑童子の様子が変わった。僅かに目を細めさせ、こちらから奥に居る霧本と雪霧へと向けられる。
「なぁ、お前らって……友達か?」
突然の質問に、赤崎は小さく舌打ちし、彼らを振り返る。
人間と妖怪は相容れない。それは文献からでも読み取れる事実だ。人を恐怖させ、襲い、喰う。人間は彼らにとっては悪戯、捕食の対象に過ぎないのだ。所詮、傍に居ても何の得は無い筈だ。雪霧だってそうだ。雪女は惚れた男を氷漬けにすると言われている。いずれ、霧本を氷漬けにしてどこかの山へ連れ去ってしまうのかもしれない。あの優しさも、嘘なのかもしれない。
無理なのだ。仲良くしても、無理なのだ。
「友達だが? 俊哉はどうだ?」
「うん、僕も友達と思ってるよ。だって、良い妖怪だし」
彼らの発言に、言葉を失う。
人間と妖怪が互いに認知した上で共存出来ると信じているとでもいうのか。妖怪がこの街にこれまで素性を隠して生きてきたのは、自分が生きていけるようにする為のものだ。正体が分かれば、トラブルが起きるのは必然だ。
怖くないのか。自分は人間ではない存在が近くにいるだけで途轍もなく怖い。今まで話してきた人が実は妖怪だったかもしれないと考えるだけで、背筋が寒くなった。酒呑童子が鬼の頂点に立つ存在という事を知って、生きた心地がしなかった。
恐怖心がある時点で、共に生きる事は出来ない。それがこの世界なのだ。
「ありえない……っ。妖怪が友達だなんて……」
「雪霧さんは良い妖怪だってば。佐野商店で会ってるんだから、優しいって分かってるでしょ?」
「それでも……それでも妖怪なのよ……?」
恐怖からくる偏見が自身の胸を締め付けていく。ふと、雪霧の方へ目を向けると、彼女は目を細めさせ、僅かに俯かせていた。その美しい顔から、友人関係の否定からくる悲しさを物語っていた。
雪霧は本当に人間と友達になる事を望んでいる。
種族が違う。生きる年数が違う。この二つだけで、圧倒的な差が生まれている。どんなに仲が良くなろうが、長い年月を生きる妖怪は、人間の死を老いぬ体で看取る事しか出来ない。
そんな関係に意味はあるのだろうか。それが全く理解出来ない。
「そうかよ。俺の事はいいさ。間違っちゃいねぇからな」
けどさ、と酒呑童子は続ける。
「あいつらだけは友達でいてくれ」
まさかそんな事を口にするとは思わなかった。しかし、彼の要望は聞き入れる訳にはいかない。天華と座敷童は決して悪い妖怪ではないが、妖怪であれば、仲良くするなんて出来ない。
赤崎は唇を噛み締め、酒呑童子の胸を強めに叩くと本屋から出る。
「さや姉さんっ、待ってよ!」
「うるさいわねっ! 今になって呼び止めるのやめなさいよ……あの時なら――」
「あれ、赤崎じゃね?」
突然、近くから女性の声が聞こえてきた。
それは赤崎にとって、一生聞きたくない声。
彼女の声に体を大きく震わせ、声のした方向を振り返る。
視線の先には、同じ歳程の少女三人がにやにやしながら、こちらに向けて軽く手を振ってきていた。肩に掛かる程の金髪、背中に掛かる長さの茶髪、短い黒髪。声を掛けてきた少女は、金髪の少女で、濃い化粧で彩り、まつ毛にはマスカラが塗られた細い目。高校生にも関わらず、ブランドのバッグを肩に掛け、太腿が大きく露出したミニスカートを穿いていた。
「やっぱ、赤崎じゃぁん。ひさしぶりぃ」
三人がこちらに近づいてくると、赤く染まった髪を荒っぽく払ってくる。それに対し、赤崎は彼女達から視線を逸らす。
「途中から学校来なくなって、そのまま引き籠ったと思ってたけど進学校に入ったんだって? それに、なにこれ? 高校デビュー?」
「ちょーウケる。進学校じゃ、厳つい恰好すれば、誰も逆らわないってか?」
三人が腹を抱えて笑い始める。それをすれ違う人達は迷惑そうに見ては歩き去っていく。
そして、金髪の少女が赤崎の耳に顔を近づけると、笑みを浮かべた。
「無ぅ駄。元のあんたを知ってるあたし達にはね」
その言葉に全身に悪寒が駆け巡った。それだけではなく、吐き気さえも込み上がってきて自分の胸倉を鷲掴みにする。
