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習性なんだ
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紅茶用の湯が沸くまでぼんやり焦点のあっていない目で過ごしている。
ついさっきまでエレノアの事をこの腕で抱きしめていた。
細いけれど、程よくしなやかに張りのある体だった。
そして、女性特有の柔らかさもしっかり感じた。
つけている香水とエレノア本来の匂いが混ざってずっと嗅いでいたくなった。
出来る事ならあのまま肌が露出している顔や首筋に自分の唇を這わしたくなった…。
そんなことすればエレノアは全力で俺を振り切っただろう。
鈍感な俺にだってわかる。
エレノアは俺が触れたがる理由をクロエと同じ甘えの延長線と捉えているのだ。
今まで無礼な事ばかりしてきた俺の元から去らずにいてくれているだけでもありがたいことなんだ。
その上、俺が純粋に人と触れ合いたいだけと認識し、その思いに親切心で応じてくれているエレノアに不届きな事をしてはならない。
ならないのだが、エレノアに触れたくなる衝動を止めるのが難しい。
まだだ。
まだ今の俺ではエレノアに男として見てもらえない。
もっと世間に認めてもらい、そしてエレノアに夫として認めれもらわなければならない。
焦るな、焦ってすべてを台無しにするな俺。
平常心、平常心を持つんだ…。
平常心…と呪文を唱えている間にぐつぐつと湯は沸騰していた。
今日は満月だからバルコニーで過ごしながら話をしようとエレノアが提案してくれた。
エレノアのお気に入りの場所に居ても良いと言われているようで、
そんな些細な提案にさえ嬉しさが込み上がってしまう。
エレノアが先にお茶菓子やランタンなど用意してくれていたが、席は向かい合わせだった。
「俺もこちらに座る。」
当り前のようにエレノアの隣に席を移動した。
しばらく紅茶を堪能してから、本題に入る。
けれど、その前にやることがある。
「エレノア、手を貸してくれるか?」
せっかく隣に座ったのだから、やっぱりどこか一部でも触れていたくなる。
「え…あ、はい。」
エレノアは戸惑いながらも手を差し出してくれた。
少しずつ抵抗がなくなり習慣化されつつあるのは俺の執念だ。
エレノアの手を握りながら、これまでのエレノアの話を聞かせてもらった。
エレノアは元々佐多ルキアと言う少女だったこと。
産みの母親に虐待を受けて幼少期は過ごし、途中から義理の母親に世話になったこと。
その義理の母がおかーはんという人物であり、恩を返すために夜の仕事を選んだ。
クロエと同様耳の聞こえない少女の事や、親友、腹違いの弟の事など様々な事を聞かせてもらった。
信じがたい話だが、そうであればエレノアの手話やそろばん、料理や裁縫などすべての事象に説明がつく。
「…そうか。色々納得がいったよ。佐多ルキア…か。」
「最後まで真剣に聞いてくれてありがとう。
まあ、もともとのエレノアはどこに行っちゃたのかは気になるんだけど、そこは私にも分からないの。」
「その、日本という世界に戻りたいか?
