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18話
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一五年間生きてきて、これほど息苦しい空間を味わったことが無い。目の前には、話さなくなった幼馴染の赤崎と妖怪である男性。隣に雪霧が移動してきたが、オムライスを食べながらじっと男性の事を睨み続けており、非常に話しかけ辛い状況にあった。
「えっと……お兄さんが妖怪ってことでいいんですよね? なんていう妖怪ですか?」
「酒呑童子だ」
雪霧が忌々しく告げる。
酒呑童子、かつて多くの鬼を束ねていた言われる恐ろしい妖怪の一体だ。妖怪に詳しくない霧本でも酒呑童子の名は聞いたことがあり、数多の悪行を繰り返していたというのを知っている。
「しゅ……しゅっ!?」
予想だにしなかった存在に上手く呂律が回らず、しの口から動かせずにいると、雪霧が苛立たしげにスプーンとは逆の手の指先でテーブルを叩き始める。
「鬼が人間と一緒に居ること自体怪しい。まさか、彼女を襲おうとしているのではないのか?」
彼女の鋭い眼光に困った表情を浮かべる酒呑童子は頬を掻き、弁解して始める。
「いや、鬼が皆、人を食うわけじゃないからな? 俺も肉を食うってつっても、牛とか馬だぞ? 人間なのは……し――」
「それ以上言うな、飯が不味くなる」
「おっと、それは失礼」
二人の間に張り詰めた空気が立ち込め、霧本は理由も分からず、首を傾げる事しかで出来なかった。それは赤崎も同じだったようで、怪訝な面持ちで眉を顰めさせていた。
すると、雪霧は先程までゆっくり食べていた食事の手を早め、残りのオムライスを平らげると、席を立つ。
「これで私達は失礼する。俊哉、行こう。沙綾香さん、またお越しください」
赤崎に一礼し、テーブルからさっさと離れていってしまう。その際に酒呑童子を睨みつけ、鼻を鳴らした。それに対し、彼は笑みを浮かべさせると同じように席を立つ。
「待てって雪霧さん。俺らもご一緒させていただくよん」
「はぁっ?」
隣に居た赤崎が驚愕の表情を浮かべ、彼を止める為、着物に手を伸ばすが軽やかに避けられ、雪霧と肩を並べてカウンターの方へと歩き始める。しかし、それを快く思っていない雪霧の目が、途轍もない怒りが込められており、彼の行動次第では爆発しかねないものとなっていた。
雪霧が激怒しない選択肢はただ一つだ。抑止力である自分が怒りを受け止める。向けられていないのにも関わらず、体が強張るほどの怒りを担うのはとても怖い。それでも、ここが壊滅状態に陥るのだけは避けなくてはならない。
「ゆ、雪霧さん、いいじゃん。皆で回ろうよ。多い方がきっと楽しいよ」
「……なに?」
案の定、酒呑童子への睨みがこちらへと向けられ、体がさらに強張る。整った顔だからこその凄みがあった。目だけで動物を殺しかねない、そんな目をしていた。
「俊哉、お前はこのような下衆と共に行動するのがいいのか?」
雪霧は立ち止まり、酒呑童子を指差す。
「私達と人の世を何度も引っ掻き回した奴だ。こやつら鬼が引き起こした戦は数知れす、幾人もの人間を死なせたのだぞ」
「おいおい、待てよ。俺はそんなの――って、聞く耳持たねぇか」
彼は弁解しようとしたが、視線を外し、ため息を吐く。どうやら、弁解しても意味がないと悟ったのだろう。
「それでも、お前はこやつと共に行動するのか?」
「うん」
「そうか。ならば、私はひとりで行動することにする。では、また後でな」
そう言い、彼女は止めていた足を再び動かそうと一歩踏み出す。
何とか非常事態を避ける事が出来た。しかし、彼女のみがこのデパート内を無事に歩き切れる保証はどこにもない。全ての物に目を奪われ、挙句の果てには何かを破壊してしまうかもしれない。そして、あの美貌だ。休日のデパートとなれば、若い男性が多く訪れているため、誤ってゲームセンターに足を踏み入れてしまえば、大変なことになってしまう。主に、彼女に声をかけた者が、だが。
「み、道に迷ったらどうするの?」
「地図くらい、読める。それでも分からなければ、人に聞くさ」
「物を壊したら」
「そんな子供のような事はしない」
