妖が潜む街

若城

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14話

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『口出しすんな』『ちょっと頭良いからって調子乗んなよ』『近寄んないでくれる? ウザいから』『見てあいつ、ちょうウケる』『ウチらに逆らうなよ、優等生さん』

「――――っ」

 夢から引き剥がすようにして、赤崎は覚醒した。
 上半身を起こし、額から流れる汗を鬱陶しそうに拭う。
嫌な夢を見た。
 過去の出来事を今になって、しかも夢として見る程、不愉快なものはない。
 ベッドの外に足を下ろし、充電中であった携帯電話に手を伸ばす。ディスプレイに目を通すが、普段と変わらずメールも何も無く、それを見るなり、適当に横へと放った。

「どうした、うなされていたようじゃが」

 不意に勉強机の方から女性の声が聞こえ、視線を向けると天華が机の上に腰掛けながら首を傾げていた。

「悪い夢でも見たのか?」
「……別に」

 赤崎は彼女から視線を外すと、ベッドから降りる。夢のせいで汗が染みこんだ寝間着をつまみ、顔を顰めさせた。
立ち上がって、着替える為に寝間着を脱ぎ捨てる。そして、着替えをしまっている箪笥から適当に引っ張り出し、着替えていく。

「どこかに行くのか?」
「ちょっと近くの店にね」
「ほう。妾も一緒に行こうかの」
「好きにすれば?」

 彼女を振り返る事もせずそう返事すると、自室から出た。
 天華が後ろについてくるのは良いのだが、洗面所にまで及んだ。

「なんでここまで来るのよ……」

 彼女を振り返ってそう言うが、天華は小首を傾げさせる。

「おぬしの髪の形が面白くてな。どのようにしているのか見ておきたい」
「……あぁ、編み込み」

 彼女達が生きていた時代では、編み込んだ髪型をした者は皆無だったからこそ、気になったのだろう。面倒ではあるが、慣れてしまえば難しい髪型ではなく、五分もあれば出来てしまう。
 赤崎は歯磨きや洗顔を行った後に、髪型をセットしていく。セットしている間、天華が複数編み込んでいく髪を物珍しそうに眺めていたのを、鏡越しに見えた。これ程までに見られるのは複雑な気分になりながらも、次にサイドテールにする。
 完成、と心の中で呟き、天華を振り返ると、彼女は感嘆の声を上げた。

「おぉ、そのようにするのだな。可愛らしい」
「褒めてもなんも嬉しくないわよ」

 天華の脇をすり抜け、リビングへ向かう。
 土曜日なのにも関わらず父親は仕事、母親は友人と出掛けている。その為、今日は一人で家に居る事になる。正確には、人と数えるべきか悩む妖怪とだ。
リビングには座敷童と酒呑童子が居ると思っていたが誰も居らず、無人だった。

「座敷童と酒呑童子は?」

 まだあの本の中に居る可能性もあるが、長年拘束されていた彼らが本の中で大人しくしているとは思えない。

「あやつらはおぬしが寝ている間に出て行ったぞ」
「え……」
「心配するな。衣服は変わっておる。だぁれも気には止めん筈じゃ」

 それだけが心配ではないのだが、彼らが居ない今、何を言っても仕方がない。
 赤崎はため息を吐き、リビングへ入らずそのまま玄関に向かった。靴を履く時、ふと天華の方を振り向くと、どこからともなく草履を取り出しては赤崎の隣に置いて履いた。

(めちゃくちゃな……)

 妖怪の行う事全てに驚かされる。手品師ならば、何か仕掛けを用意しているのだろうが、彼らが行っているのは紛れもない、非現実的なものだ。本当に種も仕掛けも無く、無い場所からあらゆるものを作り上げてしまっている。魔法、妖術と言ってもいい業だ。

「妾の顔に何か付いているか? 或いは、見惚れおったか」
「そんな訳ないでしょう」
「妾は寛大じゃ。女子でも受け入れてやろうではないか」
「だから、そうじゃ――もういいわ……」

 いちいち反論するのも面倒だ。返す事はせず、家から出た。外に出ると、強い日差しに目を細めながら、目的地に向けて歩を進める。後ろでは、当時とは打って変わった風景に感嘆の声を上げる天華。
 珍しがるのも無理はないだろう。数百年前の建物は、教科書などで見る限り、現在とは一八〇度変わった構造となっている。日本ならではの建造を好んで木造建築する者もいて、完全に絶たれていない。それでも、材質などは比べものにならない程に進んではいる為、完全に保っている訳ではない。