佐多ルキアとして戻りたいとは思っているのか?」
「…どうだろう。おかーはんには会いたいな。
大切な人たちに何も恩返し出来ずに居なくなっちゃったから、そこは後悔してる。」
エレノアは弱弱しく笑った。
元の世界に未練があると聞いて俺の胸がずきずきとえぐるように痛む。
いつも、月の明かりに指輪を照らしていた時、思いにふけているエレノアの寂しそうな表情と同じ顔をしている。
父上の事を思い出しながら、前世の大切な人々をも思っていたのだろう。
「ま、今はエレノアとして生きてデイビット様への恩返し中なんだ。
次はちゃんと出来るように頑張ろうと思ってる。
後悔はしないように。」
エレノアの中で、この屋敷に居る期間は父上への恩返しであり一種の義務を自分で課しているのだろう。
その義務に俺への対応も入っている。
今までの俺であればその言葉を聞いて不快感を露にしていた。
義務でこの屋敷に居られては迷惑だのなんだの言っていただろう。
しかし、今であれば分かる。
父上は一定期間、義理堅いエレノアをこの屋敷に縛り付けて俺に再生のチャンスを与えてくださったのだ。
このチャンスを俺は絶対逃さない。
絶対にだ。
「っとまあ、そう言う事で私の信念でここに居させてもらっているから、
もし私の存在が目障りになれば出ていくから遠慮なく言ってね。
いい人といい仲になったらそんな話も出るだろうしね。
今のディランならクロエも任せられるし、かっこいいからモテモテでしょ?」
「そんな女性は居ない。
…強く想う人はいるが相手にされていない。」
「へえ…。そっか…。
すごく好きなのに思いが通じないって辛いよね。
分かるよ…。」
エレノアが俺に共感している。
きっと父上と自分の事を重ねているのだろう。
愛しても女として愛されなかった父上なんかより、俺を愛してくれれば良いのに…。
「ああ。
今は、仕方がないな。」
「応援してる。
ディランの恋が成就しますようにって。
あ、でもエリザベスはやめてね。
それは応援できないから。」
「なんでそこにエリザベスが出てくるんだ?」
「え?だって、ディランの好みって、その…胸の大きな人でしょう?
ほら、ひめかちゃんもそうだったし。」
エレノア…いったい何を言い出すんだ。
エリザベスやひめかをそんな風に思っていたのか?
頭がくらくらしてきた。
「あのな、俺は胸の大きさなどに関心はない。
エリザベスはクロエの世話係として見ていたし、ひめかは、その、少し顔がクロエに似ていただろう?
足の悪い弟の面倒があると聞くと、他人事に思えなかっただけで好意ではない。」
「え?うっそだあ?」
「嘘ではない…。」
流石に胸の大きさで好意を寄せる男と思われていたことは心外だ。
少しエレノアを睨みつけてしまう。
「ご、ごめんなさい。
てっきりそう思い込んでました。」
「いや、そう思われる俺の軽々しい振る舞いが原因だ。
自分でもあの頃の俺は忌々しい過去だからな。」
「そう、なのでしょうか。
私には分からないわ。」
エレノアは遠慮して同調を避けた。
俺の愛している女性は、今手を握っているエレノア、君なんだが。
全然伝わってないな。
「そうなんだ。俺、頑張るよ。
もっと頑張って、エレノアに認めてもらえる男になる。
だから、それを応援して欲しい。」
「ええ、クロエの為にも頑張ってね。」
やっぱり、通じていない。
噛み合わない会話がもどかしい…。
まあ、今は手を繋がせてもらているだけでも御の字か。
「ああ。もちろんだ。」
「明日はゆっくり過ごせるんでしょう?」
「ああ。久しぶりにゆっくりしようと思う。
エレノア、明日エレノアは時間あるか?」
「私?明日はエルヴィス様にお礼を言いに行こうと思っていたの。
出来れば屋敷に招待してみんなでお祝いしたいなって思ってたんだ。
助けてくれたお礼も兼ねて。」
「ああ、そうれは良いな。
俺がすぐ聞いておこう。」
「ありがとう。
じゃあ、明日の準備で午前中は買い出しに行こうかな。
キャッシーさんに買ってきてもらってある程度揃ってるけどお酒とかもう少し足したいの。」
「明日はキャッシーは出勤しない日なのか?」
「そうなの。
ほとんど仕込みも出来てるし盛り付けメインだけだから私一人でも大丈夫。」
「いや、俺も手伝うよ。
買い物も重いだろ?
