夫婦で異世界放浪記

片桐 零

文字の大きさ
上 下
19 / 100
第1章

第15話 回復魔法の使い方

しおりを挟む
翌朝、優子マメの熱がやっと下がり、少し起き上がれる様になった。
まだ長時間歩くのには不安があるため、大事をとってもう1日木の上で過ごすことにした。
このまま回復してくれれば、明日には移動を再開できると思う。

「食べ足りない気がする…」

「おれも!まめと一緒に食べるよ!」

「ぼんさん?肉は?」

ぬいぐるみの言動は、いつものことなので無視するとして、少し元気になった優子マメは食欲が戻ってきたのか、食べたいと言われたから朝からカップ麺を出したのだが…
2個も食べたにも関わらず、まだ食べ足りないと言っている。

「昨日まで寝込んでいたんだぞ?胃に負荷がかかるからもうやめておけ。それと、お前らも少しは我慢しなさい。」

優子マメ達は不満そうな声を上げるが、朝からカップ麺2個は明らかに食べ過ぎだと思う。

「とりあえず下の奴等を処理してくるから、無理せずゆっくりしてろ。いいな?」

「ん、気をつけてねー」

優子マメに見送られ、いつもの様に木から降り、毒蔦で動けなくなっている魔物モンスターを処理していく。
…と、急に辺りがフラッシュでも使われたように明るくなった。

「は!?なんだ!?」

驚いて周りを見渡すと、何が光ったのかはすぐに分かった。
ここ数日世話になっている木の幹が、まだ淡く光を帯びていたからだ。

木が勝手に光ることはない…

いや、異世界ならありえるのか?

「ナビさん。何が起きているのか分かる?」

『回答提示。優子様が使用した回復魔法が、樹木に向けて使用された結果の事象です。』

優子マメがやらかしたことらしい。

「おい!優子マメ!何をしてるんだよ!?」

木の下からある程度の声で話しかければ、上に居ても聞こえるのは、ここに着いた初日に優子マメと会話しているから分かっている。
それなのに、聞こえているはずの優子マメからの反応はない。

「誤魔化す気だな…」

今すぐ上に登っても、怒鳴ってしまいそうなので、一旦落ち着くためにも、毒蔦エリアの復旧作業を再開する。
ここに来て数日、昼間に魔物モンスターが襲って来たことはないけれど、万が一がないとも言えないからね。

「…で?何やったの?」

きっちり毒蔦を敷き終わり、樹上のテントの中に入ると、布団に包まり隠れているつもりの優子マメを見つけたので問いかける。
…が、反応しない。

「この木に回復魔法を使ったのは分かっているんだぞ?黙秘は無駄だと思うけど、まだ続けるの?」

「…ごめんなさい…」

布団から顔を出した優子マメは、申し訳なさそうに顔を伏せていた。
別に怒っている訳…いや、少し怒っているとは思うが、責めるつもりはない。
どういうつもりで魔法を使ったのか、それが聞きたいだけなんだよね。

「謝るんじゃなくて、なんで魔法を?」

「何日も泊まらせてもらってるから、そのお礼と思って…」

優子マメなりのお礼のつもりだったらしい。
そう言われると、これ以上怒ることも責める事も出来ない…元から責めるつもりはなかったけどね。

「…そうか。これからは、やる前に言ってくれ。もし変なことになったら困るだろ?」

「ん。今度からそうする。」

「そうしてくれ。とりあえず影響があるのかないのか分からないし、少し上まで見てくるよ。優子マメはここで待ってて。」

「ん。分かった。」

「なんかピカーってしたね?爆発する?」

「しないよ!しろまはこっち来て!」

優子マメに今後は迂闊なことをしないように言っている後ろで、ぬいぐるみ達は何か騒いでいたが…優子マメに任せておけばいいだろう。
それよりも、魔法の影響が気になるので、ナビさんに大丈夫なのか聞きながら外に出る。

(ナビさん、回復魔法を木に使っても大丈夫なものなのか?)