この場から逃げ出したい。早くこの女達を視界から消し去ってしまいたい。これ以上、この場所に居ると、気が狂ってしまいそうになる。
「で、あのイケメン誰? 彼氏?」
金髪の少女が酒呑童子に対する質問を投げかけてくるが、連れである少女が馬鹿にするようにからからと笑う。
「有り得ないってぇ。こいつが彼氏なんてさぁ」
「まぁそうよね。お兄さん、赤崎さんの――」
そこで、赤崎は彼女の声を遮る為に大きい声を出す。
「ごめん、私……トイレ……っ」
「あっそ、いってらっしゃい」
金髪の少女の返事を待つ事はせず、一目散にトイレに向かって走る。ベンチからは少しだけ離れた場所に設置されており、すぐに辿り着く事が出来た。トイレに駆け込み、手洗い場のシンクに手をつけると、鏡を睨むようにして見る。 あの数分で酷く顔色が悪くなり、青白い。込み上げてきた吐き気は治まってはいるが、胸の中に渦巻く凄まじい嫌悪感だけ、消える様子はない。
何故、あの場所に居る。二度と会わない為、今の学校を選び、見た目も変えようと努めた。それなのに、意とも容易く見破られてしまい、昔の様に絡んできた。彼女達にとって、自分は単なる玩具だ。
彼女達からいじめを受けるようになったのは単純なものだ。学校のテストで高得点を取った事。そして、学校行事に不真面目の彼女達を軽く注意した事。その二つだ。最初は上履きを隠す程度で済んでいたが、段々とエスカレートしていき、すれ違いざまにわざとぶつかってきたり、石等の固い物を投げつけてきた。一度だけ、頭に当たり、意識を失った事もあった。彼女達は疑いを掛けられたが、証拠が無いという事で御咎めもなく終わった。
それ以来、学校を行く事を拒み、自宅に引き籠って勉強をした。なるべく彼女達から離れ、彼女達には到底辿り着く事が出来ない位置に当たる学校へ進学する事を目指し、がむしゃらに。
逃げていたのは分かっていた。だが、全て一流のものを通れば、彼女達を見返せると思っての事だ。目的になるべく最短ルートを辿る為に、付き合いを一切遮断。それが最善と考えてきた。
「どうして……どうして私の邪魔をするのよ……どうして……」
シンクを何度も殴り、痛みと嗚咽の二つの苦痛を耐えながら、泣いた。
赤崎は酒呑童子が眺める本を睨みながら、そう思った。何故なら、その本は分厚く、値段が比較的に高い水準で販売されているものだからだ。確かな金額までは知らないが、およそ三千円を裕に超える物だったはずだ。
酒呑童子を含めた妖怪と関わって変わった事は、一人で居る時間が極端に少なくなった。一人になる時は学校の登下校、入浴、トイレくらいだ。それ以外は何かと絡んできて、満足すれば本の中に戻ってしまう。心身共に疲れ果てた分、以前よりも就寝出来てしまっているのが、とても複雑な気分でもある。次に、プリンを与えた事から始まった予想外の出費。佐野の店で買ってきたプリンを仕方なく与えると物凄い勢いで食べ、口々に『美味』、『美味い』、『美味しい』と感想を述べていった。それからは絡んでくるついでにプリン、あるいは菓子を要求してくるようになった。断ればやんや言うため、黙らせるという理由で与えていた。
あの本を持ち帰ったばっかりに、これ程まで苦労するとは思わなかった。
そして、今も苦労を背負っている。
「どうして奴と共に行動するのですか?」
不意に雪霧から質問を投げ掛けられ、赤崎は僅かに体を震わせると、忙しなく辺りを見渡す彼を見据える。
「別に好きで一緒に居るんじゃないです。勝手について来てるだけ」
彼らが居る以上、家で一人になれる機会は皆無だ。それなら、外へ出れば一人になる環境を作ることが出来る。そう思っていた矢先がこうだ。外出して一分後には、彼が隣に居り、無駄口のオンパレードを並べてきた。驚愕と呆れが同時に襲い、声すら上げるのも忘れてしまう。この神出鬼没の男のどこに惚れていたのだろうか、当時の女性達は。
「なぁ少年、こっち来てくれ。あれは何だ?」