一緒について行かせてくれ。」
「いやでもディラン久しぶりの休みなのに。
ゆっくりするか好きな事した方が良いよ。」
「エレノアと一緒に居たいんだ。
それが俺の有意義な休日の過ごし方だから。
だから頼む。」
「ディランって寂しがり?」
「え?どういう意味だ?」
「噓ウソ。
何でもない。
そうね、じゃあ一緒に出かけましょうか。」
「助かるよ。
とても楽しみだ。
しかし…明日もメイド服を着て俺の3歩後ろを歩く気か?」
「まあ、その予定。
盛りメイクだったら悪目立ちするし、街で気軽に買い物も出来ないしね。
たまにするけど、やっぱり怖がられるから。」
「今日みたいな…。」
「え?何?」
「今日みたいな薄化粧で清楚な恰好はダメなのか?」
「ああ、これ?
ルキアだったころ、こんな感じの服着させてもらってたから嫌いじゃないんだけど、今は悪女かメイドかどっちかに振り切ってないと中途半端で何だか落ち着かないんだよね。」
「そうか…。しかし、何度も言うがいつもエレノアは美しいし、今のような恰好はエレノアの美しさを最大限に引き出す美しさだ。
これだけ美しければ街を歩けばすぐ男どもに言い寄られてしまうだろう。
だから悪女のような振る舞いも結構だが…。」
「だが?どうしたの?」
「俺が一緒に居る時は、エレノアを狙う男どもは俺が追い払うから、明日は薄化粧で一緒に買い物に行って欲しい。
頼むっ!」
俺は必死にエレノア頭を下げた。
エレノアは突然頭を下げた俺を見て驚いている。
「ちょっと、ディランやめて。
そんな軽々しく頭を下げるなんて…。」
「エレノアと、薄化粧のエレノアと街を歩けるなら頭だって下げるさ。」
頭を下げたまま願い出る。
「分かった、分かったから頭を上げて。」
「良いのか?一緒に歩いてもらえるのか?」
「はいはい。薄化粧だと服も地味になるけど大丈夫?」
「もちろんだ!ああ、ありがとうエレノア!」
嬉しすぎて無意識にエレノアを抱きしめてしまった。
「わっ!ディラン、びっくりするからやめて。」
「ああ、すまない。嬉しすぎてつい…。」
やめてと言われ、すぐに手を離した。
抱きしめるのをやめて欲しいのか、突然行動するのをやめて欲しいのかどちらだろうか。
いや、今は深く追求しないでおこう。
うっとうしい男と思われ、触れること自体が嫌がられてると困るからな。
「ディラン、何か変わったよね。
今まで私と触れたら不快感でいつも顔が歪んでたのに。」
「そっ、それはかなり前の事だ。
あの時の俺は最低だった…。本当にすまなかった。」
「いや、謝って欲しい訳じゃないから、大丈夫。」
こういう時のエレノアは言葉は優しいが、何と言うか、どこかそっけない。
『大丈夫』というのは優しさではなく相手に期待せず諦めているからだ。
相手が謝罪していても、もう関心がないからどうでも良いの意味の『大丈夫』なのだ。
「今までの過ちは消えないが、エレノアを敬う気持ちは態度と行動で示す。
俺はいつもエレノアを尊敬しているから。」
「…?あ、ありがとう。」
エレノアはぎこちなく礼を言う。
あれほど悪態をついていた男が突然尊敬しているなど言っているのだから、不気味に感じているのは仕方がないな。
「けど、嬉しすぎて突然抱き着いてしまったり、寂しくて触れてしまうのは多少許容して欲しい。
もう、習性みたいなものになってしまった。」
「しゅ…習性?」
驚いた顔をしているエレノア。
この説明は無理があったか…。
「そうなんだ。
クロエと同様君に触れることで色々な不安が紛れるんだ。
