妖が潜む街

若城

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1話

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 夏休み。
 霧本俊哉は母方の祖父母の家に遊びに来ていた。

 今年、高校への受験期間となり、中学最後の夏休みをここで過ごしている。前髪が目にかかる程に長く、表情を確認しづらいものとなっており、同じクラスの友人からは切れと良く言われる。正直、切ってしまってもいいのだが、どうにも髪が伸びるのが早い体質の様で、直ぐに今の長さになってしまう為、面倒くさくなってしまうのだ。身長は一六九センチと決して長身とは言えず、運動も得意の方ではない。家族構成は父、母、姉、自分の四人家族となっている。姉は霧本と五つ歳が離れている大学生だ。今は共に帰省で祖父母の家に世話になっているが、大学がある時期は家元を離れ、一人暮らしをしている。父親は一般の会社員、母親は小学校教員。特に変わった事が無い四人家族だ。

 霧本は木造建築である祖父母の家のリビングにある大人一人が寝られる、大きなソファに寝転がり、夏定番の高校野球大会と鑑賞していた。今日の試合が最終戦であり、残り二回で優勝校が決まるという場面に差し掛かっていた。
そんな時、リビングから見える庭から、汗を大量に汗をかいた姉、梨沙が上着を汗に濡らしながら上り込んできた。梨沙の手には、泥だらけになった軍手が嵌められていた。
庭には洗濯物などが干されている。先程まで雑草がところどころ生えていたのだが、梨沙がそれを全て抜いてしまい、抜かれた雑草は黒いビニール袋に全て収まっている。 

​ 「あっつぅ……。おいこら俊哉、あんたもなんか手伝いなさいよ」

 梨沙は汗で湿った長い茶髪を気持ち悪そうに触るなり、霧本を指差した。

「……何すればいいの?」
「さっき、おばあちゃんが二階の片づけをしに行ったから。あんたがしてきなさい。あんなのおばあちゃんには苦痛よ」
「……はぁい」

 この先の展開が気になって仕方がないが、祖母が重労働していると知ってしまえば、無視はできない。

 霧本はソファから立ち上がると、ふらふらと玄関の方へと向かい、玄関のすぐ傍にある二階に続く階段を上っていく。木製である為、踏みしめるとミシミシと音を立てていく。階段を上り終えると、右側に二つのドアがあり、そして一番奥には向かい合う形でドアがあった。  霧本は奥にあるドアへと歩いていき、辿り着くなりドアノブを捻って開く。

 開いたと同時に熱気が霧本の顔に襲い掛かってきた。熱気に目を細めると、先日起きた地震によって散らばった本を、本棚に並び直している祖母の背中に声を掛ける。
「おばあちゃん?」

 霧本の言葉に、祖母が本棚に直す手を止め、こちらを振り返った。

「あら、としちゃん。どうしたの?」

 髪が長く一本残らず白髪の老婆。目元の皺が長い年月を渡り歩いた事を証明しており、多い。額から流れる汗を手で軽く拭い、優しい笑顔で、霧本に語りかけてくる。

「野球は終わったの?」
「いや、お姉ちゃんに本の片づけをしてこいって言われて」
「あぁあぁ、いいのに」
「だからさ、後は僕に任せて休んできなよ」
「……じゃあ、お願い出来るかしら」
 祖母は申し訳なさそうに言うと、部屋を出ていく。
「後でお菓子あげるからねぇ」
「うん」

 祖母とそう交わし、霧本は彼女の代わりに床に散乱する本を手に取り、本棚にと入れていく。なるべく巻数を揃える様に心掛け、並べていく。額から流れ続ける汗を何度も拭いながら作業を続けるが、暑さが成熟しきれていない精神を確実に蝕んでいった。

「んー……」

 古い本ばかりで、興味がそそられない物ばかりだ。一冊の本を持ち、最後のページを開いて発行日を確認すると、昭和という単語が目に入った。それも、五〇年以上も前の物だった。途方も無い年数に現実味が湧かず、首を傾げてしまう。たまに所々擦り切れた絵本を拾う事があり、その度に幼い頃に祖母に読んでもらった事を思い出した。それを糧に、霧本は本を本棚に放り込んでいく。

「ん? 何だろ、これ」

 霧本は床に散らばる本の中に、三枚の長方形の札を見つけた。それを拾い集めると、目を細めて近付ける。

「……カルタ?」

 掌に収まる程、小さなカルタらしき札にはそれぞれ和風の絵が描かれていた。

 薄い青と白の着物を纏った女性。杖を持ち、顔がカラス、体が人間の生き物。どこかの民族衣装を着た小さな子供。
 共通点が見つからないが、唯一合っているのは札の右上に文字と思しき柄が記載されていた。他に同じ様な物があるのだろうか。探せば、共通点が見つける事が出来るのかもしれない。
 そう思い、本を直す傍ら、拾った札と同じ物を探す。だが、散らばった本を全て片し終えたにも関わらず、三枚以外の札は見つける事は出来なかった。

