かのやばら園の魔法使い ~弊社の魔女見習いは契約社員採用となります~

ぼんた

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第35話 ピンチはチャンス

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 グリードとの騒動から数日後、魔力が戻ったヒカリとエドは、修行場所の河原にいた。

「余裕で空を飛ぶ修行が終わったから、次は手を触れずに物を動かす修行を始める。ほうきと違って直接触れていない分、実は簡単そうで難易度はかなり高いんだ。魔法使いの多くは、何年もかかって使えるようになるほどだからな。そして、前も言った通り、この修行が魔女試験に挑む上で最後の修行になる。その最後の修行内容は……」

 エドはそう言うと、近くにある直径五メートルほどの大きな岩を指差した。

「この岩を触れずに持ち上げられるようになることだ」

 エドは真剣な表情で言う。

「大きい……」

 ヒカリは岩を見ながら言った。

「まずは、俺がやってみせる。……岩が浮かぶイメージをして魔力を集中。……両方の手のひらから魔力を放ち、岩と繋がる感覚を得られたら、さらに魔力を高めていくと持ち上がる」

 エドは大きな岩を二メートルほどの高さまで持ち上げた。

「すごい!」

 ヒカリは思わず拍手してしまった。すると、エドは大きな岩を地面に下ろした。

「こんな感じだ。……ふう。……正直、この大きさになると、俺でも持ち上げるのがギリギリだから、かなり難しいと思う。まぁ、まずは小さい石を動かせるようになってから、サイズアップさせていくといい」

 エドは少し疲れた様子でそう言った。

「それじゃ、最後の修行開始だ!」

 エドは真剣な表情でそう言った。

「うん!」

 ヒカリは元気よく返事をする。

「まずは、小さい石から始めよう!」

 ヒカリはしゃがんで修行に使う石を選び始めた。

「どれにしようかな……。あ! これ丸くて可愛い! これにしよう!」

 ヒカリは鶏の卵ほどの大きさの丸い石を手に取った。

「そしたら、じゃ……。ここに置いてと」

 ヒカリは選んだ小石を、赤ちゃんが使う机とだいたい同じサイズの岩の上に置いた。そして、その岩を目の前にしてあぐらをかいて座る。

「よし! 準備完了! 早速やってみるか! ……石が浮かぶイメージをして魔力を集中する。……両方の手のひらから魔力を放ち。……放ち。……んー。……石と繋がる感覚。…………。……んー。全然わかんないわ。……触れないで魔力を伝えるって、すごい難しいんだなー」

