色欲の悪魔は学園生活に憧れる

なかじ

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第三部

47 春樹視点

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 『白州秋名が静海有を捨て、要梅雨に乗り換えた』という話が学校中で噂されるようになり、僕としてはそもそも白州くんが有くんと付き合っているという噂があったことの方に驚いていた。

 有くんはこの噂を気にする様子はなく、白州くんを信じているようだ。いやむしろ監視役が減って安堵しているように思える。そうでなければ勉強もせず自習室でいやらしいことに耽っていないだろう。

 誰よりも有くんの成績にこだわっているのは白州くんだったし、その分白州くんは有くんの指導に妥協が無かった。有くんはご褒美がもらえるからと最初は頑張るが、最後の方になると白州くんの勢いに負け「わかんないもん、俺は悪魔だもん」とヒンヒン泣くのが可愛かった。それが見れないのだけはとても残念な気持ちだ。

「あ、会長」
「白州くん?」

 生徒会室から出ると、通りがかった白州くんに会った。心なしかゲッソリして見えるけれど、肌はツヤツヤで、随分要くんとの逢瀬を楽しんでいるようだ。ふむ。僕が要くんの分の仕事までしているというのに、白州くんは何をしていたのかな? 別に聞かなくてもわかるけど。

「今日も随分ラブラブだったね。あぁ、ついさっきもかな?」
「……まぁね」

 からかうように声をかけると白州くんの顔がよりゲッソリしたものに変わる。苦笑いから、白州くんが本心から要くんの傍にいるのではないと確信した。

「有くんのこと、要らないなら僕と先生が独占していい?」
「会長、意地悪言うの止めて。俺の一番はいつでも有だよ」
「じゃあ何で、要くんとラブラブなんて噂が流れてるのかな?」

 自分でも驚くほど責めるような口調になってしまった。
 もしかしたら僕は、悪魔としては先輩にあたる白州くんが、有くんをないがしろにしていると感じていたのかもしれない。ニコリと取り繕うにように笑顔を浮かべる。

「有くんのためだよね?」
「……有、心配してた?」
「どっちかっていうと解放感に溢れてるね。昨日も僕の目を盗んで先生と自習室でセックスしてたよ」
「あんの野郎……ッ」

 白州くんはいつも明るく朗らかな子だけれど、たまにナツのように言葉が乱れる。ヒクヒクと震える白州くんの唇を見つめてクスリと笑う。有くんも白州くんも、構い甲斐があって好ましい。
 『絶対に勉強させて』と低い声で念を押され、僕は頷く。勿論。勉強を教える時間も、ご褒美も、白州くんの代わりに僕が沢山あげるつもりだ。

「かなちゃん、多分有に要らないちょっかいかけようとしてる。ううん。もうかけてるのかも」

 白州くんが真面目な声になって、僕は耳を澄ます。人の気配や足音は遠く、この場には僕達しかいないようだ。念のため、と生徒会室に白州くんを誘導する。

「要くんが? それは……身の程知らずだね」

 地を這うような声が自分から出るとは思わなかった。生徒会の仕事も全然しない役立たずなくせに、僕の大事な人に何かをしようだなんて絶対に許さない。
 白州くんは静かに怒る僕に向かって『メ、メデューサ……』と独り言、もしくは世迷言を言っている。聞こえなかったことにしよう。

「でも本当、俺は有の爪の先1ミリもかなちゃんに触れて欲しくないよ」

 白州くんの雰囲気が急に冷たくなったのを感じて、僕は逆に笑みが零れた。僕達をいつでも動かすのは有くんだけ。それを再認識した。そしてそれが堪らなく嬉しい。

「そうだね。じゃあ白州くんは彼が何をするつもりか探っている……ってとこ?」
「うん」
「有くんにもそう言えばいいのに」
「有、アホだから演技できるか不安で……」
「さすがにそこまで頭が悪くはない……と信じてるよ」
「嘘つけ! 会長もちょっと『確かに……』って思ってんじゃん!」

