俺の事嫌いなんですよね?

ミミリン

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半人前

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映画館に着くとアクション系や時代物、アニメ、ホラーなど種類が沢山あった。


ゴリゴリの理系だったけどわりと歴史ものは好きだから、時代物いこうかな。

「草野さん、どれが良いですか?」草野主任を見るとすっごく悩んでいる。

仕事では即判断して指示を出す姿が多いからこの姿は貴重だ。

「田上君、この映画を見て怖い物への克服に挑戦するのに協力してもらえるかな?」

草野主任が選んだのは18歳R指定のグロ系ホラーだ。血しぶきがあげられ、ただひたすらグロくて残虐な内容。

え~これ?けど、草野主任肝試しで怖かったのってお化け系じゃないの?ジャパニーズホラーが怖いんだと思ってたんだけど。

「だ、だめかな?この歳でホラー怖いって恥ずかしいんだ。田上君にしか協力をお願いできなくて…。」

ああ、イケメンが悲しそうな顔をしている。もともと目立つのに、そんな切ない顔されたらギャラリーがめっちゃ見てくるじゃん。注目され始めるとこっちが恥ずかしい…。


「わ、分かりました。協力します。もう、行きますよっ。」

チケットを買って強引に草野主任をシアタールームに連れて行った。


あんまり需要のない分野なのか、面白くないB級映画なのか客はすごく少なかった。

まあ、席が余ってたら途中移動しよう。

大の男が隣同士とか狭苦しいだろうし、俺が隣に居たら草野主任恥ずかしくて嫌だろうから。

「田上君、チケット代ありがとう。今から頑張ってホラー映画見るよ。すごく怖がりだから隣に座って欲しい。」

「へ?隣?」

「ごめんね。あの時は克服できる。大丈夫って思ってたけどやっぱり怖いんだよね。何とも情けなくて自分でも嫌になるよ。」また草野主任が柄にもなく項垂れてる。

ああ、一度弱みを見せた人間にはリミッターが外れるのか?まあ、これだけ周囲から期待されてる人だから弱み見せること自体がハードル高かったんだろうな…。


「分かりました。俺も隣に座って見るので、安心してください。」

「あ、ありがとう。」うわあ、すごく安心した表情してる。色々距離感バグっているけど普段のプレッシャーが相当で一部おかしくなってるのかもしれないな。出来る人間も大変だ。


草野主任の隣に座って予告を見て過ごす。

本編が始まるといきなり絶叫からのグロだった。その時、手すりに置ていた手をぎゅっと握られた。ん?この手は草野主任?


「ご、ごめん…。ちょっとしばらくこの状態でいさせて。」


目を合わせず、ずっと画面を見ながらお願いされた。あんまり怖がっているように見えないけど、表情が固まってしまったのかな?まあ、いいか。

「どうぞ、俺の手で良ければ使ってください。」雷の音を怖がるドーベルマンみたいな感じかな?


「ああ、ありがとう。」さらにぎゅっと握られた。


しばらく見ているとグロ、ホラー、ハラハラ、グロ、ホラーと展開がパターン化していて怖がりではない俺としてはアフタヌーンティーの余韻でちょっと眠くなってきた。

それに草野主任の手が大きくてちょうどいい感触だから更に眠気が増すんだよね。


しばらく目を閉じて音声を聞いていると、いつの間にか寝てしまっていた。

最後に頬に何かが当たった感触で目が覚めた。


気がついたら作品は終わっていた。


「田上君、ごめんね。気持ちよさそうに寝ていたけどまつ毛が頬に付いていたからそれ取ったら起きちゃったね。」


ああ、まつげ?そうか、寝てたんだ。


「すみません、こちらこそ隣で寝ちゃうなんて失礼でした。ああ、もう出ましょうか。」

寝ぼけながら席を立つ。けっこうぐっすりだったな。何かあったかくて気持ち良かったんだよなあ~。


映画館を出て、その辺にあるカフェに場所を変えた。


コーヒーを飲みながら向かい合って話す。

「田上君、ごめんね。俺の都合に合わせてもらって。」


「ああ、ホラーの事ですか?大丈夫ですよ。字幕だったんで目を閉じたらちょうどリスニングの練習にもなったし、ああいう作風だからスラングも多くてある意味勉強になりました。って言っても途中寝ちゃったんですけどね。ははは。」


「そっか、田上君学生時代ゼミで英語が公用語だったんだよね。日本語禁止って聞いたよ。」


「昔の話ですよ。研究文献とか全部英語だから必須だったんです。それに留学生の中には英語圏以外の学生もいて日常会話の中で色々教えてもらったから、留学費用浮いたかな?って思います。
初めは泣きながら課題こなしてましたけど。でも、英語はしばらく使ってないとどうしても耳も鈍っちゃうんで丁度良かったです。気にしないでください。」