それを知ってしまったから…。」
もう一度ダメ押ししてみる。
「…もう、二人そろって兄妹ね。
まあ、多少は良いけど、びっくりするのは嫌だからね。
あと苦しいのも。」
「ああ、もちろんだ。
エレノア、わがままを聞いてくれてありがとう。」
「どういたしまして。
さ、今日はもう寝ましょう。」
「そうだな。
明日はエレノアと外出だ。
早く明日になればいいな。」
「はいはい、じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
お互い自分の部屋がある棟へ戻る。
「ああ、もう。突然抱きしめられたらびっくりするやんか…。」
ぼそりとエレノアが何かを言ったみたいだが聞き取れなかった。
ついさっきまでエレノアの事をこの腕で抱きしめていた。
細いけれど、程よくしなやかに張りのある体だった。
そして、女性特有の柔らかさもしっかり感じた。
つけている香水とエレノア本来の匂いが混ざってずっと嗅いでいたくなった。
出来る事ならあのまま肌が露出している顔や首筋に自分の唇を這わしたくなった…。
そんなことすればエレノアは全力で俺を振り切っただろう。
鈍感な俺にだってわかる。
エレノアは俺が触れたがる理由をクロエと同じ甘えの延長線と捉えているのだ。
今まで無礼な事ばかりしてきた俺の元から去らずにいてくれているだけでもありがたいことなんだ。
その上、俺が純粋に人と触れ合いたいだけと認識し、その思いに親切心で応じてくれているエレノアに不届きな事をしてはならない。
ならないのだが、エレノアに触れたくなる衝動を止めるのが難しい。
まだだ。
まだ今の俺ではエレノアに男として見てもらえない。
もっと世間に認めてもらい、そしてエレノアに夫として認めれもらわなければならない。
焦るな、焦ってすべてを台無しにするな俺。
平常心、平常心を持つんだ…。
平常心…と呪文を唱えている間にぐつぐつと湯は沸騰していた。
今日は満月だからバルコニーで過ごしながら話をしようとエレノアが提案してくれた。
エレノアのお気に入りの場所に居ても良いと言われているようで、
そんな些細な提案にさえ嬉しさが込み上がってしまう。
エレノアが先にお茶菓子やランタンなど用意してくれていたが、席は向かい合わせだった。
「俺もこちらに座る。」
当り前のようにエレノアの隣に席を移動した。
しばらく紅茶を堪能してから、本題に入る。
けれど、その前にやることがある。
「エレノア、手を貸してくれるか?」
せっかく隣に座ったのだから、やっぱりどこか一部でも触れていたくなる。
「え…あ、はい。」
エレノアは戸惑いながらも手を差し出してくれた。
少しずつ抵抗がなくなり習慣化されつつあるのは俺の執念だ。
エレノアの手を握りながら、これまでのエレノアの話を聞かせてもらった。
エレノアは元々佐多ルキアと言う少女だったこと。
産みの母親に虐待を受けて幼少期は過ごし、途中から義理の母親に世話になったこと。
その義理の母がおかーはんという人物であり、恩を返すために夜の仕事を選んだ。
クロエと同様耳の聞こえない少女の事や、親友、腹違いの弟の事など様々な事を聞かせてもらった。
信じがたい話だが、そうであればエレノアの手話やそろばん、料理や裁縫などすべての事象に説明がつく。
「…そうか。色々納得がいったよ。佐多ルキア…か。」
「最後まで真剣に聞いてくれてありがとう。
まあ、もともとのエレノアはどこに行っちゃたのかは気になるんだけど、そこは私にも分からないの。」
「その、日本という世界に戻りたいか?