『回答提示。問題ありません。植物に使用した場合、成長速度が早くなり、多少の病気であれば回復させることができます。』

…悪影響はなさそうだ。
特に問題はないみたいだし、今回は大丈夫そ…う?

テントから出てすぐ、上を見上げて言葉を失ってしまった。

つい先程、テントに入る前までは、ただの葉っぱしか付けておらず、花の1つ、蕾の1つも見当たらなかった木に、テントから出るまでの1分に満たない時間で、10cm程の大きさの薄ピンク色の果実が、数えるのを諦める程大量に実っていたからだ。

「この匂いは…もしかして桃なのか?」

風に運ばれて果実の匂いが周囲に広がる。
その匂いは、収穫される直前の熟した桃のようで、匂いだけでも美味そうだと感じてしまう。

(ナビさん、もしかしてこの果実は食べられたりするのかな?)

『回答提示。毒性はないため、食用可能です。』

ナビさんも問題ないと言っている。
試しに手近な実の1つに手を伸ばしてみると、力を入れなくても簡単に枝から外れて収穫出来てしまった。
手に持った感触も、細かく柔らかい毛が果実の周りを覆っていて、少し力を入れて持つだけで傷んでしまいそうな感じが、地球で食べた桃とよく似ているように感じた。

とりあえず、勝手に食べたのがバレると後で面倒なので、テントに向かって声をかけておく。

優子マメ、少し出てきな。凄いことになってるぞ。」

「どうかしたの?…なんか、さっきからいい匂いがする…ね?」

テントを出てきた優子マメも、果実の匂いに気がついていたようだが、周りがこんな事になっているとは思っていなかったようで、俺と同じように驚いていた。
そんな彼女に、今取った果実を差し出してみた。

「そこら中に実ってるこれの匂いみたいだよ。一応食べられるみたいだけど、どうする?食べてみるか?」

「え?んー…」

優子マメは、果実を受け取って少しだけ悩んでいる。
差し出しておいてなんだけど、流石の優子マメでも、得体の知れないものを即断で食べることはないよう…

「あ、桃?オレも食べるよー。」

優子マメの後ろから顔を出したしろまが、躊躇なく皮の付いたままの果実にかじりついた。

「おい!おま…」

「うまー!甘いしオレこれ好きー!」

止める間もなく、優子マメの持っていた果実は食べ尽くされてしまう。

「え?なに?ご飯?」

「でっかちゃんも食べよう。甘くて美味しいよ。」

「ん、そう?私も食べる。ぼんさん取って。」

「…じゆ…」

「「早く取ってー。」」

「お、おう…」

ぬいぐるみ達の勢いに飲まれてしまい、それから果実の収穫に勤しむことになってしまった。
途中で俺も何個か食べてみたが、完熟した桃にそっくりの味で、濃厚な甘さなのにくど過ぎず、それこそ何個でも食べられそうな美味さだった。


それから何時間経ったのか、果実を取っては食い、取っては食いを繰り返していると、テントの周りの見える範囲で手の届く場所にある果実は、そのほとんどを取り尽くしたしまったようで、明らかに数が減ったように感じた。

「これ、どれだけあるんだ…?」

かなりの量を収穫したと思ったが、上を見上げれば、今まで収穫した量の軽く10倍は残っている。
俺たちが腹一杯食べたとしても、食べ尽くすよりも飽きる方が早いんじゃないかな?

「もうお腹いっぱい…ちょっと眠い…」

「オレも…もう食べられない…」

「zzzz…」

優子マメ達は満腹で眠くなっているらしい。
俺も今は、ちょっとだけ動きたくないかな…
木の幹にもたれかかるように体を預け、風に運ばれてくる桃のような優しい香りに包まれ…俺は、そのままゆっくりと眠りに落ちていった…



ーーーー
作者です。
今まで食べた果物で、一番美味しいと思っているのは地元の白桃です。
感想その他、お時間あれば是非。
しおりを挟む

処理中です...