酒呑童子が霧本を呼ぶと、少年漫画を指差し、問い掛ける。それに対して、彼は指差した方を見て、笑みを浮かべさせる。
「漫画だよ。昔と違って、絵を使った話が多く出回っているんだ」
「ふぅん、すげぇ変化だなぁ」
さほど興味を示した様子の無い感想を述べる。 どうやら、彼は本を読むという事をしてこなかったのだろう。その証拠に、それ以上本などを見る事はせず、レジカウンターに立っている若い女性に笑顔で手を振っていた。
それを見た赤崎は、彼に歩み寄るなり尖った耳を掴み、力任せに引っ張る。
「いだだだだだっ!」
悲痛の声を上げる酒呑童子だったが、構わず彼の顎を軽く殴る。後ろで、『あくまで鬼の頂点に立つ奴の耳と顎を……末恐ろしいな』、『さや姉さん、昔からああいうとこあるんだよ……』と後ろで好き勝手に言っているのが聞こえていたが、この際どうでもいい。
「女を誑かすなら私の居ない所でやってくれない? 目障り」
「め、目障りってか……。躊躇ねぇな……」
「事実よ。私の時間を奪ってるなら、それくらいしなさいよ」
「友達に酷い事言うなぁ……。友達失くすぞ?」
「……友達?」
「違うのか? 俺や天華や座敷童」
笑みを浮かべてみせる彼に、赤崎は憤りを覚えた。
妖怪と友人になれる筈がない。恐怖の対象である存在が、人間である自分に対して友達と呼ぶなど……あってはならない。それ以前に、自分には友達などいらない。必要としていないのに、不愉快だ。
「無理。有り得ない。私達とあんた達は未来永劫相容れないわ」
そこで、今まで余裕を持った表情を浮かべていた酒呑童子の様子が変わった。僅かに目を細めさせ、こちらから奥に居る霧本と雪霧へと向けられる。
「なぁ、お前らって……友達か?」
突然の質問に、赤崎は小さく舌打ちし、彼らを振り返る。
人間と妖怪は相容れない。それは文献からでも読み取れる事実だ。人を恐怖させ、襲い、喰う。人間は彼らにとっては悪戯、捕食の対象に過ぎないのだ。所詮、傍に居ても何の得は無い筈だ。雪霧だってそうだ。雪女は惚れた男を氷漬けにすると言われている。いずれ、霧本を氷漬けにしてどこかの山へ連れ去ってしまうのかもしれない。あの優しさも、嘘なのかもしれない。
無理なのだ。仲良くしても、無理なのだ。
「友達だが? 俊哉はどうだ?」
「うん、僕も友達と思ってるよ。だって、良い妖怪だし」
彼らの発言に、言葉を失う。
人間と妖怪が互いに認知した上で共存出来ると信じているとでもいうのか。妖怪がこの街にこれまで素性を隠して生きてきたのは、自分が生きていけるようにする為のものだ。正体が分かれば、トラブルが起きるのは必然だ。
怖くないのか。自分は人間ではない存在が近くにいるだけで途轍もなく怖い。今まで話してきた人が実は妖怪だったかもしれないと考えるだけで、背筋が寒くなった。酒呑童子が鬼の頂点に立つ存在という事を知って、生きた心地がしなかった。
恐怖心がある時点で、共に生きる事は出来ない。それがこの世界なのだ。
「ありえない……っ。妖怪が友達だなんて……」
「雪霧さんは良い妖怪だってば。佐野商店で会ってるんだから、優しいって分かってるでしょ?」
「それでも……それでも妖怪なのよ……?」
恐怖からくる偏見が自身の胸を締め付けていく。ふと、雪霧の方へ目を向けると、彼女は目を細めさせ、僅かに俯かせていた。その美しい顔から、友人関係の否定からくる悲しさを物語っていた。
雪霧は本当に人間と友達になる事を望んでいる。
種族が違う。生きる年数が違う。この二つだけで、圧倒的な差が生まれている。どんなに仲が良くなろうが、長い年月を生きる妖怪は、人間の死を老いぬ体で看取る事しか出来ない。
そんな関係に意味はあるのだろうか。それが全く理解出来ない。
「そうかよ。俺の事はいいさ。間違っちゃいねぇからな」
けどさ、と酒呑童子は続ける。
「あいつらだけは友達でいてくれ」
まさかそんな事を口にするとは思わなかった。しかし、彼の要望は聞き入れる訳にはいかない。天華と座敷童は決して悪い妖怪ではないが、妖怪であれば、仲良くするなんて出来ない。
