夫婦で異世界放浪記

片桐 零

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第1章

第7話 休ませて下さい

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『警戒情報。敵性体の反応が丘の方から近づいて来ます。警戒してください。』

コンロの火を見ながら黄昏ていると、ナビさんから敵が接近してくると警告がされる。

急いで火を消し、ストレージリングから旋棍トンファーとナイフを出して準備をするが、焦りからか何度もナイフを取り落としそうになってしまった。

(な、ナビさん、敵の情報は?また追跡狼チェルフってやつか?)

『回答提示。個体名追跡狼チェルフとは別種の反応です。情報が不足しているため、個体名及び個体数は不明です。』

逃げられるなら直ぐにでも逃げ出したいが、優子マメ達がいるからそうもいかない。
それに、まだ集落まではかなりの距離がある…

『状況報告。まもなく接敵距離に現れます。警戒して下さい。』

近づいてきているらしいが、相手はまだ見えない…
昼間のような狼だったとしたら、今度もうまく対処できるのか?
あれより強い個体だったらどうする?
そもそもこれから暗くなるのに相手が出来るのか?
悪い想像が頭を駆け巡る。

『状況報告。来ます。』

ナビさんの声で、旋棍トンファーを体の前に掲げて盾のように構え直す。
ガサガサと草を揺らして、何ものかが姿を現した。

SRRRRR…

夕闇に照らされ浮かび上がるそれは、二本足で立ち上がった1m程の大きな蜘蛛だった。

『情報提供。目の前の個体は、蜘蛛型の特異変異体です。個体名は快足蜘蛛スピーダー、危険度はFクラス、鋭い前足と牙で攻撃してくると思われます。
硬質化した糸にも注意してください。
基本的に複数個体で行動するため、索敵範囲外に別個体が存在する可能性があります。
早急に対処することをお勧めします。』

この時、ナビさんの説明がいまいち入って来ていなかった。
目の前の蜘蛛は、2本脚で立ち上がり、威嚇するように残りの6本の脚を広げているが、蜘蛛特有の気持ち悪さがあるだけで、追跡狼チェルフに比べたら危険度も低いし、見た目も脅威に感じるものではなかった。
感覚が麻痺しているのか、デカイだけのただの蜘蛛にしか見えていないんだよね…

正直、もっとやばい状況を想像していたため、どこか緊張感に欠けてしまっている気がする。

(ナビさん、こいつも収納出来るんだよね?)

『回答提示。収納可能です。』

なら話は早い、仲間を呼ぶのが鳴き声なのか集合フェロモン的なものかは分からないが、収納してしまえば脅威でもなんでもない。

俺はナイフをストレージリングに収納し、旋棍トンファーを右手に持ち替える。
左手を自由にする事で、相手に触れやすくするためだ。

そして、相手を収納するべく蜘蛛に向かって走り寄った。
…が、下が土ではなくデコボコした石なので、うまく踏ん張りがきかない。

(いけ!?)

快足蜘蛛スピーダーから2歩程度の距離まで近づいたところで、快足蜘蛛スピーダーは頭上に上げていた前脚を振り下ろしてきた。

「ぬおっ!」

咄嗟のことだったが、右手に持った旋棍トンファーを使ってその軌道を変えようと試みる。
ガキンと金属同士のぶつかるような音がして、それと共に蜘蛛の大きさからは考えられない重い衝撃が腕に走った。

「ぐっ!この!」

衝撃にはなんとか耐えることが出来た…が、計らずも鍔迫り合いのようになってしまい、右手だけじゃ支えられそうもない為、左手も右手を支えるために使うことになってしまった。
ギギギギギッと嫌な音を立て、旋棍トンファーに蜘蛛の足が食い込んでいくのが目に入る。

(まずい…くそ!届け!)

このままだと押し負けると判断し、蜘蛛の体に向かって左手を伸ばす。

SRYRRRRRR!!

