妖が潜む街

若城

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3話

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 烏丸は首が痛くなる程に高い建物が並ぶ街を歩いていた。
 四〇〇年前に比べて大きく変わっているのが一目で分かった。木製で出来た建物は、見る限り無く、得体の知れない材料で建築された建物が目の前に広がっている。服装も違い、着物を着た者も皆無だ。これも得体の知れない材質で作られており、着物とは掛け離れた衣服だった。

「ふむ、奇怪なものだ」

 顎に手を当てながら、そう呟く。
 辺りを見回しながら歩いていると、何やらへそを出し、肘にかけた四角形の入れ物から紙みたいな物を、行き交う人達に渡していた。しかし、殆どの人間はそれを無視し、通り過ぎていく。
 烏丸が女性に近づくと、その女性は笑顔を浮かべて紙のような物を四角形の容れ物から出し、手渡してきた。

「どうぞ」

 そこで、一つの違和感を覚えた。
 行き交う人からは感じない感覚。
 雪女からも、コロポックルからも感じた感覚。

「貴様、妖怪だな?」
「へ……?」

 女性は顔を引き攣らせ、わざとらしい笑みを浮かべる。どうやら、はぐらかそうとしている様だ。だが、それをみすみす見過ごす訳にはいかない。

「惚けるな。我も妖怪だ」
「ぐっ……」

 女性は容れ物を烏丸に投げつけると、どこかへと走り去ってしまった。
 烏丸は舌打ちをし、彼女が走り去った方向を見る。数秒目を離していただけで、女性の姿が遠くなっていた。その後ろ姿を追い掛けるべく、邪魔になる人間を押しのけながら進む。その際に、睨みつけられたりや文句を言われたが、睨み返す事でそれを黙らせた。
 女性が建物と建物の間にある狭い道へと入っていく。烏丸はその場で跳び、固い物で作られた柱に飛び乗り、女性が抜けていった建物の屋根とも言える場所へと飛び移る。降り立った後、彼女が出口であるもう片方の道へと駆け抜けていくのが見え、追いかける。

「どこへ逃げようと無駄だ」

 苛立たし気に飛び降りると、少し離れた場所で降り立ち、彼女の退路を塞いだ。突如、烏丸が降ってきた事で、慌ただしく足をバタつかせ、急停止する。

「な、なんなのよアンタっ!?」

 顔を険しくさせ、怒鳴る女性。そんな彼女を烏丸が睨みつける事で、それ以上の発言をさせない様にした。しかし、彼女は怖気づく事も無く、こちらに歩み寄ってくる。

「あんな公然の場でその事言うのは非常識じゃないっ? 妖怪の中じゃ当たり前の事よっ!?」

 烏丸の胸の中心を人差し指で突き、自分よりも背の高い烏丸に怒鳴りつける。それに対し、烏丸は片眉を上げるだけで、怒鳴り返す事はしなかった。

「そんなものは知らん。何故、貴様は人間に溶け込もうとしているのだ」
「は、はぁ? そんなの、妖怪の中じゃとっくの昔からの常識よ。どこの田舎者でも知ってる事よ」

 女性は小馬鹿にする様に顔を引き攣らせた。  

「我は四〇〇年前の妖怪だ。今の事情など知るか」
「なにあんた、漫画や小説みたいに封印されてましたぁとか言うんじゃないでしょうね?」
「そうだが?」

 すると突然、女性が腹を抱えて笑い始めてしまった。

「ぷ……はははははははっ!! 超ウケる!!」
「何がおかしい」

 烏丸は顔を険しくさせると、女性に顔を近づけさせる。それを、女性は一歩後退する事で距離を取り、鬱陶しそうに手を振った。

「あぁウザ。じゃあ、古い人の為に教えといてあげる。私達、妖怪は人間として生きてる。一〇〇年以上前からね」
「人間よりも優れている妖怪が何故、そのような事をする必要がある?」
「……そんな時代を知らないし。あったとして、とうの昔に終わってるわよ」
腕を組んだ後、あからさまに不機嫌そうに、女性は顔を歪める。
「それはどういう――」

