妖が潜む街

若城

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6話

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「……え」

 ゆっくり顔を上げると、目の前には着物を着た可愛らしい少女が笑みを浮かべて立っていた。おかっぱ頭に赤と白で入り混じった着物。歳にしては、おそらく一〇歳前後だろう。
 どこから入った。気配も物音一つしていなかった。本に集中していたという事もあるのかもしれないが、周りの音すらシャットアウトする程、集中してはいない。  

「だ、誰……あんた」
「あたし? あたし――あっ」

 そこで言葉が切れ、少女の視線が赤崎から自分の背後へと移った。
 その瞬間、今まで感じた事が無かった程の圧力を感じた。鋭く、そして重い。殺気を感じなくとも、一つ下手な真似をすれば、容赦のない殴打を受ける。そう思える程の敵意が背後からひしひしと伝わってきた。
 寒くもないのに体が震え、汗が額から止まる事なく流れ、頬を伝っていく。
 振り返ろうと試みるが、体がそれを拒んだ。しかし、赤崎は噛み締め、まるできつく縄を締め付けられた様に固い体を、後方へと振り向かせた。
 そこには、男性と女性がと鋭い眼でこちらを見下ろしていた。
 男性にしては長い黒髪、紺色の着物を纏った長身。見た者全員が口を揃えて美形と謳うであろう整った顔つき。一方、女性の方は背中に届く程長い黒髪、一目で高級品と分かる赤と白を特徴にした綺麗な着物を身に纏っていた。それに加え、瞼辺り、唇が朱色で彩られており、整った顔をさらに美しさを醸し出させていた。
 だが、その双方の美しさが赤崎に、さらに恐怖を煽った。

「あ……あ……」

 上手く言葉を発する事が出来ず、口を開閉させながらソファから体を離し、一歩下がった。
 その時、下げた足が縺れ、フローリングの床に強く尻餅を着いてしまった。

「大丈夫?」

 隣で心配そうに首を傾げる少女が視界に入り、赤崎は後ずさりをする事で、彼女からも距離を取った。

(なに? 何なの!?)

 必死に頭を働かせるが、真っ当な思考をせず、疑問ばかりが渦巻いていく。

「怖がり過ぎじゃねぇか? いくらなんでも酷いぞ」

 男性が渋い顔で肩を竦めては、女性に話しかける。それに対し、女性は呆れた様子でため息を吐き、天井を仰いだ。

「若いおなごに凄めば当たり前だろうに。馬鹿じゃのう、おぬしは」
「お前も含めてだろ」
「妾は凄んではおらんぞ。のう?」

 仰いでいた顔を赤崎に向け、首を傾げる。
 彼女の問いに答える事も出来ず、彼女の大きく鋭い瞳を見つめていると、察した女性は『あぁ……』と僅かに視線を逸らした後、申し訳なさそうに口を歪める。

「そうでもなさそうじゃな。すまない」
「ほれみろ、お前も悪いんじゃねぇか」

 男性は悪戯な笑みを浮かべて彼女を横目で見た。そんな彼に、女性はじろっと睨み返すと大きな胸を持ち上げる様にして、腕を組んだ。 ​

「何もともあれ、名名乗らなければ始まらんな。こやつも、気が気じゃなかろう。妾は天華。女天狗の天華じゃ」

 女天狗。別名・尼天狗。言葉の通り、女の天狗である。尼から天狗へと変化したという話もあり、天狗の中でも下位の存在。それは烏天狗と同等のものと言われる。天狗に近い姿をしているものの、人間と殆ど変らない容姿をしている為、翼を見るまで正体に気付かれなかったとも言われる。前述の話もあるが、別に『天逆毎』とも呼ばれる存在という話もある。しかし、本来の女天狗と懸け離れた存在である為、一概には言えない。

「名はねぇが。俺は酒呑童子だ」

 男性は笑みを浮かべ、そう言った。
 酒呑童子。多くの鬼を従い、人々を襲って喰らったと伝えられる妖怪である。京都の姫君を誘拐し、遣えさせ、血肉を喰らったとも言われ、残虐非道の逸話がいくつも存在している。彼の出生はいくつかある。その中でも、女を恋煩いで死なせてしまうという逸話もあり、まれに見ない美少年だったとも言われている。後に、前述も事もあって、源頼光らによって首をはねられしまう結末に終わるが、その最中、兜にかぶりつくというしつこさも持ち合わせていた、と記述されている。

「で、あやつが座敷童じゃ」

と、天華と呼ばれる女天狗が、少女を指差した。

「はじめまして」

 座敷童。幼い子供から一五歳程度までの少年少女の姿まであるとされ、悪戯好きではあるが、幸せを運ぶとも言われている妖怪・妖精である。幼い子供にしか視認が出来ず、成長した子供や大人には姿が見えなかったとされる。また、地域では『わらべ歌』を伝えたという逸話も存在している。ある県では、座敷童が住んでいると言われた温泉旅館があり、幸せしてもらいたいと訪れる人が絶えない様だ。しかし現在、そこはある事故によって営業していない。
 話とテレビでしか見た事が無い存在が目の前にいる。女天狗に関しては、女性の天狗が存在していたという事実に驚きだ。
三体中二体から放たれる途轍もない威圧感が、赤崎の体を小刻みに震わせる。

「よ……妖怪……」
「そう、妖怪じゃ。よろしくたもう」

 天華はこちらに歩み寄ってくると、細く、長い手を差し伸べてきた。

「え……あ……」

 彼女の手を見下ろした後、恐る恐る握って上下に振る。
 そこで、はっきりとあった意識が遠のいていくのを感じた。特に、彼女は何もしていないだろう。だが、計り知れない出来事に精神が追い付けず、尽きてしまったのだ。
頭が床に打つ時、  

「しまった……早かったか……」
「ちょっと考えれば分かるだろが」
「天華ひどぉい」

 と、妖怪達の声が聞こえた。  
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