「結局、何なんだろこれ……」

 眉を潜めながら札を見下ろす。
 この札が一体何なのかを考えようにも、頭が痛くなるだけで先に進まない。札をズボンのポケットに折らない様に入れると、部屋を出る。下に降り、リビングへと向かうと、風呂から上がった梨紗が、ジュースが入ったコップを仁王立ちで飲んでいた。

「あ、終わった?」
「終わったよ。僕のは?」
「これ」
「勝手に飲まないでよ……」
「知らない」
「もう……」

 霧本はソファに置かれていたタオルを取り、汗を拭っていく。

「お父さんとお母さんは?」
「車取りにいった。玄関に荷物置いてるわよ。忘れ物はないようにしときなさい」

 梨紗はコップに入ったジュースを飲み干すと、テーブルに置いた。それと同時に、外からクラクションが聞こえ、外に目をやる。そこには乗用車に乗った両親がこちらに軽く手を振ってきているのが見えた。

 二人は玄関へと向かい、荷物を持って外に出る。外に出ると、乗用車の近くに祖父母が居り、何か会話していた。だが、霧本らに気付くなり会話を止め、こちらに視線を移した。

「あらあら、としちゃん、りっちゃん」

 祖母は笑みを浮かべ、歩み寄ってくる二人を撫でる。

「また年末来るよ」
「待っててね、おばあちゃん」

 霧本と梨紗がそう返し、祖母を抱き締めた。その後ろで、祖父が白髪交じりの頭を掻き、口には出さないが祖母にしている事を羨ましく思っているようだ。二人は祖母から離れると、次に祖父を抱き締める。それに満足した様で、小さく笑う。
 二人は乗用車の後部座席に乗り込むと、窓を開け、祖父母に手を振る。そして、乗用車が走り出し、自分達が住む街へと帰って行った。

 夜一一時が過ぎた頃に自宅に到着し、霧本はフラフラになりながら自分の荷物を家の中に運んで行く。どうにかリビングに荷物を持っていき、ソファの近くに置いた後、そのままソファに倒れる。

「ふはぁ……疲れたぁ……」

 一番疲れたのは運転した父なのだが、車に揺られ続ける方もそれなりに疲れる。実際、これ以上動きたくない。梨紗も帰宅途中で寝てしまい、先程母に起こされていた。  梨紗が目を擦りながらリビングに入ってくるなり、霧本を見て口を尖らせる。

「どいて。そこで寝るの」
「自分の部屋いってよ……」
「いいじゃない、明日には私、向こうに戻るんだし」

 関係ないよ、と言いたかったのだが、これ以上言うと手を出されそうなので、大人しくソファを譲る為に立ち上がる。入れ替わりに、梨紗が倒れこむとものの数秒で寝息を立て始めた。それほど眠気が迫っていたのだろうか。

「あ、梨紗……寝てるし……」

 荷物を持って入ってきた母が呆れた様子で言うと、こちらに目を向けてくる。

「俊哉、お風呂に入ってきなさい。荷物は部屋に持っていておくから」
「はぁい」

 霧本は間の抜けた声で返事をし、風呂場へと向かう。
 風呂場はリビングから出て、奥に位置している。すぐ傍には、自分と梨紗の部屋があるニ階に続く階段が存在する。階段に目を向ける事はせず、そのまま脱衣所に入った。
 服を脱ごうとズボンに手を掛けた時、ポケットに入れていた三枚の札が当たった。それを取り出して見下ろす。
うっかり持ってきてしまったようだ。しかし、今更どうこう出来る程、祖父母の家は近くはない。こうなっては仕方ないと思い、霧本は洗面台の横に札を置き、服を脱いで風呂場へと進む。
 風呂から上がると寝巻に着替え、三枚の札を寝巻の胸ポケットに仕舞い、自室へと上がっていく。その際に、両親が居るであろうリビングに向けて、『おやすみ』と大きめの声で告げる。すると、リビングから両親からの返事を聞こえ、それを聞いて自室へと戻った。ドアを閉めると、電気を点け、ベッドへと歩いてそのまま倒れる。胸ポケットから三枚の札を取り出し、顔に近付けるなり、異変に気づく。

「あ」

 文字と思しきものが掠れてしまっていた。おそらく汗や風呂上がりで濡れた手で触ってしまった為に、滲んでしまったのだろう。しかし、掠れてしまった部分はそこだけで、絵は綺麗なままだった。

「どうしようかな……」

 祖父母の持ち物なのは確実なのだが、どういった経緯で保管していたのだろう。何故、この三枚だけしか持っていないだろう。それらの疑問が浮かび、彼らに直接聞いてみたいが、もう遅い。後日、時間に余裕が出来た頃に電話してみよう。

 霧本は天井から垂れ下がる糸を引っ張り、明りを消した。そして、三枚の札を枕の横に置くと、目を瞑った。
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