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相手の話

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今、俺の事をものすごく嫌っているであろう男が目の前に座っている。


俺の書いた企画書に目を通している。

普通は提出して添削されてからフィードバックがあるんだが、この男は添削している間ずっと俺を自分の目の前に座らせて待機させる。


他のスタッフはそんなことしないのに俺にだけ、目の前で待たせるのだ。

時々待機している俺の顔をじろりと見てため息をつき、無言でまた添削を始める。


指摘があるなら早めに言ってほしい。


まあ、なんせ転職者だし、この会社の業務にまだまだ慣れてないからどうしても悪い意味で特別扱い何だろうけど…。


しかし、この男仕事はすごくできる。

フィードバックはいつも的確だし仕事の進め方もすごく合理的でトラブルが発生したら初期始動から指揮を執ってすぐ解決に向かわせる人だ。


だから同じ28歳っていう若さでも異例の出世をしているらしい。


今は主任だが、もうすぐ課長補佐になるって新卒で同期の成美ちゃんが教えてくれた。


この会社でこれだけ出世してたらお給料もすごいんだろうな…。

成美ちゃん情報ではタワーマンションを購入したって聞いた。


まだ独身だけど、お嫁さん候補は選り取り見取りってなんだろうな。


それにしても成美ちゃん新卒なのにお局さんって人に気に入られて会社の噂を全部把握してるってたくましいよな。


22歳の女の子からしたら俺はおじさんなんだろうか。

仲良くしてくれるなんて成美ちゃんって本当にいい子だ。
タイプではないけど。

俺、ギャル系はあんまり得意じゃないから。


「おい、田上君。何を余計な事を考えているんだ。余裕だな。この企画書にもその余裕を持たせてほしいものだ。何だ、女性の事でも考えていたのか?」


「えっと、いや、はあ…。すみません…。」


じろりと睨まれる。


「彼女の事でも考えていたのか?」

それ、男でも聞いたらセクハラじゃないですか?うわ、めっちゃ睨まれてる。

確かに仕事中ぼんやり同期の女の子の事思い出してたのは事実だ。くそう…。


「彼女は居ません。」

これを俺に言わせてあんたに何の得があるんだよ。
無村かすみみたいな彼女がいたらもっとバラ色のプライベート過ごしてますよ。


目の前の男は珍しく目を見開いて驚いていた。


何その反応。俺、そんな彼女が切れないチャラ男に見えてたわけ?

確かにフラれやすいけど付き合ってる間ぜったい二股とかしないし合コンにも行かないし、結構誠実に向き合う系ですよ。


「そ、そうか…。」


あ、何かちょっと嬉しそうな顔してる?何々?仕事でもプライベートでも俺に勝ってるって思ったのか?

それにしても、何でこの人こんなに俺の事嫌いなのかなあ?


「はい。そうですよ。」

あなたが仕事を膨大に振ってくるから彼女作る時間がないんですけどって文句言ったらあっという間に左遷部屋かもな。

やめておこう。



目の前にいる男は入社試験の面接官の一人だった草野優成(くさのゆうせい)28歳だ。


あの面接で、人事部長から


「田上君は草野君と出身地が同じだし、大学も同じK大だよね。年齢も同じだから接点があったんじゃないか?」

と聞かれた。


その草野君と言うのが誰なのか全く分からなかった。

けど、俺と同い年の男と言えばこの中で一人しかいない。この人か…。どこかで会ったかな?

と頑張って頭をフル回転したが全く思い出さない。

下手なこと言って印象悪くさせるのも良くないし、正直に言った。


「すみません。私は家庭の事情で学校を転々としておりまして、大学に関しても特殊なゼミに入っていたので身近な生徒以外の交流はほとんどなかったものですから…。私のような地味な人間と御社の優秀な社員の方であれば関わりはなかったかと思います。」


つまり、全然覚えてませんと遠回しに言った。


それが良くなかったんだと今でも思う。

だって、実際ごりごりの理系のゼミで公用語は英語しか喋ってはいけない環境だからついていくのに精いっぱいだった。


本当は希望としては研究職が良かったけど営業職しか応募がなかったから営業希望としてエントリーした。

目の前にいる草野さんはきっと文系の学部だったんだと思う。

俺と同じゼミにあんなモデルみたいな長身で整った顔の人いなかったもん。
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