「ここは山が無いな」

 少し物悲しい声が聞こえ、首だけで彼女を振り返ると、寂しそうな表情を浮かべていた。

「この時代は嫌?」
「いや……」

 彼女は首を左右に振って、笑みを浮かべる。

「あの時代の方が嫌いじゃったしな。むしろ有難い」
「……そう」
「じゃが、おぬしにとっては生きにくいようじゃな」
「…………」

 赤崎は答える事はせず、天華から視線を外して前を向いた。  答えたくない。これ以上、あの時の事を思い出したくない。

「言いたくないなら、それでいい」

 彼女のその言葉が、胸の奥を小さく刺さって痛んだ。

「さて、妾も現代を巡ってみようとするかの」
「え?」

 その言葉にもう一度、天華を振り返ると、彼女の体が宙に浮いた。それだけではなく、先日と同じ恰好していた衣服が、出会った時の上質な着物へといつの間にか変わっていた。

「ちょ、ちょっと……」
「では、後でな」
「ばれないように――」
「分かっておる」

 彼女は綺麗な笑みを浮かべ、あっという間に上昇していき、どこかへと消えてしまった。  大丈夫なのか、と疑問に思いながら上空を見上げる。
 いつ、彼女が戻ってくるのかは分からない。万が一、彼女が舞っている姿を見られた時には、世間の的にされてしまい、混乱を招いてしまうだろう。
 上空を気にしながら歩いていると、前方から中学生の男性が歩いてきているのが見えた。  前髪が目に掛かる程に長く、心なしか疲れている様子だった。
 近所とは言い難いが、それなりに近い場所に住んでいる少年、霧本俊哉だ。幼い頃は近所付き合いでそれなりに遊んでいたのは覚えている。しかし、中学生活で辟易してしまってからはあらゆる関係の維持が面倒になり、まともに会話をしていない。中途半端な断絶だったためか、こちらの様子を遠目で見ていたのは分かっていた。しかし、何があったのかと話しかけてくるわけでもなく、ただ傍観者と化していたため、その程度の関係だったのだと、見限る事が出来た。
 その程度の存在。
 すると、彼はこちらに向かって口を開く。
 話しかけてくる。赤崎は心の中で身構え、彼が行動する前に潰す選択をする為に、彼よりも早く口を動かした。

「おはよう、さや――」
「何じろじろ見てんのよ、低能」

 行動が遅く、相手が求めていない時になにかしようとする、そんな空気が読めない生き物が嫌いだ。自分は最高のタイミングで行動に移しているのだと思っているのだろうが、はた迷惑であり、何の価値もない。
 案の定、霧本は口を開閉させ、その場に突っ立ってしまう。予想にもしていなかった言葉に次に移す行動パターンを生み出せなくなっているのだろう。行動の遅い生き物は、予想外の事が起きると次の行動に移すのに、普通の人間よりも何手か遅くなる。その結果、次もその次も求められるタイミングで発揮出来ない負のスパイラルに陥るのだ。

「近所だからってなれなれしくしないでくれる? 不愉快だから」

 赤崎は霧本の肩をすれ違いざまに強く押す。すると、思ったよりも体のバランスが崩れ、そばにあった電柱にぶつかり、彼の肩から鈍い音が聞こえてきた。
 一瞬、体が寒くなったものの、『いてっ……』という言葉だけで酷く痛む様子はなく、別条はなかったようだ。そこで、自分が彼の身を案じたという事に苛立ちを覚え、忌々しく舌打ちする。
 もう彼と自分は何も関係のない。彼がどうなっても知った事ではない。

(どうせ、気にも留めなくなるわよ)

 そう口の中で呟き、目的の場所に向かう為、歩を速めた。
 赤崎は首だけで後ろを振り返る。視線の先には、霧本がぶつかった肩を擦りながら、頭を掻いている姿が見えた。
気にも留めないと言っておきながら、自分が気になってしまう事が非常に気に入らない。
 いちいち気にしていたら身がもたないのを、中学時代で叩き込まれた筈だ。

「こけてすりむけ、バカ」

 傍から見ればただの小学生の悪口だが、今の赤崎にそんな思考力しか持ち合わせていなかった。それほどまでに彼に対して腹が立っているということである。
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