妖が潜む街

若城

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12話

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 次の日。
 霧本は住宅街を物珍しそうに見渡しながら隣を歩く雪霧に問い掛けた。
「やっぱり雰囲気とか変わってる?」
「あぁ、変わり過ぎて困惑している程だ。あれらは何で出来ているのだ?」
「コンクリート、とかかな」
 建築の知識が皆無であるので、九割方使用されている素材のみ彼女に教えた。もっと他の素材を使っているのだろうが、関心を持っていない中学生が持っている知識となれば、その程度でしかない。
「こんくりぃと、か。ふむ」
 聞き慣れない単語を何度も呟いている彼女の顔は、やはり綺麗で未だに三〇度を裕に達している気温なのにも関わらず、汗を一つ流さないのを見ると、さすが雪女と舌を巻いてしまう。だが、その整った顔に出会った時に言っていた縦一線の切り傷が、異様な雰囲気を醸し出させていた。

「雪霧さん」
「なんだ?」
「雪霧さんは、どんな暮らしをしてたの?」
「ん、昨日言った通りに人里に降りたりして暮らしていた。細かく言えば、三日に一度は結った草履などを村の者に売っていたな。そこで、毎回求愛。あしらうのも大変だった」

 遠い目をしているところを見ると、相当なものだったのだろう。

「稼いだ金で次に作る材料を買い、残ったもので食べ物を買っていたな」
「へぇ。人と本当に変わらない生活してたんだね」
「まぁ、食べ物と言っても私のではなかったがな」
「え、そうなの?」
「あぁ。私は肉を食らう類ではないしな。山に落ちていた果物で事足りた」
「じゃあ、誰に?」
「子供達だ。今とは違い、痩せた子供達が多かった時代だ。使い道の無い金を持っていても仕方ないから、少しでも良い物を食わしてやりたかった」

 等価交換、を信条しているのを昨晩知った霧本は、子供にはその信条を取り払っているのだろうと思った。しかし、それは違った。

「食べ物の対価は、子供達の笑顔だ。むしろ、足りないくらいと思うに」  雪霧は懐かしそうに笑みを浮かべ、そう言った。
「そうですか」
「だが」

 途端に顔を険しくさせ、僅かに唇を噛み締める。

「ある時、飢饉に苛まれてしまい、村の者達はろくなものを口にする事が出来なくなってしまった。飢えで死んでしまった者を見るのは心苦しかった。それは子供も……」
「な、亡くなったの……?」

 恐る恐る聞くと、彼女は辛そうに頷いた。

「飢饉に陥ってから毎日のように村に下りていたが、空腹に体も動かせなくなってしまう状態だった。山から取ってきた果物も少量で、飢えに抗う事も出来なくなってしまい……。猪などの動物を殺して持っていく事も出来る。だが、見た目が華奢な女が動物を殺して持ってくる事は不自然。ましてや、凍らす事しか出来ない奴がとなれば怪しまれ、ばれてしまっていただろう。それでも、ばれてでも早く行動に移すべきだった……」

 雪霧の悲痛の表情からは、途轍もない後悔を背負っているのが窺えた。
 霧本は彼女から視線を逸らし、前を向くようにする。これ以上、辛い顔をしているのを見るのは心苦しい。

「私は、意を決して仕留めた獣を手に村に下りた。これ以上、村人や子供達が死んでしまうのが耐えらなかった。だが、下りている途中、陰陽道の者に出くわしてしまい、あの札に封印されてしまったのだ。別の雪女だと弁明しても、聞く耳持ってくれず、一方的に……」

 夏というのに体が寒さによって震え始める。心なしか、視界に入る電柱などが凍りついているように見えた。再び、雪霧の方を見ると、縦に走った傷を撫でながら殺意に満ちた表情を浮かべる彼女が居た。

「うっ……」
「この時代は嫌いではない。しかし、私にはあの子供達が生きられる事が出来たのかが気掛かりだ。もし、あのまま飢えて死んでいたとすれば、私はあの陰陽道の奴らを根絶やしにしてやる。子孫までもな」