あと少しで触れる所で、蜘蛛が何かを察したように跳びのいてしまい、距離を取られてしまった。

あと少しの所で逃げられた…快足蜘蛛スピーダーの動きに、体がほとんど反応出来ていない…

(ナビさん、相手を動けなくする魔法とかって無いのか!?)

このままじゃ、増援呼ばれて押し込まれるかもしれないと焦った俺は、ダメ元でナビさんに聞いてみた。

『回答提示。魔力で相手の動きを封じる拘束バインド系の魔法が存在します。』

やっぱりあるのか!それなら試すしかない!

「…よし!闇よ、我が敵の動きを縛れ。シャドウバインド!」

呪文の詠唱とともに、左手を快速蜘蛛スピーダーに向けた。



ん?何も起きない…だと…!



蜘蛛が居なけりゃ、恥ずかしく膝から崩れ落ちてるぞ…

(ナビさん…俺が使えそうな魔法モノで相手を足止め出来そうなのはある…かな?)

『回答提示。酸毒雨アシッドレインと同系の毒魔法、毒蔦縛ポイズンアイビーが使用できると思われます。』

初めからナビさんに聞けばよかった…

ナビさんの回答は迅速だった。
蜘蛛が警戒して近づいて来ないうちに、毒蔦縛ポイズンアイビーを試してみる。

「…毒の蔦よ、地より出でて我が敵を縛れ!毒蔦縛ポイズンアイビー!!」

魔法は、魔物モンスターの足元から無数の蔦が一気に伸びて、きっちりがっちり縛り上げるさまをイメージして呪文を唱える。

…ビシ…ズザザザザザ!

呪文を唱えると、蜘蛛の足元、石の隙間から大量の蔦が飛び出し、全身に絡みついていく。
蔦を切ろうと蜘蛛が暴れると、数本の細い蔦は簡単に千切れてしまうが、切られる量より伸びる速度が尋常じゃなく早く、ある程度の太さになった蔦は、切れることなく蜘蛛の体を覆っていく。

ザワザワザワザワザワザワザワザワ…

ほんの数秒後には、蜘蛛の体は蠢く蔦に覆い隠されてしまったが、蔦はその後も止まることなく伸び続ける。

ザワザワザワザワザワザワザワザワ…

蜘蛛を取り込んだまま、更に伸びて大きな塊のようになっていく。

ザワザワザワザワザワザワザワザワ…

(これ…いつ止まるんだ?)

ザワザワザワザワザワザワザワザ…

あっという間に2階建ての家くらいの大きさに成長した蔦玉だったが、急に動きがピタリと止まった。

「止まったの…か?」

「ぼんちゃ?…何してんの?」

見上げるほどの蔦玉を前に、どうして良いかわからずに戸惑っていると、テントから優子マメが出てきて聞いてきた。

「これなんだー?なんかワサワサしてるな。」

しろまもテントから出てくると、蔦玉を見上げていた優子マメの体をよじ登って、肩に座って蔦玉を見上げる。

「ねぇ、これも魔物モンスターなの?」

「えーっと…中には魔物モンスターがいる…かな?」

優子マメが近寄って来たが、どう説明したら良いのか分からなかった。

「ふーん、危ない?」

「んー…多分毒があると思うから、触らない方がいいと思うぞ。」

「そうなの?変なの。」

触ろうと手を伸ばしていた優子マメに警告すると、首を傾げながら蔦玉から離れてくれた。

(ナビさん、この蔦どうしたらいいの?!)

『回答提示。時間経過による魔力枯渇での消滅を待つ必要があります。即時的対処でしたら、別の魔法で破壊することを検討して下さい。』

待つか壊すかか…どのくらい待てば消えるのか、どうやったら壊せるのか分からないけど、毎回こんな状態になるとしたら、この魔法ポイズンアイビーは使えないかもな…
そんなことを考えながら、ふと、気になったので聞いてみる。

(ナビさん、この蔦玉ごと魔物モンスターを収納できるのかな?)