 ヒカリは小石に対して必死に魔力を込めてみたものの、石と繋がる感覚がわからなかった。

「よし! 頑張ろう!」

 ヒカリは再び挑戦を始めた。しかし、その日は何も成果が得られなかった。




 
 最後の修行を開始してから、三ヶ月が経過したある日の退勤後、ヒカリはシホと駐輪場にいた。

「ヒカリちゃん、これからまた修行……だよね?」

 シホはヒカリに問いかける。

「…………はい! 魔女試験に向けて休んでいる暇なんてないんで!」

 ヒカリは下を向いていたが、急に笑顔になり顔を上げて返事をした。

「そうだよね。……うん! 頑張ってね!」

 シホは笑顔で言った。

「はい! ありがとうございます!」

 ヒカリは元気よく言う。すると、シホはバッグから何かを取り出してヒカリに近寄った。

「これ、疲れた時の糖分補給用に食べて!」

 シホはそう言ってヒカリにチョコレートを渡した。

「あ、ありがとうございます!」

 ヒカリは笑みを浮かべて言った。

「じゃあね」

 シホは手を振り原付バイクに乗って去っていった。ヒカリは笑顔でシホを見送った後、しばらく下を向いたまま動かなかった。



 それから、ヒカリは修行の河原に到着し、いつもの場所で小石を目の前に座った。

「動けよ! 動け! 動いてよ! …………。ちくしょう! こんな小さな石すら動かせないまま、三ヶ月も過ぎちゃった……」

 ヒカリは下を向いてそう言うと、ますます悔しい思いが溢れてきた。ふと近くに置いてあるバッグの中が見え、そこにはシホから貰ったチョコレートがあった。

「これ食べる資格なんて、私には無いよ……」

 ヒカリは歯がゆすぎて泣きそうになった。すると、後ろの茂みから物音が聞こえてきた。

「いててて!」

 誰かの声が聞こえた。

「誰!」

 ヒカリは声に驚いて身を構えた。

「えーっと、この辺かな?」

 茂みから出てきたのはシホだった。

「シホさん!」

 ヒカリは慌ててシホに声をかけた。

「あれ? 今、ヒカリちゃんの声が聞こえた気が……」

 シホはヒカリの声に気づいて周りを見渡す。

「そっか! シホさんには私の姿が見えないのか!」

 ヒカリは、自分の姿が人間のシホには見えないことに気づき、急いで帽子とローブを脱いだ。

「あ! ヒカリちゃん!」

 シホはヒカリに駆け寄った。シホの体を見ると、木に引っかけたような傷がいくつかあったので驚いた。

「シホさん! 大丈夫ですか?」

 ヒカリは焦りながら言う。

「魔法が使えないと、ここまで来るのも大変だねー!」

 シホは頭をかきながら言った。

「すごく言いづらいんですが……。茂みを突っ切らなくても、実はそっちに道があるんです」
「まじでか!」

 ヒカリが道を指差して説明すると、シホはすごく驚いていた。

「でも、どうしたんですか?」

 ヒカリはシホに問いかけた。

「ちょっとだけ、ヒカリちゃんに話がしたくてね。少しだけいいかな?」

 シホは少しだけ下を向いて言った。

「全然大丈夫ですよ!」

 ヒカリは元気よく言う。

「えっとね……。私も魔女見習いの時は、うまくいかなくて悔しい思いをたくさんしたんだ。うまくいかなくて、自分には魔法の才能なんて無いんだなって何度も嘆いた。なんとしても魔女になりたい。仲間が応援してくれるから、尚更魔女になりたい。その気持ちすら薄れていくと、だんだん魔法も楽しくなくなっていくんだよね」

 シホは辛い過去のことを思い出したのか、下を向いて悲しそうに話した。

 少しだけ沈黙が流れた後、シホは顔を上げ笑顔でヒカリを見た。

「でもね。そんな時にある人が教えてくれたんだ。『辛い時期だからこそ、自分に足りないものに気づけるチャンス』なんだって。ピンチはチャンス、よく言ったものだよね。でも、その言葉のおかげで諦めなかったし、修行も最後まで成し遂げることができた。……すごく救われたなー。……ヒカリちゃんなら、どんな困難でも必ず乗り越えられる。私にはそれがわかるの」

 シホは優しい笑顔と時折見せる真剣な表情でそう言った。ヒカリは今まさに欲しい気付きを与えてくれるシホに感動した。それに、シホも同じ気持ちで魔女修行をしていたのだとわかり、自分も絶対に最後まで乗り越えてみたいと、改めて強く思うことができた。

「シホさん……。ありがとうございます」

 ヒカリはすごく辛い時期だったので、シホの優しさに涙が出そうになる。

「じゃ、頑張ってね!」

 シホはそう言ってヒカリに背を向けた。

「はい! 本当にわざわざありがとうございます!」

 ヒカリは去っていくシホに頭を深く下げて言う。ヒカリは頭を下げている時に、だんだんと気持ちがスッキリしてきた。そして、長々と下げていた頭を戻す。

「だから! シホさん! そっちに道ありますから!」
「まじでか!」

 シホはまたしても茂みに入っていた。



 シホが去った後、ヒカリはまた帽子とローブを身につけて、修行を再開した。

「ピンチはチャンス! ちょっと弱気になってた! 諦めないぞヒカリ! よし! やるぞ!」

 ヒカリがそう言って気合いを入れた直後、ヒカリのお腹が鳴った。そして、ヒカリはバッグの中にあるシホから貰ったチョコを見る。

「いただきます!」

 ヒカリはチョコを手に取り、笑顔で食べ始めた。
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