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8話
しおりを挟む「俊哉、どういう事か説明してちょうだい」
母はリビングのソファに座り、怪訝な表情を浮かべながら、向かい合う形で正座している霧本に問い掛ける。
「えっと……」
何をどう話せばいいのだろうか。
彼女は雪女で、封印が解けました。
(言える筈がないよ……)
「まだ中学生なんだから、早いわよ。お母さん、認めませんから」
「え?」
「皆に隠して連れ込むだなんて――」
「違う違うっ!!」
霧本は大きく左右に首を振って否定する。
「それは――」
「俊哉さんに助けて頂いたのです」
雪霧が彼の言葉を遮り、そう言った。
彼女の言葉に、母の表情がより一層曇る。
「貴女は?」
「申し遅れました。私、雪霧と申します。行く当てのない私が倒れているところを看病して頂いたのです。そして、体が汚れていた事もあってお風呂をお貸し頂きました」
左人差し指と中指で目を押さえ、体を震わせる。
「俊哉さんが居なければ、今頃どうなっていたことか……」
隣に座っている霧本さえも驚いてしまう。だが、母と霧本の感情は全く違う筈だ。
母は雪霧の突然の涙に、当時の彼女の状況を察しての同情。
霧本は目元を僅かに凍らせ、熱気によって涙の様に流させている彼女の行動に対する驚愕。
(さ、策士っ!!)
「そうなの、俊哉?」
母から話を振られ、ぎこちなく頷く。
「そ、そうなんだ。あのまま放っておいたらと思うと……ね」
「そう……。行く当ても無く……うぅん……」
母は腕を組み、唸り始める。そして、傍に置いておいたバッグを漁るなり、携帯電話を取り出し、操作し始めた。電話をするのだろう。誰かの項目で操作する指を止め、耳に持っていく。
しばらくの沈黙の後、通話相手が出た。
「あ、梨沙?」
「お姉ちゃんにっ!?」
思わず声を上げてしまった霧本に対し、母が自分の人差し指を口元持っていき、顔を険しくさせる。
「あんた、今度いつ帰ってくるの? 学祭の時? あのね、今日から雪霧って子があんたの部屋で住む事になったから。え、ハンズフリーに?」
母は携帯電話を耳から離すと、ハンズフリーのボタンを押した。
その瞬間、
『雪霧ってのは誰? 授業抜けてきたんだから、さっさと話して』
ご機嫌斜めの口調の理沙の声が聴こえてきた。
「初めまして、雪霧と申します」
『私の部屋に住むってガチで言ってんの?』
「が、がち……?」
雪霧が突然の聞き慣れない言葉に顔を引き攣らせる。それを見た霧本は、彼女にだけ聞こえる声で、意味を教える。
「本当かって事だよ」
「あ、あぁ……。いえ、私が申し上げた事でなく、母上様から――」
歯切れの悪い雪霧の返事に、一層機嫌を損ねた理沙が、僅かに舌打ちした。
『お母さんが勝手に決めたの? ……雪霧さん、だっけ?』
「は、はい」
『今、下宿してるから、そっちに帰る事は少ない。部屋を好き勝手に弄らないのであれば、使っていいわ。ただ、帰ってきたら返しなさい。いい?』
「梨沙さんの仰せのままに致します」
雪霧は床に額が着く程に頭を下げる。
『固っ苦しい喋り方ねぇ。歳幾つよ』
初対面(顔を見ていない)の人(妖怪)に歳を聞くのはどうかと思う。しかし、確かに現代で話す言葉遣いではなく、どこからともなく現れた者だ。不審に思わない方がおかしい。雪霧の見た目は二十代前半の容姿をしている美女であるが、時代が時代である為、話し方が異なっている。不釣り合いな組み合わせに、疑問に思われるのは仕方のない事だろう。
(人の倍以上は生きているんだろうな、雪霧さん……)
小説、漫画を見ていると、妖怪は数百年を裕に生きているイメージがある。烏丸でさえも、最低百年を生きていたと言っていた程だ。
「二一でございます」
「えっ」
嘘を言うのは分かっていたのだが、一切の躊躇いも見せない彼女に、目を丸くさせた。先程の作り話もそうだが、彼女は嘘を吐くのに慣れているのだろうか。
『一個違いじゃん、どんな生き方してたらそんな喋り方になんのよ』
「環境が環境でしたので」
『まぁいいけど。じゃ、私は授業に戻るわ』
