妖が潜む街

若城

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15話

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 辿り着いた場所は、木造建築の店。佐野と呼ばれる男性が営んでいるあらゆる物を販売しているジャンルが定まっていないが、近所の人達には、彼の人当たりの事もあってそれなりに成り立っている。

「おはようございます」

 入り口の前で店内を覗き込むようにして挨拶をすると、奥から男性の声が聞こえてきた。

「はいはぁい」

 佐野が暖簾の垂らされている部屋から現れ、赤崎の顔を見るなり笑顔になる。

「おはよ、沙綾香ちゃん」

 佐野はこちらに手を振ってきたが、直ぐに顔を引っ込め、慌ただしい声が聞こえてくる。

「雪霧ちゃん、それじゃないよ。隣だよ隣」
「え、これがお金なのですか。数が……」
「それも後で説明するから、持って来て」

 そう言ってから、出てくるとこちらに歩み寄ってきた。

「今日は早いね」
「はい、ちょっと気分転換に」

 昨日の出来事で数年歳を取ったと錯覚してしまう程、心身共に疲れ果ててしまった。いつも来ている場所で、いつも食している物で少しでもこの疲労を回復させる為に来たも同然だ。

「て、てんちょう? 持って――」

 先程の女性の声が聞こえてきて、そちらに目を向けると、着物にエプロンの合わない組み合わせをした女性が金を入った入れ物を大事そうに抱えて出て来た。
 同じ性別でも綺麗と思える美貌の持った女性。髪も青みが掛かった白髪という独特な色をしており、染め方が絶妙だと感じた。しかし、あまりの自然さに地毛なのではと思ったが、その様な髪の色をした人間は見た事がないので、おそらく染めたのだろう。
 女性はこちらの存在に気付くなり、美しい笑みを浮かべて小さく頭を下げてきた。それにつられて頭を下げ返す。
「てんちょう、ここに置けば良いのですよね?」
店長のイントネーションが少し変わっている女性がレジの傍に置くのを、佐野は振り返って頷く。

「うん、そこだよ。ありがとう」
「あの人は?」

 赤崎は佐野に問い掛ける。

「あぁ、紹介するよ。今日から働く事となった雪霧ちゃん」
「雪霧と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 雪霧と呼ばれる女性は礼儀正しく頭を深く下げる。

「この子は沙綾香ちゃん。いつもここで買い物してくれるいい子だよ」

 本人の前で良い子だと言える彼に苦笑いするが、真に受けた雪霧は胸の前で手を合わせて、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「素晴らしい方なのですね」
「え、いや……」

 疑いの無い瞳から目を逸らし、渇いた笑い声を上げる。
 自分が素晴らしい人間だなんて一度も思った事が無い。それ以前に、良い人間だとも思った事が無い。自分がする事はいつも、相手を不快にさせるらしい。只、他の人よりも出来るというだけで、相手から妬まれる対象にされてしまうからだ。そうなってしまえば、目に見える所でする気すら起きなくなってしまう。

「あ、佐野さん。いつもの出来てますか?」

 雪霧との会話を途切れさせる為に、無理矢理佐野に話しかける。佐野はいつものという言葉に、『あぁ、あれね』と笑みを浮かべた。

「出来てるよ。ちょっと待っててね」

 そう言って、店の奥へ入っていった。数分してから大きめのケースを持ってきて、レジ横に設置されている冷蔵庫の前でゆっくり置いた。

「これは?」

 雪霧がケースを見て首を傾げさせると、佐野は彼女の問いに答える。

「プリンだよ」
「ぷりん、ですか」

 いまいち理解出来ていない様子に復唱する雪霧。
 まさか、プリンを知らないとでも言うのだろうか。このご時世でプリンを知らない人間がいるのだろうか。知らないとなれば、それは相当な世間知らずの箱入り。或いは、先日であった時代を知らない妖怪くらいだろう。

(妖怪はないわね……)

 有り得ない考えを振り払う様に首を左右に振ると、レジの方へ歩み寄り、ポケットから財布を取り出す。

「いつも通りの三つでいいのかな?」

 ケースから手作りプリンを取り出し、見せてくる彼に頷こうとした。しかし、そこであの妖怪達の顔を思い出し、その動きを止める。  

「いえ、今回は六つお願いします」
「六つ? 友達にかな?」
「えぇ……まぁ……」

 友達とは言えない存在だ。人間と妖怪が友人同士になれるとは思えない。なにしろ、種族が違う。人間が恐れた存在。そんな存在に同じ立場で接する事など出来る筈が無い。

「なら一つサービスしとくよ。いつも買ってくれてるしね」
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ」

 残りのプリンを冷蔵庫に入れ、佐野はレジの方へ回った。持ち出してきた金をレジの中で分けた後、プリンの値段を慣れた手付きで打ち込んでいく。

「五個分で一〇〇〇円になります」
 値段を言われ、赤崎は財布の中から一〇〇〇円札を取り出し、それを彼に渡す。

「丁度だね」

 プリンを袋に丁寧に入れ、金と交換するように受け渡しを行う。
「いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ。では、私はこれで」

 赤崎は佐野に頭を下げ、店から出た。
 その際、出口前に居た雪霧に視線を向けると、彼女はとても綺麗な笑顔を向け、深く頭を下げてきた。

「ありがとうございました」
「……また来ます」
「はいっ」

 彼女の笑顔は苦手だ。
 裏が無いからこそ、怖く、不安になってしまう。
 店を出てからしばらくして、後ろを振り返ると、膝を折ってプリンが入っている冷蔵庫を興味深そうに見つめている彼女の後姿が見えた。すると、プラスチック製のスプーンを持った佐野が、冷蔵庫からプリン取り出して差し出した。

(良い人なんだろうけど……)

 自分の居場所の一つを浸食された気分になってしまい、少しだけ胸が痛んだ。
 あの場所が苦痛になり、次第に行かなくなるかもしれない。

「なんじゃ、浮かない顔じゃな」

 突然、上から声がし、見上げてみると天華が舞い降りてくるところだった。

「ちょ――」

 大きな声を上げるのを何とか抑え、地面に降り立った彼女を睨みつける。  

「堂々と出てくんじゃないわよ」
「そう怒るな。誰も見ていないと確信した上で来たのじゃ」
「……ならいいわ」

 ため息を吐き、天華の脇を抜けていく。
 天華が後ろについて来ていると、赤崎の手に持たれているビニール袋を見て、疑問の声を投げかけてきた。

「手に持っているのはなんじゃ?」
「え? あぁ、プリンよ」
「ぷりん?」

 雪霧と同じ言動をする彼女に眉を潜めさせる。

「あんたたちの時代には無いお菓子よ。帰ったら食べさせてあげるわよ」
「おぉ、有難い」

 食べた事が無いものを食べられる事に笑顔を見せてくる。
 まただ。
 自分だけの時間なのに、全て何者かによって邪魔されてしまう。
 一人よりも誰かと一緒に居たいと言う人が居るだろう。しかし、自分にとって誰かと一緒に居るという事が苦痛でしかない。常に一人で居たい。
 誰とも仲良くしたくない。
 仲良くしても、得なんてしない。
 赤崎は彼女から視線を逸らし、気付かれないように唇を噛んだ。
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