色欲の悪魔は学園生活に憧れる

なかじ

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第三部

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 夜、珍しい時間にインターホンが鳴った。やって来たのは春樹と夏だ。夏は部活帰りなのかジャージを着ている。どうして春樹が夏を連れてきたのだろう。イウディネも俺と同じように困惑しているので、俺だけが知らない、というわけでは無さそうだ。

「は? 有? 先生?」

 夏は出迎えた俺とイウディネを見てきょとんとしているが、俺とイウディネだって同じ顔をしたい気持ちだ。突然すぎる。

 俺は完全に気を抜いており、王子にあるまじき格好をしていた。こんなことなら可愛い部屋着でも着ておくべきだっただろうか。しかし残念ながら俺の今の格好は学校指定のハーフパンツなのである。すごく楽だ。イウディネには絶対この格好で外に出るなと言われているのだが、そんなに駄目だろうか。

「何でここに先生がいるんだ?」
「私の家ですから」
「有も何でいるんだよ……」
「俺の家だからな」

 俺の保護者だとイウディネを指差す。夏は瞠目しながら俺とイウディネを交互に見ていた。

「それで、何かあったのか?」

 真っ先に思い浮かんだのは海月についてだ。よほどの緊急事態でなければ、春樹が何も知らぬ夏を俺達の元につれてくるわけがあるまい。

「ナツはやっと覚悟できたみたいだから連れてきたんだ」
「……は? 覚悟?」
「それと、海月がナツに面倒なちょっかいをかけ始めた。ナツも有くんのものにすれば、海月がちょっかいかけてきても僕みたいに無視できるようになるでしょう?」
「ッ!」

 イウディネは春樹の言葉に顔を顰めた。それは海月が俺のものにちょっかいをかけたことへの驚きや苛立ちではなく、多分俺の身体のことを、器のことを春樹に言わなかったことを悔やんでのものだろう。

 俺の身体のことはあまり公にしない方が良いと思っていたのか、叔父上としか情報を共有していなかったに違いない。イウディネはわかっている。同意なく俺のものに手を出す同族がいれば、俺は例え身体がおかしくなっても隷属を我慢しないと。

「もう少し、待っては頂けませんか?」
「……」

 イウディネが俺の腕を掴んで懇願する。今にも泣き出しそうなイウディネの顔が見えて、俺はよしよしとその頭を撫でた。春樹や夏はその様子に目を瞬かせている。

「我慢は嫌いだ。知っているだろう?」
「ならば、私が隷属させます。無理矢理にでも」
「こら!」

 イウディネの目が夏を捕まえ、腕が伸びていく。俺は慌ててその腕を掴んだ。
 俺の隷属は想い合わねば隷属ができないが、大抵の上位悪魔は相手がイエスと言えば隷属できる。イウディネなら夏を魅了して即隷属することができてしまうのだ。

「俺のものを奪うのは、例えお前でも許さないぞ?」
「……許さないというなら、なぜ笑っていらっしゃるのです」
「俺が嫌がることをお前が本気でできるわけがないだろう?」
「……してみせます」

 隷属された者は主が望んでいないことを無理矢理強行することはできないはずだ。イウディネは無理をしているのか、震えるほど拳を握りしめていた。駄目だぞ、とその手を撫でると拳はゆっくりと指を離す。俺に献身的に尽くすイウディネが愛おしい。何と哀れで、可愛いことか。

「さて、夏。少し話をしようか」
「あ、あぁ……」
「気に病むなよ。春樹もな」
「……」
「先生?」

 春樹が心配そうにしているが、後はイウディネに任そう。俺は夏の手を掴んで寝室に向かった。部屋に入ってすぐ、やたら大きいベッドがおいてあるのを見て夏がぎょっとする。何か言いたげに俺を見たが、ハァーと溜息をつくだけで何も言わなかった。

「それで、どうしたんだ?」
「今日海月さん……海月が俺を誘ってきた。まぁ、憂さ晴らしって言われたけどな」
「……そうか」

 俺はベッドに腰を下ろし、夏を手招きで呼ぶ。夏は肩にかけていたスポーツバッグを床に置き、俺の隣に腰を下ろした。

「なんか変にムラムラして、エロいこと考えるわけでもねぇのに勃起までした」
「……」
「おい、ヤッてねぇぞ。ハルに助けられた」

 俺の目は非難がましいものになっていたらしく、夏が慌てて否定する。その焦り方が真に迫っていたので、きっと本当なのだろう。確かに夏からは濃い精液の匂いはしない。

「有、ちゃんと聞けよ」
「夏……?」

 夏は俺に手をまわすとぎゅっと抱きしめた。夏の身体からドクドクと心臓の音が早鐘のように響いてくる。その肩にすりと頬を寄せた。そういえば、夏とこうやって触れ合うのはいつぶりだろうか。