「エスカレーターやエレベーターに乗れるの?」
「う……っ」
階段という選択があるのだが、頭に血が昇っているせいかその言葉は出ず、詰まってしまう。それほどまでに、あの機械の印象が強かったのだろう。
雪霧は苦虫を噛み潰した面持ちでこちらを振り返り、唸る。
「汚いぞ、俊哉……」
あ、ひっかかった。階段で下りられたら詰んでいたのだが、単純で良かった。 決して口に出来ない言葉を呑み、引き攣った笑みを浮かべさせる。すると、彼女は顎で出るように促してきては、口を尖らせた。
「今回だけだ。以降は絶対に行動しない」
「う、うん……分かった」
酒呑童子を睨みながら告げる雪霧に、霧本は一度だけ頷いた。
店から出ると、人間二人と妖怪二体という異質な組み合わせでのデパート散策が始まった。目新しいものがあればすぐさま飛びつく雪霧。その都度、『それの何がいいんだ』と酒呑童子が呟き、それを睨みつけるといった一連の流れがお約束となりつつあった。その光景を、冷や汗をかきながら、霧本と赤崎が眺める。
全く生きた心地がせず、赤崎も雪霧に対する焦りと酒呑童子に対する怒りの板挟みとなり、常に眉間に皺を寄せ、非常に怖い表情を浮かべている。
そんな険悪な雰囲気を漂わせているのにも関わらず、デパート内ですれ違う人々は、まるで吸い込まれるように雪霧と酒呑童子に視線を向けていく。それもその筈だ。絶大な容姿を誇る男女が肩を並べて歩いているのだ。傍を歩いている自分の存在すら掠れてしまうほどの存在感がそこにあった。
「お、なんだあれ」
不意に酒呑童子がある場所を指差し、霧本はその方を見ると、そこには本屋があった。
「あぁ……本屋だよ」
「じゃあ、本があるんだな? じゃあ入ろうぜ。どうせ、沙綾香も見るだろ?」
確かに彼女は幼い頃から本を読むのが好きだった。小学校の時、昼休みになる度に図書室へ向かい、読書に耽る習慣があった。しかし、彼女の好きな事を知っているとなると、それなりの期間一緒に過ごしていたということなのだろうか。
「……まぁね。雪霧さん、いいですか? 入っても」
赤崎は申し訳なさそうに雪霧の方へ眼をやる。
「えぇ、私は構いませんよ」
酒呑童子以外にはいつも通り優しい表情を浮かべてくれる。だが、その優しい表情の奥に潜む般若とも言える恐ろしい顔が見え隠れし、霧本は密かに体を震わせた。
「えっと……お兄さんが妖怪ってことでいいんですよね? なんていう妖怪ですか?」
「酒呑童子だ」
雪霧が忌々しく告げる。
酒呑童子、かつて多くの鬼を束ねていた言われる恐ろしい妖怪の一体だ。妖怪に詳しくない霧本でも酒呑童子の名は聞いたことがあり、数多の悪行を繰り返していたというのを知っている。
「しゅ……しゅっ!?」
予想だにしなかった存在に上手く呂律が回らず、しの口から動かせずにいると、雪霧が苛立たしげにスプーンとは逆の手の指先でテーブルを叩き始める。
「鬼が人間と一緒に居ること自体怪しい。まさか、彼女を襲おうとしているのではないのか?」
彼女の鋭い眼光に困った表情を浮かべる酒呑童子は頬を掻き、弁解して始める。
「いや、鬼が皆、人を食うわけじゃないからな? 俺も肉を食うってつっても、牛とか馬だぞ? 人間なのは……し――」
「それ以上言うな、飯が不味くなる」
「おっと、それは失礼」
二人の間に張り詰めた空気が立ち込め、霧本は理由も分からず、首を傾げる事しかで出来なかった。それは赤崎も同じだったようで、怪訝な面持ちで眉を顰めさせていた。
すると、雪霧は先程までゆっくり食べていた食事の手を早め、残りのオムライスを平らげると、席を立つ。
「これで私達は失礼する。俊哉、行こう。沙綾香さん、またお越しください」
赤崎に一礼し、テーブルからさっさと離れていってしまう。その際に酒呑童子を睨みつけ、鼻を鳴らした。それに対し、彼は笑みを浮かべさせると同じように席を立つ。
「待てって雪霧さん。俺らもご一緒させていただくよん」
「はぁっ?」
隣に居た赤崎が驚愕の表情を浮かべ、彼を止める為、着物に手を伸ばすが軽やかに避けられ、雪霧と肩を並べてカウンターの方へと歩き始める。しかし、それを快く思っていない雪霧の目が、途轍もない怒りが込められており、彼の行動次第では爆発しかねないものとなっていた。