赤崎は唇を噛み締め、酒呑童子の胸を強めに叩くと本屋から出る。
「さや姉さんっ、待ってよ!」
「うるさいわねっ! 今になって呼び止めるのやめなさいよ……あの時なら――」
「あれ、赤崎じゃね?」
突然、近くから女性の声が聞こえてきた。
それは赤崎にとって、一生聞きたくない声。
彼女の声に体を大きく震わせ、声のした方向を振り返る。
視線の先には、同じ歳程の少女三人がにやにやしながら、こちらに向けて軽く手を振ってきていた。肩に掛かる程の金髪、背中に掛かる長さの茶髪、短い黒髪。声を掛けてきた少女は、金髪の少女で、濃い化粧で彩り、まつ毛にはマスカラが塗られた細い目。高校生にも関わらず、ブランドのバッグを肩に掛け、太腿が大きく露出したミニスカートを穿いていた。
「やっぱ、赤崎じゃぁん。ひさしぶりぃ」
三人がこちらに近づいてくると、赤く染まった髪を荒っぽく払ってくる。それに対し、赤崎は彼女達から視線を逸らす。
「途中から学校来なくなって、そのまま引き籠ったと思ってたけど進学校に入ったんだって? それに、なにこれ? 高校デビュー?」
「ちょーウケる。進学校じゃ、厳つい恰好すれば、誰も逆らわないってか?」
三人が腹を抱えて笑い始める。それをすれ違う人達は迷惑そうに見ては歩き去っていく。
そして、金髪の少女が赤崎の耳に顔を近づけると、笑みを浮かべた。
「無ぅ駄。元のあんたを知ってるあたし達にはね」
その言葉に全身に悪寒が駆け巡った。それだけではなく、吐き気さえも込み上がってきて自分の胸倉を鷲掴みにする。
この場から逃げ出したい。早くこの女達を視界から消し去ってしまいたい。これ以上、この場所に居ると、気が狂ってしまいそうになる。
「で、あのイケメン誰? 彼氏?」
金髪の少女が酒呑童子に対する質問を投げかけてくるが、連れである少女が馬鹿にするようにからからと笑う。
「有り得ないってぇ。こいつが彼氏なんてさぁ」
「まぁそうよね。お兄さん、赤崎さんの――」
そこで、赤崎は彼女の声を遮る為に大きい声を出す。
「ごめん、私……トイレ……っ」
「あっそ、いってらっしゃい」
金髪の少女の返事を待つ事はせず、一目散にトイレに向かって走る。ベンチからは少しだけ離れた場所に設置されており、すぐに辿り着く事が出来た。トイレに駆け込み、手洗い場のシンクに手をつけると、鏡を睨むようにして見る。 あの数分で酷く顔色が悪くなり、青白い。込み上げてきた吐き気は治まってはいるが、胸の中に渦巻く凄まじい嫌悪感だけ、消える様子はない。
何故、あの場所に居る。二度と会わない為、今の学校を選び、見た目も変えようと努めた。それなのに、意とも容易く見破られてしまい、昔の様に絡んできた。彼女達にとって、自分は単なる玩具だ。
彼女達からいじめを受けるようになったのは単純なものだ。学校のテストで高得点を取った事。そして、学校行事に不真面目の彼女達を軽く注意した事。その二つだ。最初は上履きを隠す程度で済んでいたが、段々とエスカレートしていき、すれ違いざまにわざとぶつかってきたり、石等の固い物を投げつけてきた。一度だけ、頭に当たり、意識を失った事もあった。彼女達は疑いを掛けられたが、証拠が無いという事で御咎めもなく終わった。
それ以来、学校を行く事を拒み、自宅に引き籠って勉強をした。なるべく彼女達から離れ、彼女達には到底辿り着く事が出来ない位置に当たる学校へ進学する事を目指し、がむしゃらに。
逃げていたのは分かっていた。だが、全て一流のものを通れば、彼女達を見返せると思っての事だ。目的になるべく最短ルートを辿る為に、付き合いを一切遮断。それが最善と考えてきた。
「どうして……どうして私の邪魔をするのよ……どうして……」
シンクを何度も殴り、痛みと嗚咽の二つの苦痛を耐えながら、泣いた。
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