「俺はあいつのために捨てられるものなんて一つもねぇ。俺が何か捨てるなら有のためだけだ」
「夏……」

 夏は俺から離れると、頭を傾けて俺の唇に唇を押し付けた。ちゅ、と音がするだけの優しいキスだ。もっと濃厚な口付けを何度も交わしているというのに、今のキスに全てを塗り替えられてしまった気持ちになる。まるで俺が魅了されているように思えて不思議だった。

「有、俺はお前が好きだ」

 睫毛を震わせながら、夏は俺を見ている。その熱っぽい視線にドキリとした。

「……俺が貴様の何もかも奪う化物でもか?」
「あぁ」
「哀れだな」
「そんな相手に出会えたことはな、幸福っていうんだ」

 覚えておけ、と夏に窘められて俺は笑ってしまう。熱烈すぎて忘れられそうにない。

「俺をお前のものにしてみろ。有」
「ふふ、ははっ」

 あれだけ悩んでいた夏の強気の言葉に笑みだけでなく声も溢れる。俺は男を見る目がズバ抜けてあるようだ。

「良い顔だな、夏」

 幼く、ギラギラしていた夏の顔は大人びたものに変わっていた。婀娜っぽい。そんな言葉が似合う男の顔だった。

「有?」

 俺は夏を押し返して離れると、ベッドに寝転んだ。
 膝を曲げ、片方の足をその膝の上に乗せ、挑発するように笑ってみせる。

「夏、俺を愛してくれるなら口付けてくれ。俺が良いというまで離しては駄目だぞ」

 夏はニヤリと笑うと、ベッドに乗り上げた。俺の足を持ち上げると、露出された膝に口付ける。ちゅっちゅ、と何度か小さいキスを落とし、その唇はどんどん下がり始めた。最後、足の甲に唇が触れる。その唇は離れずにそのまま動かない。

「葛山夏義を色欲の牢獄へ」
「!?」

 キスしていた夏の目が見開かれる。
 首筋に血管が浮かび、夏がブルブルと身体を震わせるのが見えた。胸にはピンク色の光が溢れている。

「ぐっ!! ぁっ! んだこれっ……!?」

 夏はベッドに倒れ、胸を抑える。身悶えながらも、夏の性器は布を押し上げて屹立していた。快感が夏の身体を駆け巡っている。想像するだけで身体の奥が熱く疼いた。

(……だろうな)

 カシャン、と音がして床を見れば、腕輪が一つ床に転がっていた。
 身体に変化はない。
 ついに腕輪は残り一つになってしまった。淫魔に降格する日も近いだろうか。そうなったらいっそ人間になってこの世界に溶け込んでしまいたいな。そうして寿命というものを真っ当するのも悪くない。

「っはぁ、っは、ぁっ……――――ッッ!!」

 夏は身体を弛緩させ、虚ろな目で天井を見上げていた。頬は紅潮し、苦しそうな吐息にはどこか甘いものが混じっている。

「っ……何だ、これ……!?」

 荒く呼吸をしながらも、夏はすぐに身体を起こした。今まで隷属した誰よりも立ち直りが早い。基礎体力の差だろうか。
 夏はジャージのチャックを下ろし、Tシャツを捲り上げた。左胸には秋名達と同じ淫紋が浮かんでおり、妖しくピンク色に光っている。

「うわっ」
「夏、説明は後でしてやる。今はもっと別のことに集中してくれ」

 俺は夏に向かい合うとその肩を掴んで押し倒した。夏は身体が固まっていたので簡単にベッドに仰向けになる。服を脱ぎながら夏の上に跨った。逆光を背にした俺を、夏が食い入るように見つめている。

「夏が言ったんだぞ」
「有……?」
「抱かれたい時は言えと……」

 夏の目が大きく開き、すぐに優しいものに変わる。夏の手が肩に伸び、今度は俺がベッドに引き倒された。自ら足を開いて夏を誘う。夏は笑みを深めると、ペロリと口の端をいやらしく舐めて見せた。




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