佐多ルキアとして戻りたいとは思っているのか?」
「…どうだろう。おかーはんには会いたいな。
大切な人たちに何も恩返し出来ずに居なくなっちゃったから、そこは後悔してる。」
エレノアは弱弱しく笑った。
元の世界に未練があると聞いて俺の胸がずきずきとえぐるように痛む。
いつも、月の明かりに指輪を照らしていた時、思いにふけているエレノアの寂しそうな表情と同じ顔をしている。
父上の事を思い出しながら、前世の大切な人々をも思っていたのだろう。
「ま、今はエレノアとして生きてデイビット様への恩返し中なんだ。
次はちゃんと出来るように頑張ろうと思ってる。
後悔はしないように。」
エレノアの中で、この屋敷に居る期間は父上への恩返しであり一種の義務を自分で課しているのだろう。
その義務に俺への対応も入っている。
今までの俺であればその言葉を聞いて不快感を露にしていた。
義務でこの屋敷に居られては迷惑だのなんだの言っていただろう。
しかし、今であれば分かる。
父上は一定期間、義理堅いエレノアをこの屋敷に縛り付けて俺に再生のチャンスを与えてくださったのだ。
このチャンスを俺は絶対逃さない。
絶対にだ。
「っとまあ、そう言う事で私の信念でここに居させてもらっているから、
もし私の存在が目障りになれば出ていくから遠慮なく言ってね。
いい人といい仲になったらそんな話も出るだろうしね。
今のディランならクロエも任せられるし、かっこいいからモテモテでしょ?」
「そんな女性は居ない。
…強く想う人はいるが相手にされていない。」
「へえ…。そっか…。
すごく好きなのに思いが通じないって辛いよね。
分かるよ…。」
エレノアが俺に共感している。
きっと父上と自分の事を重ねているのだろう。
愛しても女として愛されなかった父上なんかより、俺を愛してくれれば良いのに…。
「ああ。
今は、仕方がないな。」
「応援してる。
ディランの恋が成就しますようにって。
あ、でもエリザベスはやめてね。
それは応援できないから。」
「なんでそこにエリザベスが出てくるんだ?」
「え?だって、ディランの好みって、その…胸の大きな人でしょう?
ほら、ひめかちゃんもそうだったし。」
エレノア…いったい何を言い出すんだ。
エリザベスやひめかをそんな風に思っていたのか?
頭がくらくらしてきた。
「あのな、俺は胸の大きさなどに関心はない。
エリザベスはクロエの世話係として見ていたし、ひめかは、その、少し顔がクロエに似ていただろう?
足の悪い弟の面倒があると聞くと、他人事に思えなかっただけで好意ではない。」
「え?うっそだあ?」
「嘘ではない…。」
流石に胸の大きさで好意を寄せる男と思われていたことは心外だ。
少しエレノアを睨みつけてしまう。
「ご、ごめんなさい。
てっきりそう思い込んでました。」
「いや、そう思われる俺の軽々しい振る舞いが原因だ。
自分でもあの頃の俺は忌々しい過去だからな。」
「そう、なのでしょうか。
私には分からないわ。」
エレノアは遠慮して同調を避けた。
俺の愛している女性は、今手を握っているエレノア、君なんだが。
全然伝わってないな。
「そうなんだ。俺、頑張るよ。
もっと頑張って、エレノアに認めてもらえる男になる。
だから、それを応援して欲しい。」
「ええ、クロエの為にも頑張ってね。」
やっぱり、通じていない。
噛み合わない会話がもどかしい…。
まあ、今は手を繋がせてもらているだけでも御の字か。
「ああ。もちろんだ。」
「明日はゆっくり過ごせるんでしょう?」
「ああ。久しぶりにゆっくりしようと思う。
エレノア、明日エレノアは時間あるか?」
「私?明日はエルヴィス様にお礼を言いに行こうと思っていたの。
出来れば屋敷に招待してみんなでお祝いしたいなって思ってたんだ。
助けてくれたお礼も兼ねて。」
「ああ、そうれは良いな。
俺がすぐ聞いておこう。」
「ありがとう。
じゃあ、明日の準備で午前中は買い出しに行こうかな。
キャッシーさんに買ってきてもらってある程度揃ってるけどお酒とかもう少し足したいの。」
「明日はキャッシーは出勤しない日なのか?」
「そうなの。
ほとんど仕込みも出来てるし盛り付けメインだけだから私一人でも大丈夫。」
「いや、俺も手伝うよ。
買い物も重いだろ?
一緒について行かせてくれ。」
「いやでもディラン久しぶりの休みなのに。
ゆっくりするか好きな事した方が良いよ。」
「エレノアと一緒に居たいんだ。
それが俺の有意義な休日の過ごし方だから。
だから頼む。」
「ディランって寂しがり?」
「え?どういう意味だ?」
「噓ウソ。
何でもない。
そうね、じゃあ一緒に出かけましょうか。」
「助かるよ。
とても楽しみだ。
しかし…明日もメイド服を着て俺の3歩後ろを歩く気か?」
「まあ、その予定。
盛りメイクだったら悪目立ちするし、街で気軽に買い物も出来ないしね。
たまにするけど、やっぱり怖がられるから。」
「今日みたいな…。」
「え?何?」
「今日みたいな薄化粧で清楚な恰好はダメなのか?」
「ああ、これ?