 烏丸が理由を尋ねようと、言葉を発したが、女性の怒りの籠った声によって遮られる事となった。

「どうもこうも無いわよ……。一度の戦争で何千、何万の人が一度に死ぬのよ。原爆落とされた時、一体どれだけの妖怪が死んだと思ってるの……。何度もされた爆撃で、家族が全員死んだのよ。戦争が終わって時代に変われば、人間が過ごしやすい地域に変わり始めた。妖怪が住んでいた山が重機に荒らされて、村がダムに沈められて、森が更地に変えられた……。生きていくに必要な場所が人間に奪われていったのよ、この百数十年でっ!! このままじゃ生きていけないから、私達は人間に寄生するしか方法が無くなったっ!」

 聞いた事も無い単語に、烏丸は混乱しながらも、一つの疑問を彼女に問い掛けた。

「ならば、妖怪達で――」

 しかし、それすらも彼女によって遮られてしまう。

「なに、戦争でも起こせとでも言いたいの? 無理に決まってるわ。一つの武器で何百の人間を一掃出来る時代に、妖怪が束になってかかるなんて、無謀にも程があるわよ」

 女性は一度離れたが、烏丸へと再び歩み寄り、胸倉を掴み上げて睨みつける。その目には、涙が溜まっており、今まで受けた凄惨な人生に計り知れない恐怖を覚えてしまっているのを物語っていた。

「何度も泥水を啜って、やっとこの生活を手に入れたのに……。見ず知らずのあんたに奪われる筋合いなんてないのよっ!!」

 手を離し、涙を拭うと、こちらに背を向けて入ってきた方へ歩き始める。
 自分が生きてきた時代は、妖怪一体一体に誇りを持っていた。その姿で生まれた事は何か意味があると思った。烏天狗として生まれてからは大天狗、天狗の下に付いて生きてきた。
 地位は低いが、自分のしてきた行いの全てに誇りを持ってしてきた。
 天狗界を抜けてからは、何をすればいいのか分からなくなったが。

「おい」

 烏丸は女性を呼び止める。彼女の足が止まるが、こちらを振り返る事もせず、烏丸からの問い掛けを待つ。

「貴様は、妖怪の誇りを持っているのか?」

 突然、女性の顔が物凄い速度で目の前にまで迫ってきた。
「無いに決まってるでしょうっ!!」

 ろくろ首。見た目は普通の人間とさほど変わりの無く、判断する事が困難とも言える。井戸のろくろと呼ばれる滑車から来るほど、首が長く伸びる妖怪である。主に、寝ている時に首が伸び、人を驚かせるという説話が多く見られ、特に危害を加える様な事はしない。他にも、首が抜けるものも存在し、その場合は抜け首と呼ばれる。

「貴様……ろくろ首か……」
「そうよ、文句ある? 私は誇りがどうとか言う時代には生まれてないのよ。他の妖怪も同じよ。あんたも、今までの生き方じゃ、苦労する事になるわ。現代に適応する事を覚えなさい」

 ろくろ首は首を元に戻すと、首を回し、骨を鳴らした。  
「あぁぁ……久しぶりに伸ばしたわ……」

 そして、こちらに指差し、眉を潜めさせる。

「他の妖怪にも、そんな態度するんじゃないわよ。客として来るならいいけど、それ以外で私には近づかないでよね。ウザいから」

 そう言い、ろくろ首はどこかへと立ち去ってしまった。
取り残された烏丸は、こめかみを揉んだ後、建物によって殆ど隠された空を見上げる。
 青い空に、白く漂う雲。何百年経ち、時代がどう変わろうとも、この空だけは変わる事は無い。見慣れた景色が無くなり、取り残されてしまったと感じたが、二つの色につかえていた物が少しだけ取り払われた。
そう思った。

(あれは……何だ……?)

 空に何か小さい物が飛来していた。鳥と烏丸は思ったのだが、翼をはためかせる事もせず、真っ直ぐ直進していく。それは飛行機と呼ばれる物なのだが、烏丸がその名を知るのは先の話だ。
 現代の物と理解した烏丸は、顔を険しくさせ、歯を僅かに噛み締める。  

(ここでもか……)

 この空までも、知らない何かによって支配されてしまっている。そう思うと、同じ国だというのに、知らない国に来てしまったと錯覚さえする。感じたくも無い感情が胸を渦巻き、より一層、烏丸の顔を険しくさせていった。

「寂しいな……」

 この感情を持ってしまうのであれば、封印を解かれたくは無かった。いや、封印されずにあの時、死んだ方が良かった。

「恨むぞ、清次……」

 烏丸は飛来する物体を睨みつけながら、呟いた。
 
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