雪霧が激怒しない選択肢はただ一つだ。抑止力である自分が怒りを受け止める。向けられていないのにも関わらず、体が強張るほどの怒りを担うのはとても怖い。それでも、ここが壊滅状態に陥るのだけは避けなくてはならない。
「ゆ、雪霧さん、いいじゃん。皆で回ろうよ。多い方がきっと楽しいよ」
「……なに?」
案の定、酒呑童子への睨みがこちらへと向けられ、体がさらに強張る。整った顔だからこその凄みがあった。目だけで動物を殺しかねない、そんな目をしていた。
「俊哉、お前はこのような下衆と共に行動するのがいいのか?」
雪霧は立ち止まり、酒呑童子を指差す。
「私達と人の世を何度も引っ掻き回した奴だ。こやつら鬼が引き起こした戦は数知れす、幾人もの人間を死なせたのだぞ」
「おいおい、待てよ。俺はそんなの――って、聞く耳持たねぇか」
彼は弁解しようとしたが、視線を外し、ため息を吐く。どうやら、弁解しても意味がないと悟ったのだろう。
「それでも、お前はこやつと共に行動するのか?」
「うん」
「そうか。ならば、私はひとりで行動することにする。では、また後でな」
そう言い、彼女は止めていた足を再び動かそうと一歩踏み出す。
何とか非常事態を避ける事が出来た。しかし、彼女のみがこのデパート内を無事に歩き切れる保証はどこにもない。全ての物に目を奪われ、挙句の果てには何かを破壊してしまうかもしれない。そして、あの美貌だ。休日のデパートとなれば、若い男性が多く訪れているため、誤ってゲームセンターに足を踏み入れてしまえば、大変なことになってしまう。主に、彼女に声をかけた者が、だが。
「み、道に迷ったらどうするの?」
「地図くらい、読める。それでも分からなければ、人に聞くさ」
「物を壊したら」
「そんな子供のような事はしない」
「エスカレーターやエレベーターに乗れるの?」
「う……っ」
階段という選択があるのだが、頭に血が昇っているせいかその言葉は出ず、詰まってしまう。それほどまでに、あの機械の印象が強かったのだろう。
雪霧は苦虫を噛み潰した面持ちでこちらを振り返り、唸る。
「汚いぞ、俊哉……」
あ、ひっかかった。階段で下りられたら詰んでいたのだが、単純で良かった。 決して口に出来ない言葉を呑み、引き攣った笑みを浮かべさせる。すると、彼女は顎で出るように促してきては、口を尖らせた。
「今回だけだ。以降は絶対に行動しない」
「う、うん……分かった」
酒呑童子を睨みながら告げる雪霧に、霧本は一度だけ頷いた。
店から出ると、人間二人と妖怪二体という異質な組み合わせでのデパート散策が始まった。目新しいものがあればすぐさま飛びつく雪霧。その都度、『それの何がいいんだ』と酒呑童子が呟き、それを睨みつけるといった一連の流れがお約束となりつつあった。その光景を、冷や汗をかきながら、霧本と赤崎が眺める。
全く生きた心地がせず、赤崎も雪霧に対する焦りと酒呑童子に対する怒りの板挟みとなり、常に眉間に皺を寄せ、非常に怖い表情を浮かべている。
そんな険悪な雰囲気を漂わせているのにも関わらず、デパート内ですれ違う人々は、まるで吸い込まれるように雪霧と酒呑童子に視線を向けていく。それもその筈だ。絶大な容姿を誇る男女が肩を並べて歩いているのだ。傍を歩いている自分の存在すら掠れてしまうほどの存在感がそこにあった。
「お、なんだあれ」
不意に酒呑童子がある場所を指差し、霧本はその方を見ると、そこには本屋があった。
「あぁ……本屋だよ」
「じゃあ、本があるんだな? じゃあ入ろうぜ。どうせ、沙綾香も見るだろ?」
確かに彼女は幼い頃から本を読むのが好きだった。小学校の時、昼休みになる度に図書室へ向かい、読書に耽る習慣があった。しかし、彼女の好きな事を知っているとなると、それなりの期間一緒に過ごしていたということなのだろうか。
「……まぁね。雪霧さん、いいですか? 入っても」
赤崎は申し訳なさそうに雪霧の方へ眼をやる。
「えぇ、私は構いませんよ」
酒呑童子以外にはいつも通り優しい表情を浮かべてくれる。だが、その優しい表情の奥に潜む般若とも言える恐ろしい顔が見え隠れし、霧本は密かに体を震わせた。
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