交渉が上手くいった事で、安堵の息を吐いた母は笑みを浮かべた。
「あぁ良かった。梨沙、怒っちゃうと思ったわぁ」
『怒ってるし。帰ったら良いの食べさせてね』
「え」
『お・ね・が・い・ね』
梨沙はそう言い残し、通話を切ってしまった。
通話が切れた携帯電話を見下ろした後、母は肩をがっくり落とした。 その状況を見ていた雪霧が、恐る恐る母に尋ねる。
「あの、母上様。私はどうなされば」
「え、あぁ……。これからよろしくね、雪霧ちゃん」
「よろしくお願いいたしますっ」
雪霧が深く頭を下げる中、母はソファから腰を上げると、鞄を肩に掛けた。
「じゃ、俊哉。雪霧ちゃんを部屋に案内してあげなさい」
「うん。けど、何でお母さん、家に戻ってきたの?」
霧本が彼女にそう問いかけると、母は少し困った表情を浮かべながら顎に手を当てる。
「グラウンドで遊んでた生徒が熱中症で倒れちゃってね。救急車呼ぶよりも私が運んだ方が早いと思って連れて行ってたの。で、汗かいちゃったから、学校に連絡入れて帰ってきた訳。まぁ結局入れなかったんだけどね」
「あぁ、なるほど……」
「じゃ、お母さんは戻るから、あとはよろしくね。雪霧ちゃんも、また後でね」
未だに頭を下げている雪霧の肩を軽く叩き、リビングから出て行った。
それを見送った霧本は、彼女に頭を上げる様に促した。
「部屋に行こう。案内するから」
「む、分かった」
雪霧は頭を上げるなり頷き、リビングから出る霧本の後ろをついていく。二階に続く階段を上がっていると、その上で肩にコロを乗せた烏丸が不機嫌そうに仁王立ちをしていたのが見えた。
「雪女、またしても人間に慣れ合う気でいるのか」
「悪いか? 人間と接する事も悪くはないぞ」
そんな彼に笑みを浮かべてみせる雪霧だったが、笑みを向けられた本人は、鼻で笑うのみだった。
「ふん、嘘で塗り固められた奴が言う事ではないな。虫唾が走るわ」
「時代に身を委ねない奴は、時代に飲み込まれるのがオチだろうに。そんな事も分からないのか? 天狗の中でも、知能が低いと見た」
お互いに睨み合う二人の間に居る霧本にとって、今の空気はとても耐えられるものではなかった。一触即発の状況に、心臓の鼓動が早くなってしまう。もし、彼らが喧嘩を始めてしまえば、霧本たちが住むこの家は全壊してしまうだろう。
「ちょ、二人とも――」
そう言おうとした時だ。
「うーっ」
烏丸の肩に乗っていたコロが、彼の頬を叩いた。しかし小柄な為、叩かれた事で顔が動くという事は無く、撫でられた様なむず痒さを、烏丸の表情から見受けられた。
「な、なんだ……?」
「むーっ」
口を大きく膨らませながら、コロは烏丸を睨みつける。そして、次に以前、手を口元で擦り合わせていた雪霧に対しても睨みつけた。
掌ほどの大きさしかない彼女が、この恐ろしい空気をものともせずに制止させようとしている事に、脱帽する。とてもじゃないが、人間である自分が烏丸と雪霧の小競り合いを完全に止める事は出来ない。出来る気がしない。
コロに睨まれた二人は、もう一度お互いに睨み合うと深いため息を吐いた。
「もういい。貴様には、何も言わん」
「またしてもだな。まったく……」
烏丸が踵を返し、霧本の部屋へと戻っていく。それを見送った霧本は、僅かに顔を引き攣らせながら雪霧を振り返った。
「な、仲良くなれるといいね……」
そう言うが、彼女はこちらに視線を向ける事もなく、小さく頷く。
「あぁそうだな。さぁ、案内してくれ」
「う、うん」
淡々とした話す彼女の表情からは、これからも烏丸と相容れる事は無いと悟っていた。
動物の姿をした妖怪と人の姿をした妖怪。元の種族が違う事が、これ程までの溝を生んでいるとは思わなかった。今まで見てきた物語や映画、漫画では同じ妖怪というだけで仲睦まじい描写が成されていたが、現実はそうではなかったようだ。
(なんだかなぁ……)
階段を上りきった後、自分の部屋を一度だけ見て、ため息を吐いた。
どうにかして、この関係をどうにかしてやりたいものだ。
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