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胸が痛む
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俺とイリス、クロエを残してエレノアは料理のために場を去った。
俺がいるとエレノアが緊張しているのがよく分った。
今も俺の事を撒くためにそそくさと行ってしまったんだろう。
胸の奥がチリチリと痛む。
あれだけ憎かった相手なのに、距離をとられると心が重くなるのは何故なんだ。
「マスター、つかぬことを聞くが。」
イリスが俺の横顔をじっと見ながら声をかけてきた。
「何だ?」
「エレノアにちゃんと礼を言ったのか?」
「礼か?何の話だ?」
「エリザベスというこざかしい女の罪をエレノアが体を張って証明した。
我が主は傷を負い大切にしていた指輪の魔力も失ったようだ。
奴隷である私としては主の苦労は労ってもらうに値すると考える。」
「…そ、その通りだ。」
「我が主はなかなかいい女だろう。
男であればわが夫にしたいくらいだが、今は誰かの妻だからそうはいかぬ。
我が主の夫である男には惑わされず、物事を正しく判断できる者であってほしい。
それだけだ。」
「イリス…。すまない…。」
「謝るのは私ではないぞ。」
「…そうだな。」
その後、エリザベスを突き出した警察部隊に出向き、早々と罪状を付けてもらいエリザベスは故郷に返した。
本来処刑を望むが、遠縁であれど親族であることがネックだったからだ。
これだけの事をしたのだから二度と王都には来るなと故郷に居るエリザベスの両親をけん制する手紙を出す。
警察で罪人である登録は行ったので、次に会う事があれば命はないと言う事もしっかり記しておいた。
疲れた…。
諸々の手続きがやっと終わった…。
早く屋敷に帰りたい。
今までクロエと居る気まずさや罪悪感で屋敷に居ることに居心地の悪さがあった。
新しい妻が来てそれは決定的になり苦痛でさえあった。
だが、今は早く戻りたい。
虫のいい話かもしれないが。
屋敷に戻った時、エレノアがランタンを灯して一人で過ごす姿が外から見えた。
ああ、お礼や詫びの品を何も用意していない。
何か買って来ればよかった。
しかし、俺はエレノアの好みを全く知らない。
外見は派手だが中身は別だ。
流行が好きなのか古風なものが好みなのかもさっぱり分からない。
ああ、こうしている間に部屋に戻ってしまう。
品は後回しだ。
今言葉にしなければ…。
走ってエレノアがいるバルコニーに向かった。
着いたときは息が切れていた。
全く運動をしていないから少し走ったらこのざまだ。
エレノアは父上からもらった紋章の指輪を眺めながらため息をついていた。
俺が荒々しく登場したのでこちらに気づいたようだ。
「ああ、おかえりなさいませ、旦那様。」
いつもと雰囲気が違う。
いつもは俺と顔を合わすと澄ました顔で目もろくに合わない。
今はこちらをしっかり見ているし顔の表情が緩んでいる。
化粧はしているので造形は同じだが普段と違う表情にドキリとする。
「旦那様もご一緒に飲みますか?」
突然誘われ戸惑ってしまう。
手元にはワインが置いてある。
少し酔っているのか。
「ふふふ。嘘ですよ。
ここね、気持ちいいんです。時々ここで過ごすんです。
月が綺麗だから。」
「そ、そうか。…そうだな。」
確かに月が綺麗だ。
「一人酒して、はしたない女って思ってるでしょ。」
「そ、そんな事思ってはいない。」
「今日はちょっと疲れました。
蹴られてつねられて切られて。
でもクロエがこれでのびのび出来るなら報われます。」
「そ、それについて謝罪と詫びをさせて欲しいんだ。」
「ふふふ。いりませんよ。
自分で勝手にしたことだから。
私もすっきりしました。ざまあみろって。」
エレノアはくすくす笑っている。
「何か?
何か望みはないのか?」
「望み?望みかあ…なんだろう。
ん~そうだな…。
大切な人に会いたいな…。もう会えないから…。」
そう言って指輪を指で持ち、月の光に照らしている。
「こうやって月に照らしたら色が戻るかなってやってみるけど、やっぱり駄目だ。」
悲しそうに笑う。
「大切な人とは父上か?」
「う~ん、そうですね。
デイビット様もだし、おかーはん、せなちゃん、修也、竹彦…。
こんな日はやっぱり寂しいなあ…。」
どこか遠いところを眺めている彼女を見ると何だか切なくなる。
俺はこれだけ妹を助けてもらっているのに、何もできない自分が歯がゆくて情けない。
「…おかーはん、というのは?」
「おはーはんは、私の恩人です。
あの人は私の目標…。」
誰だそれは?
父上と暮らしているときに世話になった人物か?
