夫婦で異世界放浪記

片桐 零

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第1章

第27話 選択の結果

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「で、何があったの?」

腕の治療を終えた優子マメが、何があったのかと聞いてきたので、ノノーキルに拉致されてからの経緯を、適当にかいつまんで説明する。
結婚する時に、夫婦の間で隠し事はしないと約束したので、律儀に守ってシーホと呼ばれた女の人のことも話した。

「そう、助けられたなら良かったね。」

優子マメの感想は、とてもあっさりしたものだった。
本気にならなければ、少々の浮気なら気にしないと昔言っていたが、本当に気にしていないらしい…

「でも、危ないことはしちゃダメだよ。」

「はい…」

微妙に怒っているらしい。
まぁ、下手したら死んでいたからな…
逆の立場なら、絶対キレていると思うし、今回は俺…いや、ノノーキルが悪い。
あいつが俺を脅してやらせたんだから、俺も被害者だ。
許すことはないから覚悟してもらわないとな…

「悪い顔してるよ?」

「ん?そうか?とりあえず生きてて良かったよ…今朝みたいなことは、もうしない…いや、したくない。」

「ん。そうして、くま達もビビっちゃってるから。」

そう言われて気がついた。
ここに帰ってから、ぬいぐるみが話しかけてきていない。

「もう大丈夫だよ。ぼんも治ったから。」

優子マメが言うと、布団の中からしろまが顔を出す。

「もう痛くないのか?」

「もう大丈夫。見て、怪我してないでしょ?」

ゆっくりと布団から出てきたしろまは、優子マメの後ろに隠れるようにして、こちらを伺う。

「ね?大丈夫でしょ?」

「ん。オレぼんが怪我して悲しくなった!」

そう言って、しろまが飛びついてくる。
その体は、小さく震えているように感じた。

「ほら、でっかちゃんも出ておいで。」

優子マメは布団をめくり上げ、中にいたでっかちゃんを持ち上げる。

「うぅ…ぼんさん…けが…し…うぅ…」

ぬいぐるみが泣くところは初めて見たが、なんだか悪いことをしてしまった気分になる…

「ごめんな、もう危ないことはないから。」

「うぅ…本当に…?」

「ああ。もうない。」

「ん…なら…いい。」

でっかちゃんも飛びついてくる。

本当に心配してくれていたんだと、感動を覚えるが。
そうなると、やはりノノーキルは許して置けない。
どうやってこの鬱憤を晴らすか…

「また悪い顔してる…」

コンコン…

ぬいぐるみ達のもふもふで、精神的に癒されながら、ノノーキルへの制裁を考えていると、部屋の扉がノックされた。

「開けるわよー。」

そう言って入ってきたのは、キャナタの奥さん、ロールさんだ。
手には包帯や、何か液体の入った瓶を持っている。

「あらー?怪我したって聞いたけど…」

ロールさんはキャナタさんに聞いて、治療に来てくれたらしい。
夫婦揃って良い人だ。
しかし、回復魔法は知られて良いのか?

(ナビさん、優子マメの回復魔法は、こっちだとありふれたものじゃないのか?特定の人しか使えないとかないよな?)

『回答提示。存在は多くの人が知っています。使用は冒険者の一部と、各集落に派遣されている教会関係者の一部で使用可能です。人種における割合は10000人に1人程度となります。』

やっぱりね…これはテンプレだから予想がついた。

「怪我は大したことない有りません。ほら、この通りピンピンしてますから。」

「…確かに元気そうね?それで…この部屋…」

「申し訳ない!疲れているので休ませて下さい!質問は今度聞きます!」

ぬいぐるみを降ろし、ロールさんを部屋の外へ追い出して一息つく。
気遣いは有難いが、ちょっと説明が難しい。

ごめんなさいと、心の中で謝っておく。

門番のレクレットさんには腕の状態を知られているから、これから直ぐに移動するのは難しいけど、ノノーキルのような奴も居るし、早めに他の村か街に移動した方がいいかもな。
村の雰囲気は嫌いじゃないんだけど…


「…ぼん起きて、もう夜が来るよ?」

「ん…あれ…寝てた?」

…いつのまにか寝てしまっていたようで、気がつくと、もうすぐ日が暮れる時間になっていたらしい。
1日無駄にしたようで、なんだかモヤモヤする。

「宿の人がご飯だよって。食べに行こ?」

「あぁ…あ、ちょっと待ってね。」

起き上がってすぐ、何か嫌な予感がしてナビさんに確認する。

(ナビさん、階下にキャナタさんとロールさん以外、誰かいる?)

