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第三部
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しおりを挟む「汐……?」
「顔が真っ赤だぞ。風邪か?」
汐は眉間に皺を寄せ、俺の周りに群がる生徒達を訝しげに見つめていた。
「静海くん調子悪いみたいで……。俺達が保健室に連れていくから問題ないよ」
「そうか?」
「汐……っ、汐が連れて行ってくれ」
「俺が?」
俺は思わず汐に助けを求める。汐は不可解、という顔をしたが、俺が何人かに腕を取られているのを見て目を細めた。
「えーと、寿々木くんだよね」
「はい」
「俺達が連れて行くから、大丈夫だよ」
海月がブワリと甘い匂いを発する。これは『芳香』という発情と魅了を合わせた上位淫魔の魔法だ。くそっ! 失敗した。近寄るのも風下にいるのもまずい。
(汐が魅了されたら乱交相手が増えるだけだけではないか……!)
俺がつい呼び止めてしまったが、これでは乱交パーティメンバーを増やしただけだ。せめて春樹かイウディネを呼んできてもらえばよかった。
「いや、静海が俺と言っているので俺が連れていきます」
「えっ」
汐の返答に驚きの声を上げたのは俺ではなく海月だ。
汐は俺の腕を掴むと、まわりの生徒達を一瞥する。皆汐の目つきが怖いのか蜘蛛の子を散らすように俺から離れ、海月の傍へと戻っていった。
「行くぞ静海」
「うう、汐ぉ、足が動かん」
「そこまで具合悪いのか? 仕方ないな」
汐はやれやれと溜息を吐いて俺を抱え上げてくれた。お姫様抱っこではなく、縦抱きだ。俺は赤ちゃんか。
「では、失礼します」
「え、あ、う、うん?」
汐は律儀に海月達に頭を下げている。俺はそれなりに重いはずだが、汐は気にせず俺を抱えて廊下を歩いている。意外と力持ちだ。
「汐、ありがとう」
「構わない。君には恩がある」
「恩?」
「早良が元気になったのは君がちゃんと病院に行くよう言ってくれたからだろう?」
汐はきょとんとする俺を見上げて笑う。春樹の病気が治ったのは隷属のせいなのだが、それを知らない汐は俺が通院を進めたから治ったと思っているらしい。きょとんとしたままの俺に、汐は何度も礼の言葉を口にする。どうやら俺が思っているよりも、汐にとって春樹は大事な友人だったようだ。
汐は元気になった春樹に喜びつつも無茶ばかりをして困っている、と気難しいお父さんのような顔をしていた。すっかり春樹の保護者のような汐が可愛らしくて、俺はクスクスと笑った。
「でも本当に……あいつが元気になって良かった」
「汐は春樹が好きなのか?」
「好き? まぁ好きだな。概ね」
「概ね? 嫌いなところもあるのか?」
「……」
俺の問いかけに汐は黙り込んでしまった。意外な反応だ。言外に、嫌いなところがあると言っているのと一緒だ。俺以上に嘘がつけないタイプだな。
「言い辛いが、あいつは君と付き合ってからもまわりにちょっかいをかけている。あれはよくない」
「俺と春樹は付き合ってないぞ?」
「え!? で、でも、生徒会室で、その……」
汐は真っ赤になって慌てふためいている。どうやら俺と春樹が生徒会室でセックスしていたのを知っていたらしい。30分以上生徒会室を占領していたのだから当然といえば当然か。
「汐は優等生だな」
「……それは褒めていないな?」
「いや、褒めている。好ましい」
「えっ」
俺は汐の頭をぎゅっと抱きしめる。やっと海月達も見えなくなり、安堵した。良かった。これで体を必要以上に洗われずに済む。
(しかしなぜ汐は平気だったのだろうか……)
汐には海月の魅了が効いていなかったように思える。
悪魔の魅了が効かない相手もいるにはいるが、よほどの聖人か精通前の子供くらいだ。しかし聖人であれば相性の悪い俺がこうやってくっつけるわけがない。
だとすると、汐は……まだ精通がまだきてないのか……?
ひ、ひぇえ!! 何たることだ!!
こんなでかい図体をしていながら、まだ精通していないだと!?
(いや、でも、そんなまさか……あぁでも確かに精液の匂いがしない……薄くそれらしき匂いもするが、痴漢や変質者かもしれんな……)
幼い汐に無体を働いた男の精液の匂いかもしれない。それほど匂いが薄いのだ。
きっとそれがトラウマになっていやらしいことを体が無意識に押し込めているに違いない。
そんなのすごく、美味しそうではないか!?