ルキアだったころ、こんな感じの服着させてもらってたから嫌いじゃないんだけど、今は悪女かメイドかどっちかに振り切ってないと中途半端で何だか落ち着かないんだよね。」
「そうか…。しかし、何度も言うがいつもエレノアは美しいし、今のような恰好はエレノアの美しさを最大限に引き出す美しさだ。
これだけ美しければ街を歩けばすぐ男どもに言い寄られてしまうだろう。
だから悪女のような振る舞いも結構だが…。」
「だが?どうしたの?」
「俺が一緒に居る時は、エレノアを狙う男どもは俺が追い払うから、明日は薄化粧で一緒に買い物に行って欲しい。
頼むっ!」
俺は必死にエレノア頭を下げた。
エレノアは突然頭を下げた俺を見て驚いている。
「ちょっと、ディランやめて。
そんな軽々しく頭を下げるなんて…。」
「エレノアと、薄化粧のエレノアと街を歩けるなら頭だって下げるさ。」
頭を下げたまま願い出る。
「分かった、分かったから頭を上げて。」
「良いのか?一緒に歩いてもらえるのか?」
「はいはい。薄化粧だと服も地味になるけど大丈夫?」
「もちろんだ!ああ、ありがとうエレノア!」
嬉しすぎて無意識にエレノアを抱きしめてしまった。
「わっ!ディラン、びっくりするからやめて。」
「ああ、すまない。嬉しすぎてつい…。」
やめてと言われ、すぐに手を離した。
抱きしめるのをやめて欲しいのか、突然行動するのをやめて欲しいのかどちらだろうか。
いや、今は深く追求しないでおこう。
うっとうしい男と思われ、触れること自体が嫌がられてると困るからな。
「ディラン、何か変わったよね。
今まで私と触れたら不快感でいつも顔が歪んでたのに。」
「そっ、それはかなり前の事だ。
あの時の俺は最低だった…。本当にすまなかった。」
「いや、謝って欲しい訳じゃないから、大丈夫。」
こういう時のエレノアは言葉は優しいが、何と言うか、どこかそっけない。
『大丈夫』というのは優しさではなく相手に期待せず諦めているからだ。
相手が謝罪していても、もう関心がないからどうでも良いの意味の『大丈夫』なのだ。
「今までの過ちは消えないが、エレノアを敬う気持ちは態度と行動で示す。
俺はいつもエレノアを尊敬しているから。」
「…?あ、ありがとう。」
エレノアはぎこちなく礼を言う。
あれほど悪態をついていた男が突然尊敬しているなど言っているのだから、不気味に感じているのは仕方がないな。
「けど、嬉しすぎて突然抱き着いてしまったり、寂しくて触れてしまうのは多少許容して欲しい。
もう、習性みたいなものになってしまった。」
「しゅ…習性?」
驚いた顔をしているエレノア。
この説明は無理があったか…。
「そうなんだ。
クロエと同様君に触れることで色々な不安が紛れるんだ。
それを知ってしまったから…。」
もう一度ダメ押ししてみる。
「…もう、二人そろって兄妹ね。
まあ、多少は良いけど、びっくりするのは嫌だからね。
あと苦しいのも。」
「ああ、もちろんだ。
エレノア、わがままを聞いてくれてありがとう。」
「どういたしまして。
さ、今日はもう寝ましょう。」
「そうだな。
明日はエレノアと外出だ。
早く明日になればいいな。」
「はいはい、じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
お互い自分の部屋がある棟へ戻る。
「ああ、もう。突然抱きしめられたらびっくりするやんか…。」
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