『回答提示。村人ノノーキル、村人シーホ、村人テンクリの反応があります。』

やっぱり他の人も来てるな。
知らない人もいるが、厄介そうなのが2人…

嫌な予感がしたから聞いてみたんだが、そうしたらこれだよ…
要件は大体想像が付くし、あまり面倒な奴と話をできる精神状態じゃないんだよね…

しかし、出ていかないわけにもいかないか…

優子マメ、ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」

「ん?なーに?」

ノノーキルは、前に嘘をつけば分かると言っていた。
あいつだけは、何が何でも早々に追い出す必要があるが、それ以外はこれでいけるだろ。
そもそもノノーキルと話すことなんてないから、なんで来ているのかも分からない。
帰れ。

準備を終えて、優子マメ達と階下に降りて行く。
と、その音に気がついたノノーキル達は、席を立ってこちらに近寄ってきた。

「ボン!怪我が治ったって聞い…あれ?怪我してるよな…?」

ノノーキルは、俺の腕に巻かれた包帯を見て、そんな風に話しかけてくる。

「あんたと話すことはない。消えてくれないか?」

「おい、そりゃないだろ、確かにお…」

「消えろよ。」

ノノーキルの言葉を遮り、俺が出来るだけ冷たく言うと、彼は顔を歪め、背を丸めて外に出て行った。
場の空気が重くなってしまったが、知ったこっちゃない。

「それで、あんたらは?」

俺が助けたシーホって女の人と、初めて見る顔のテンクリって人が残っている。
シーホの目的は想像がつくが、テンクリって人は何者なんだ?

「あ、お、俺はテンクリ、あんたに助けてもらったシーホの叔父にあたる者だ。」

見殺しにしてしまったグリムって人の弟らしい…
腫れ上がった顔しか知らないため、兄弟だと言われてもよく分からない…

「兄貴の代わりに一言お礼が言いたくて、迷惑だとは思ったが、寄らせてもらった…
シーホを、姪を助けてくれてありがとう。」

そう言って、テンクリさんと、シーホさんは頭を下げる。
正直、グリムさんは助けられなかったし、シーホさんも襲われている。
なんとも微妙な気分にさせられる…

「顔を…あげてください…私はグリムさんを助けられませんでした…
それに、言いづらいですが、その…彼女が襲われる前に助けることができませんでした…」

「いや、兄貴のことは、ボンさんのせいじゃない!あんたを責めようなんて俺もこいつも思ってないよ!
シーホのことも、教会で見てもらったが、種は付いてない。傷は付いちまったが、こうして生きて戻ってこれた!
あんたは命の恩人なんだ!」

テンクリさんは、そう言って涙を流し、顔を伏せてしまう。
見ると小さく震えているように見える。

「私からもお礼を…助けていただきありがとうございました。豚男ピッグマン達に捕まった時は、舌を噛んで死ぬことも考えました…
お父さんも奴等に…もう、本当にダメかと…
ですが、こうして村に帰ることができました。ボンさんのおかげです!本当に、本当にありがとうございました!」

「いや、あの…まいったな…」

こういう状況には慣れていない。
面と向かってお礼を言われることなんて滅多にないし、2人とも、身内が死んで辛いだろうに、涙を流しながら感謝の言葉を言ってくれる。
こんな時、どう声をかければいいのか分からない。

「ぼん?照れてる?」

「な!おま、いらんこと言うな!」

「照れぼんだな。」

「おい、やめろ!」

優子マメとしろまが茶々を入れてくる。
こいつらは空気を読むと言うことを知らない…
慣れてないんだから、少しくらい困ったり照れたりしても仕方ないだろうが。

「ぷ…ふふ…あ、ごめんなさい…」

変な空気になったのが可笑しかったのか、遠目にこちらを見ていたロールさんが吹き出してしまう。

よし、流れが変わったから、もう話を変えよう。
湿っぽいのは苦手だ…

「だ、大丈夫ですよロールさん。それより、ご飯にしてくれませんか?
…テンクリさんとシーホさんも、良かったら一緒に食べていきませんか?」

「いや、俺たちは…」

「テンクリ、いいから食っていけ。シーホが生きて帰れたお祝いだ。遠慮すんな。」

断ろうとするテンクリさんを、キャナタさんも食事に誘う。

突然のことだったと思うが、キャナタさんが合わせてくれて助かった。

昨日と同じようなご飯を食べながら、何気ない会話をしていく。

やはりと言うか、グリムさんの話になっていく。

彼がどんな人間だったのか、どんな兄だったのか、どんな父親だったのか、どんな友人だったのか…

死者は戻らない…それはこちらの世界でも変わらない。

そして俺も、あの時のことを彼らに話す…
俺がグリムさんを見つけた時、彼はまだ生きていたこと…
彼に娘を助けてと言われたことを言い訳に、俺は彼を見捨てたこと…

そして、言わなくてもいいことまで言ってしまう…

IFの話をしても、過去が変わらないのは分かっている。

それでも俺は救われたくて…

俺の行動が、思考が、あの時の最適解だったと言って欲しくて…

救えた命と、救えなかった命…
その選択が、間違っていないと思い込むために…

俺の心を軽くするために…

「俺は正しい選択を出来たのか?」と…



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作者です。
もう少し明るい話にしたいです…
感想その他、お時間あれば是非。
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