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前世の私⑯

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私が一歩前に出て、勝負を始める。


「城田さん、大丈夫です。よろしくお願いします。」


城田さんの手話序盤は簡単なあいさつや天気の話題だった。


返答する方も軽く返せる内容だ。


でも、徐々に話の内容が難しくなっている。

駅で待ち合わせをする時間や移動のルートを覚えるものもあった。

日常会話はせなちゃんと修也に協力してもらって何回も復習した。


大丈夫…。出来る。


次は、病気のシチュエーションだ。

どこがどんな風に痛むとか、薬を飲み忘れたからどうしたらいいかっていう質問を手話で展開される。


奥様にもらったパソコンでこれに近い動画があったな。緊急時の手話だ。何とか乗り切れそう…。


最後は社会情勢について聞かれた。

環境問題とか戦争問題とか…。

授業でここまで習ってない…。

けど毎日手話ニュース見て時事ネタは把握するようにしてたんだよね。


全然知らない単語や情報は先生に教えてもらった。

難しい言葉でニュースが流れているけど、先生が分かりやすいように教えてくれて、何とか分かるようになった。


分からないところとか、適当に答えられない部分もあるけど、分かっている所まで自分の考えを表現する。

分からないところ事は相手に聞いたら良いんだ。


言葉は知っているけど手話で表現できないものは別の表現で説明した。


完璧じゃないかもしれないけど、会話をするって口でも手話でも同じだなって思う。

相手にどうすれば伝わるか考えて知っている言葉で表現する。まだまだぎこちないけど、絶対あきらめない。


そして数十分が過ぎ、長い手話の会話が終わった。

最後の方はちょっと楽しかったと思う。

きっと城田さんが優しい人って事も大きかったんだろう。手話を通じてそう思った。


城田さんが画面でにこにこと笑いながら話しかけてくる。

せなちゃんが居ることも考慮してくれたのか手話も同時に展開して会話してくれた。


「ルキアさん、おつかれさまでした。
この短期間でよくここまで上達しましたね。
小学生と聞いていますが社会情勢の話までついてこれるとは思っていませんでした。
所々手話で分からない単語を別の言葉に言いまわしている事もありましたが、今持っている知識を最大限に生かして素晴らしい会話を繰り広げていたと思います。
これからも練習すればもっと上手になるし専門的な話も手話で可能になります。
本当に素晴らしいの一言です。本当にお疲れさまでした。」


「あ、ありがとうございます。そう言ってもらってすごく嬉しいです。」
敵側と思っていた城田さんはやっぱりいい人だった。
こんな人があんな大人と働いていることが不憫に思えてきた。

画面があんな大人代表の父親に切り替えられた。


画面には不機嫌そうなおじさんの顔がドアップで映っている。


「…。今回上手く評価されたからって調子に乗るなよ。おだてられて木に登るような馬鹿な真似はするな。」

この状況で木に登る訳ないやん。

「調子には乗りません。奥様や友達、先生たちみんなに助けてもらいました。
私一人でここまで出来たとは思ってません。みんなのおかげです。」


「…。ふんっ。まあいい。城田がそこまで評価するのなら今回はこちら側が折れてやる。
手話なんぞにうつつをぬかすなよ。お前にはどこぞの家に嫁ぐための投資をしてるんだ。
しっかり稽古を続けるんだ。分かったな。こちらから言うことはそれだけだ。じゃあな。」

そう言って一方的にこの場を終わらせそうになった時、せなちゃんが自分から

「ちょっと待ってください!」

と声を上げた。

緊張しているからか、ちょっと聞き取りづらい発音だったけど、真剣な顔で手話を織り交ぜ画面に映る。


「私はルキアちゃんと出会えて毎日がすごく楽しいです。
私は耳がほとんど聞こえないけどルキアちゃんはそんなの関係なく友達になってくれました。
だから、ルキアちゃんの事悪く言うのは止めてほしいです。
ルキアちゃんのお父さんどうか、よろしくお願いします。」せなちゃんが深々と頭を下げている。



「お、俺もルキアのおかげで毎日がすごく楽しいです。
俺、ルキアに愛人の子って言って意地悪したのに俺と友達になってくれました。
ルキアはすごい奴なんです。だからこれからルキアに意地悪な事しないでほしいです。よろしくお願いします。」


修也も画面に映ってお願いしてくれている。


「佐多さんのお父さん、僕もルキアさんに教育者としての立場を色々教えてもらいました。
彼女は人に優しく人を導く子です。
どうかルキアさんの優秀さを認めてください。そして彼女を不当に扱うのは止めてください。
担任の教師としてお願いします。」


先生も私をすごく良いように言ってくれている。何だか…恥ずかしいぞ。



画面に映っている父親は怒っているのか困っているのか分からない表情で固まっている。

「…。もう終わろう。では失礼する。」そう言って回線を一方的に切られた。


ほんま大人のくせにしょうもない方法で終わらせるおじさんやな。

あんな人と血がつながってるんか…。

場の空気が微妙に重い…。

「みんな、先生も、ほんまにありがとう。なんやかんやで勝負は勝ったみたいやわ。」

そう明るい声で言うとみんなが振り返ってはっと気が付いたようだ。

「そ、そうだ!ルキア、お前勝負に勝ったんだな!」

「佐多さん、すごいよ!途中から僕何の話題になっているか分からなくなってたんだ。
かなり難しい事聞かれてたんじゃないか?」

『ルキちゃん、おめでとう!』


皆から祝福されて、輪になって抱き合った。


ああ、私勝ったんだ。みんなのおかげやわ。


「みんな、みんな、ほんまにありがとう…。努力が実るってこんな気持ちええことなんやな。」

嬉しい時に涙が出たのは初めてだった。

せなちゃんも修也も先生もみんなで泣きながら笑い合った。






ー---------------------


回線を一方的に切った向こう側では

「社長、素晴らしいお嬢さんですね。社長の血筋と奥様の教育の賜物ですね。」

「皮肉を言うな、城田。」

「ふふふ。すみません。あまりにも優秀な女性を見ると嬉しくなってしまいました。将来有望ですよお嬢さん。」

「馬鹿を言うな。女は都合のいいところに嫁がせる。会社のためにな。
…それに、あいつが男だったらと思うのはどうも負けた気がするな。」


「時代が時代ならルキアさんも社長の右腕になるのではないでしょうか?」


「…。空想の話は好かん。もう止めるぞ。」


「はい。承知しました。」

「一応、家内にも今日の事報告しておけ。」


「承知しました。」


秘書はすぐに携帯を取り出した。

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