『回答提示。可能です。』

毒だと言われているものを触るのは気持ちが悪いが、このままにもしておけないから収納してしまおうと思う。

優子マメは少し下がってて。」

優子マメを下がらせ蔦玉に近づく。
何本もの細い蔦の端っこが、ユラユラと風に揺られる様は結構気持ちが悪いが、そっと手を伸ばして蔦玉に触れ、ストレージリングに収納してしまう。
よく見ると棘だらけだったが、気をつけて触れば刺さることはない。

「何度見ても面白いねーパッて消えるんだもん。」

「オレも出来る?やりたい!」

一瞬で見上げるほどの蔦玉が消える光景に、優子マメ達は感嘆の声を上げていた。
重量軽減のおかげで、馬鹿でかい蔦玉を収納しても、殆ど腕に負担はない。
が…

「とりあえず飯にしよう…腹減った…」

ナビさんに、他に近づいてくるものがないことを確認してもらい、出していたアルファ米のパウチにお湯を注いで食べ始める。

いつの間にか起きてきていたでっかちゃんも優子マメの横に座っている。


うん…食事は全然異世界っぽくない…


いや、確かに魔法も使ったし、地球じゃ見たことない大きさの狼とか蜘蛛とかいたよ?
でもさ、食べてるのがインスタントって…

「なんだかな~…」

「ん?どうかした?」

「いや、異世界?異星か…まで来てインスタントってのは微妙だなって思ってね…」

「そう?美味しいからいいと思うよ?」

「美味いとか美味くないとかじゃなくて、気分的な問題なんだよ。想像してたのと違うって残念感が凄くてな。」

「ふーん」

優子マメは、あまり興味がないらしく、食後のお菓子を取り出して食べ始めた。
自由人なのは元からだから良いんだけどね…

「オレもチョコ食べたい!」

「私は肉がいいです!ジャーキー出して!」

ぬいぐるみ達も食べるみたいだ。
ぬいぐるみが動いているのは、異世界っぽいのかな?

「まぁ、程々にしておけよ?無くなったら終わりなんだからな。」

「ん、わかったー」

地球から持ってきた物には限りがある、早めに代用品なりを探さないといけないなと思っていると、急に眠気が襲って来た。
随分歩いたし、初めて魔物モンスターとも対峙した…肉体的にも精神的にも、限界が近くなっていたらしい。

優子マメ達はそんな様子に気がつくこともなく、思い思いに食べたいものを食べていた…

俺は頭を振り、何とか眠気を追い出すと、ストレージリングから電池式のランタンやライトを取り出して立ち上がる。

流石に優子マメも気がついたのか声をかけられた。

「どうしたの?なんか眠そうだね。」

「流石にね、寝てる間に襲われても嫌だから周りに明かりを置いてくるよ。危ないかもしれないしここに居て。」

「ん。気をつけてね?」

既に日は落ち、辺りは闇に包まれて居た。
テントから少し離れた位置にランタンを置きながら、寝てる間のことを考えていた。

(ナビさん、俺が寝ても警戒は続けられるか?)

『回答提示。可能です。』

(僥倖…念のため夜の間は音量を最大に、何かあったら早めに起こしてくれ。)

『設定変更。完了しました。』

明かりを適当に置き終わり、川原が随分明るくなったのを確認する。これなら夜寝ているうちに襲われても、見えない相手と戦うなんて事態は避けられそうだ…

テントに戻ると、いつのまにか布団で寝ている優子マメ達がいた。
片付けはしてあるから良いんだけど、ちょっと前に寝ていたはずなのに、もう寝てる…どれだけ寝るのかと…

おっと…人が寝てるのを見たら眠気が…

(ナビさん、後は…宜しく…)

布団にゴロリと横になると、マットレス越しに石が当たって寝心地は良くない…だが、完全に眠気が勝り、俺の意識は闇に沈んでいった…

『要請受諾。おやすみなさい、マスタ…』


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作者です。
今回は少し長くなりました。
感想その他、時間があれば是非。
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