 彼女の言葉からは偽りというものが微塵も感じなかった。それ程に、封印した人物に対する恨みが募っているのだろう。話している限り、人間に敵意を見せない心優しい妖怪だと思っていたが、特定の事だけは凄まじい怒りを持ち合わせる女性なのだと再確認した。
 すると、霧本達の目的地である建物が視界に入ってきた。
ニ階建ての木造建築であり、一階部分に佐野が経営する店となっている。店の傍にはあらゆるジャンルのガチャガチャが設置されており、小さい頃はこのガチャガチャを何度も回していた。今は開店前である為、シャッターが下ろされ、鍵によって厳重に閉ざされている。

「あっ、つ……着いたよっ。あそこ」

 話題の方向性を変える為に、指差して大きめな声を上げる。

「む、あそこか」

 雪霧は差された建物を見やると、その構造に『ほぉ』と小さく言った。

「木の家か。やはり、良いものだな」

 周囲は木造建築の家は殆どなく、彼女にとって慣れない景色だっただろう。その中で見慣れた建物に心なしか、先程の苛立ちが少しばかり鎮火し始めているようだ。声の調子が上がっているのが窺え、これを続けていけば何とかなるはずだ。

「おじさん、木造建築が好きなんだよ。僕には分からないけど、木の匂いが良いんだって」
「うむ。その方は分かっている。木の匂いは時に落ち着かせてくれるのだ」
「へぇ、そうなんだ」
「その、佐野殿はどういった方なのだ?」
「えっとね、良い人だよ」
「……他にないのか?」

 雪霧が疑念を抱いて目を細めるのだが、霧本にはこれ以上言う事が出来ない。
 サービス、ドライブ、運動会など、当時では無かった単語を並べても彼女が理解できるはずがないからだ。言い換えればいいのだが、全てを分かりやすくするのは骨が折れるし、最悪の場合、お互いに混乱しかねない。

「実際に会った方が一番良いかな」
「……そうか」

 釈然としない様子で頷いた雪霧と共に、店の前まで行くと、近所迷惑にならない程度に声を張った。

「おじさぁん、来たよぉっ」

 声を上げてしばらくして、建物の外側に設置されている階段から短髪の男性が下りてきた。  顎に無精ひげを生やし、長身の痩せ形な体型をしている。髪の髪質が固いようで、常に跳ねており、整えるという事をしないようだ。詳しい歳は聞いてはいないが、出始めた皺などから三〇代半ばと見てとれる。しかし、幼い頃から見た目があまり変わっていない為、実際のところは定かではない。

「やぁ、おはよう」

 笑顔で手を振ってくる佐野に霧本は手を振り、隣の雪霧は礼儀正しいお辞儀をした。
半袖のTシャツを摘まんで扇ぎながら雪霧に目を向けるなり、佐野は驚きの声を上げる。

「君が雪霧さんか。言われた通り、きちんとしてそうだね。それに美人だ」

 看板娘に最適だ、と笑みを浮かべる彼に雪霧は微笑み返し、再びお辞儀をした。

「お褒めの言葉、ありがとうございます。今日からお願い致します」
「あぁ、こっちもお願いするよ。まぁ、形として面接はさせてもらうからね」

 佐野はシャッターの鍵を解錠し、勢いよく上げた。
 その光景に、雪霧が目を丸くしているのを、霧本は見逃さなかった。
 ほぼ全ての事が新鮮である彼女だから仕方のないかもしれない。実際、今朝には人が映るテレビに、『この中に人が……。面妖な……』などと呟いていたのだ。

「じゃ、ここに座って」

 店の隅に置かれていた椅子を引っ張り出してくると、そこに座るように促す。そこに、雪霧が座り、その横で霧本が面接の行方を見守る形となる。

「では、面接を始めます」

 雪霧の前に椅子を置き、佐野は座るとそう言った。

「って言っても何聞こうかな。あ、歳はいくつかな?」
「ニ一歳でございます」
「アルバイトは初めて?」
「……はい」
「時給は大体、千百円だけど大丈夫?」
「働かせて頂けるだけでも有難いです」
「ん、採用」

 あっさりとしすぎた面接に肩透かしを食らった霧本は苦笑いする。何をともあれ、無事面接が終了した事で安堵の息を吐く。

「じゃあ、君から質問はあるかな?」
「では、一つよろしいですか?」
「ん、どうぞ」

 何を質問するのか。知らない事が多い時代の中で一つだけというのは、それ以上に疑問に抱くものがこの場にあったというだろう。
 雪霧は目を細めると、小さく笑みを浮かべる。

「貴方は、私が妖怪だという事には気づいていらっしゃるのですか?」  
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