手伝いたい! ああああ、先ほどのお礼に剥いて、舐めて、フルコースを振舞ってやりたい!!!
「し、静海……? 泣いているのか? まさか……先ほどの彼らに何かされたのか!?」
汐は黙って汐に抱きつき悶える俺を泣いていると勘違いしたらしい。
確かに1人を5、6人で囲っている状況はいじめにも見える。俺は慌てて顔を上げ『大丈夫だ』と頭を横に振ったが、汐は納得いかないらしく、眉間の皺を深めていた。
「すまん汐、最近誰も俺にかまってくれなくてな。寂しくて、甘えているだけだ」
「……早良は生徒会や家のことで忙しそうだし、葛山は……部活か。白州も何だか色々あるみたいだな」
汐の耳にも秋名の噂は届いているらしい。俺は汐に抱きつく腕に力を込めた。温かいどころかだんだん汐自身が熱くなってきたが、耳まで赤い汐が可愛くて離し難くなってきた。
「俺は寂しい。皆大変そうなのに何も俺に教えてくれない。俺が馬鹿だから仕方ないとわかっていても堪える」
「……静海は本当の馬鹿ではないさ。馬鹿は馬鹿だということすらわからないからな」
「フォローになってないぞ」
思わず笑ってしまった。汐もフォローになっていないことに気付いたのか『す、すまん』と不器用に謝罪していた。
「……どうしても寂しくなったら静海は俺のところに来い。早良が生徒会で忙しくしているのはこちらの事情だしな。早良も他の誰かのところに行かれるよりは安心するだろう」
「え? あ、あぁ。ありがとう……」
汐の提案に驚きつつ、俺は礼を口にした。確かに汐と一緒にいるのは悪くない話だ。汐なら海月が来ても何とかしてくれるだろうし、こうやって甘えても許してくれている。
(そうなると汐を精通させるのは一段落ついてからになってしまうな……)
それは残念だが仕方が無い。
しかし俺の面倒を見るということに汐のメリットは殆どないはずだ。むしろ俺は男に取り合われているような男だ。汐まで噂されるようになったら百害あって一利なしである。
「汐は……俺がお前を誘惑するとは思わんのか?」
「早良や葛山あたりが好みなら俺なんかをわざわざ選ばないだろう? それに俺はそんなものに屈しない。欲を律し、節制できてこその人間だからな」
節制できてこその人間。ようは我慢してこそ人間ということだろう。修行僧みたいだな……。悟り、というやつなのだろうか。確かに汐は自分に特に厳しそうだ。
「汐はすごいな。誰にでも心には多くの劣情や欲望を抱えているものだと思っていたが……」
「れ、劣情って……意味がわかって言っているのか? ……まぁ、俺は欲になど負けない。特にそういういやらしい欲望にはな」
「……」
汐はその欲望の塊を抱き上げているわけだが勿論気づく様子はない。
「だからその、安心してくれ。俺はお前を襲わない。俺を試さなくても良いんだ」
『怖がらなくて良い』と俺を抱き上げる手に汐は力を込める。どうやら彼は俺が恐怖心から自分を試したと思ったらしい。多分海月達に絡まれた俺の状況を察し、怯えているとでも思ったのだろう。物凄い勘違いだが、汐が優しい顔で俺を見上げるので、黙っておいた。
「汐、ありがとう」
「気にするな。俺は世話をするのが好きなだけだからな」
汐は保護者体質というのか、俺や春樹のように一難ある相手の世話をするのが好きなようだ。ならばこれでもかというほどお世話してもらおうではないか。
(しかし、色欲は生きる者の本能のようなものだ。それに従わぬ生き物などいないと思うが………)
汐は確かに自分を律しているが、欲に負けない人間など俺は見たことが無い。
俺は汐に抱きついたまま、偶然を装ってその首筋に唇を押し付けてみる。汐はビクリと大袈裟なほど反応し、それを誤魔化すように早歩きで俺を運ぶので、それがとても可愛らしかった。
======================================
~その後の二人~
「静海、体調が悪いところ申し訳ないが、保健室が長蛇の列だ」
「そのようだな……」
「病院に行くか?」
「いや、元気になってきたからこのまま帰ろうと思う」
「そうか。なら送っていこう。また誰かに絡まれてしまいそうだしな」
「いいのか?」
「あぁ、勿論だ」
「ありがたい、のだが……汐はどうして笑顔なんだ?」
「いや、静海は素直だし、面倒見がいがあっていいと思っただけだぞ」
「そ、そうか……(そういう病気か?)」
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