「本当に、田上君はずっとかっこいいな…。」


「え?草野主任には言われたくないですよ。」

「主任はやめて。」

「ああ、草野さんには言われたくないです。俺の何倍もカッコいいくせに。」


「…そう思ってくれている事には感謝だね。ああ、留学生が多いって事は色んな文化もあったんじゃないか?お互い学生同士で苦労はなかったのか?」

「苦労はないですけど、自分の視野が狭いことが分かりました。衣食住の違いや価値観の違いも多かったです。
例えば、国によったら同性愛が認められている、逆に禁止されているとかあって宗教の兼ね合いも大きいからお互いがお互いの価値観を知って良い距離を保つのが新鮮でしたね。」


「同性愛?」

「まあ、今は日本でも多様化って言われてますけどね、国によってもっと進んでいるところもあるんだなって思いました。」


「そうか…。田上君は同性同士でパートナーになる事はどう思う?」


「俺ですか?まあ昔の父親が無茶苦茶だったから、パートナーって異性とか同性とか言う前に人間性が大切かなって思います。それに、ゼミの友達オタクが多くて二次元とか三次元がパートナーって言う奴もいるんですよ。でも、みんないい奴ばっかりで…。だから人の事とやかく言う気はないです。まあ、可愛い子が居たらテンション上がりますけどね。単純な奴なんです、俺。」


「そうか…。じゃあ、田上君は男性が恋愛対象にはなる?」


「え~考えたことないですよ。お金なくてがり勉だったからそもそも恋愛数数えるほどだし…。男の人からアプローチされたこともないですもん。」


「え?本当に?」


「草野さん、同い年で同じ大学なら知ってるでしょ?俺のゼミ全員ダサ眼鏡集団ですよ。市川君みたいな見栄えのいい子一人もいないから関係者以外誰も近づかなかったです。ああ、言っててちょっと切ない。俺のキャンパスライフって地味すぎた。ははは。」


「確かに、妙な雰囲気で田上君は囲まれていたから声をかけることも出来なかったな。」

ぼそりと草野主任が何かを言っていた。


「もう、俺のダサいゾンビキャンパスライフの思い出話なんて草野さん面白くないですよ。さて、じゃあそろそろ解散しましょうか?草野さん明日からまた出張でしょ?」


「あ、ああ。色々聞かせてもらいたかったけど仕方がない…。その、研修で一緒だった技術部の市川君とはもう飲みに行く予定は立てているのか?」


「ああ、そうですね。来月になりそうです。今月は俺の初出張で斎藤さんと大阪に行くからそれが落ち着いてからって言ってあります。」


「ああ、そうだったな。田上君初出張だったな。市川君とはよく連絡をとるのか?」

「ええ~?どうだろう?部署が違うし俺、技術部のシステム全く知らないから仕事面はあんまり話しないですね。けど、技術部の上司から言われたことが理解できないっていう悩みは相談に乗ったかな?」


「相談ね。」


「まあ、彼尖ってると言うか忖度できないって言うか…。」


「空気が読めないだろ。」


「あ、あははは。けど、ただの上司批判じゃなくて改善点とか疑問点はしっかり整理できてるんで、伝え方の問題なんだと思います。それを少しアドバイスしたくらいですよ。何か優秀なのに不器用だからほっとけないんですよね。後輩に慕ってもらうと嬉しいじゃないですか。」


「今田上君と市川は同期だろ?市川は後輩じゃない。田上君がアドバイスするような立ち位置じゃないと思うぞ。」


え?突然市川君呼び捨て?あ、今確実にこの人の地雷踏んだ気がする。


「す、すみません。確かに自分の仕事が半人前なのによその部署の子にアドバイスするとか良くないですよね。軽率でした。」


「あ、いや。田上君が半人前とかそういうことを言ってるんじゃなくて…。」


「あ、大丈夫です。自覚あるんで。斎藤さんとの出張で足引っ張らないようにしっかり予習して挑みます。じゃあ、これから家帰って勉強するのでここで失礼します。ごちそうさまでした。」
ぺこりと頭を下げてしっかり笑顔を見せながら駅の方向に歩いて行った。



これでいい。これ以上草野主任と一緒にいるとまた俺が地雷を踏みまくってお互いしんどくなるのが目に見えてるから。


それに、草野主任が言ってることは正しい。さあ、家帰ってしっかり予習するぞ。






取り残された草野主任は
「違う…違うんだ。くそっ。何でいつも空回りするんだ俺は…。」

自己嫌悪にさいなまれていた。

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