「おかーはんというのは女か?」
「何言うてんの。おかーはんは…。」
彼女の視線が指輪から俺に変わった時、突然口をつぐんだ。
「ごめんなさい…。ぺらぺらとどうでも良い事を。
ちょっと飲みすぎたみたいです。
お見苦しい姿を見せてしまいました。
私はこれで失礼します。」
「あ、いや…。」
ワインボトルやグラスを片づけてそそくさと場を離れてしまった。
明らかに避けられている。
避けられるような事をしてきたのは俺だ。
礼と詫びをしたかったのに、何でこうなってしまうのだろうか。
彼女が見ていた月を自分もぼんやりと眺めて過ごした。
俺がいるとエレノアが緊張しているのがよく分った。
今も俺の事を撒くためにそそくさと行ってしまったんだろう。
胸の奥がチリチリと痛む。
あれだけ憎かった相手なのに、距離をとられると心が重くなるのは何故なんだ。
「マスター、つかぬことを聞くが。」
イリスが俺の横顔をじっと見ながら声をかけてきた。
「何だ?」
「エレノアにちゃんと礼を言ったのか?」
「礼か?何の話だ?」
「エリザベスというこざかしい女の罪をエレノアが体を張って証明した。
我が主は傷を負い大切にしていた指輪の魔力も失ったようだ。
奴隷である私としては主の苦労は労ってもらうに値すると考える。」
「…そ、その通りだ。」
「我が主はなかなかいい女だろう。
男であればわが夫にしたいくらいだが、今は誰かの妻だからそうはいかぬ。
我が主の夫である男には惑わされず、物事を正しく判断できる者であってほしい。
それだけだ。」
「イリス…。すまない…。」
「謝るのは私ではないぞ。」
「…そうだな。」
その後、エリザベスを突き出した警察部隊に出向き、早々と罪状を付けてもらいエリザベスは故郷に返した。
本来処刑を望むが、遠縁であれど親族であることがネックだったからだ。
これだけの事をしたのだから二度と王都には来るなと故郷に居るエリザベスの両親をけん制する手紙を出す。
警察で罪人である登録は行ったので、次に会う事があれば命はないと言う事もしっかり記しておいた。
疲れた…。
諸々の手続きがやっと終わった…。
早く屋敷に帰りたい。
今までクロエと居る気まずさや罪悪感で屋敷に居ることに居心地の悪さがあった。
新しい妻が来てそれは決定的になり苦痛でさえあった。
だが、今は早く戻りたい。
虫のいい話かもしれないが。
屋敷に戻った時、エレノアがランタンを灯して一人で過ごす姿が外から見えた。
ああ、お礼や詫びの品を何も用意していない。
何か買って来ればよかった。
しかし、俺はエレノアの好みを全く知らない。
外見は派手だが中身は別だ。
流行が好きなのか古風なものが好みなのかもさっぱり分からない。
ああ、こうしている間に部屋に戻ってしまう。
品は後回しだ。
今言葉にしなければ…。
走ってエレノアがいるバルコニーに向かった。
着いたときは息が切れていた。
全く運動をしていないから少し走ったらこのざまだ。
エレノアは父上からもらった紋章の指輪を眺めながらため息をついていた。
俺が荒々しく登場したのでこちらに気づいたようだ。
「ああ、おかえりなさいませ、旦那様。」
いつもと雰囲気が違う。
いつもは俺と顔を合わすと澄ました顔で目もろくに合わない。
今はこちらをしっかり見ているし顔の表情が緩んでいる。
化粧はしているので造形は同じだが普段と違う表情にドキリとする。
「旦那様もご一緒に飲みますか?」
突然誘われ戸惑ってしまう。
手元にはワインが置いてある。
少し酔っているのか。
「ふふふ。嘘ですよ。
ここね、気持ちいいんです。時々ここで過ごすんです。
月が綺麗だから。」
「そ、そうか。…そうだな。」
確かに月が綺麗だ。
「一人酒して、はしたない女って思ってるでしょ。」
「そ、そんな事思ってはいない。」
「今日はちょっと疲れました。
蹴られてつねられて切られて。
でもクロエがこれでのびのび出来るなら報われます。」
「そ、それについて謝罪と詫びをさせて欲しいんだ。」
「ふふふ。いりませんよ。
自分で勝手にしたことだから。
私もすっきりしました。ざまあみろって。」
エレノアはくすくす笑っている。
「何か?
何か望みはないのか?」
「望み?望みかあ…なんだろう。
ん~そうだな…。
大切な人に会いたいな…。もう会えないから…。」
そう言って指輪を指で持ち、月の光に照らしている。
「こうやって月に照らしたら色が戻るかなってやってみるけど、やっぱり駄目だ。」
悲しそうに笑う。
「大切な人とは父上か?」
「う~ん、そうですね。
デイビット様もだし、おかーはん、せなちゃん、修也、竹彦…。
こんな日はやっぱり寂しいなあ…。」
どこか遠いところを眺めている彼女を見ると何だか切なくなる。
俺はこれだけ妹を助けてもらっているのに、何もできない自分が歯がゆくて情けない。
「…おかーはん、というのは?」
「おはーはんは、私の恩人です。
あの人は私の目標…。」
誰だそれは?
父上と暮らしているときに世話になった人物か?
「おかーはんというのは女か?」
「何言うてんの。おかーはんは…。」
彼女の視線が指輪から俺に変わった時、突然口をつぐんだ。
「ごめんなさい…。ぺらぺらとどうでも良い事を。
ちょっと飲みすぎたみたいです。
お見苦しい姿を見せてしまいました。
私はこれで失礼します。」
「あ、いや…。」
ワインボトルやグラスを片づけてそそくさと場を離れてしまった。
明らかに避けられている。
避けられるような事をしてきたのは俺だ。
礼と詫びをしたかったのに、何でこうなってしまうのだろうか。
彼女が見ていた月を自分もぼんやりと眺めて過ごした。
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