 僕を指差して文句を言う白州くんに僕は優しく微笑む。経験上、この笑顔を前に僕を責めれる人間は殆どいない。白洲くんも、んぐ、と言葉を飲み込むのが見えた。

「それで、彼にはバレてないの?」
「それは大丈夫。バレてないし、バレても平気」
「平気?」
「おかしな話なんだけど、俺とセックスすると皆何でも言うこと聞いてくれるようになるんだ。怪しまれても『気にしないで』って言えば忘れちゃうと思う」
「何でも?」

 それはまた魔法のような話だ。
 しかし白州くんは悪魔に隷属しているのだから無い話でもないのか。

 僕の心臓の具合も実は有くんが魔法で治してくれていたと聞くし、えっちな気分になる魔法も試してもらった。快感増幅、という魔法なのだけれど、これがまた凄かった。乱れに乱れて一日中ベッドの上だった。それがあまりにも気持ち良すぎて、僕は有くんとセックスする時には是非かけてもらいたいのだが、有くんには『今日は魔法が腹痛を起こしているようで……』と明らかな嘘で断られてしまう。おかげでかけてもらったのは最初の一度きりだ。どうにかしてまた使ってもらいたい。

「セックスの回数を重ねるとすごいよ。俺の一言で本当に『何でも』してくれるようになる」
「すごいね。悪魔みたい」
「悪魔だもん。ちょっとの期間だけとはいえ、俺会長の先輩だよ?」

 魔法というよりも呪いのようなものに思える。そのうち僕にもそういう力が現れるのだろうか。だとしたら快感増幅が良いな。有くんの手を煩わせることもないし、上手に活用できそうだ。

「有が俺にくれたものなのかはわからないけど、この力でかなちゃんが俺に堕ちたら色々制御しやすいでしょ?」

 えげつないことを言いながら白州くんはいつも通り笑っている。それが逆に恐ろしく感じられた。あぁ、有くんが信頼している通りだ。白州くんは間違いなく、有くんのことしか考えてない。

「それは、楽しみだな」
「でしょー? あ、そうだ。会長の力だったら理事長の方面から何か調べたりできないかな?」
「要くんのこと?」
「そうそう」
「できるよ。じゃあ僕は理事長の方から調べてみるね」

 早良総合病院は系列会社を含め、学園と密接な関係にある。パイプも太く、軽い調査なら翌日には完了する。
 両親に頼んでおけばこの件も早めに結果がでるはずだ。僕が元気になってから気持ち悪いほどご機嫌取りの連絡がくるし、頼み事にも色良い返事を貰えるだろう。急な変わり身の速さだが、すぐ死ぬと思っていた息子が急に元気になり、焦ったに違いない。将来早良の実権を握るのは僕で間違いなくなったからだ。老後の心配をして子供に媚び諂うなんて馬鹿らしい。しかし使えるものは何でも使わせてもらおう。

「会長も何か面白いことがわかったら教えてよ」
「勿論。山分けして、美味しいところは有くんにあげないと」

 お互い情報を共有しようと決め、今更ながら連絡先を交換する。
 これからまたデートだという白州くんを生徒会室から送り出し、僕も部屋を出た。早く図書室に行かないと今頃有くんがナツあたりを連れ込んで勝手にご褒美もらっているかもしれない。絶対に阻止しよう。あの白くてみずみずしい肌に痣ができていたらナツを殴り倒す自信がある。

「早良くん」
「井浦先生」

 階段を降りていたところを呼び止めたのは井浦先生だ。長い黒髪を後ろに結び、肩に垂らしている。いつ見ても絵画の中に住まう天使のように綺麗な男性だ。実際は悪魔なのだけれど。

「ちょっとよろしいですか? 貴方には教えておきたいことがあります」
「はい?」
「海月冬夜は私達と『同じもの』だとわかりました」
「同じって……」

 それは悪魔やそれに追随する者ということだろうか。
 僕は思わずゾッとする。そんな相手とセックスしていたなんて……。

「驚きすぎて言葉が出ないですね」
「しかし事実ですよ」

 嘘を言う理由はないので間違いないことなのだろう。あれが悪魔か、と思うと何となく腑に落ちる。伊達に初恋を弄ばれていない。

「そうですか……っふふ」
「春樹?」
「あはは、いえ、なんだかおかしくてっ……」

 あんなに好きだったのに、傷ついたのに、今思い出すと笑みが溢れる。僕の初恋は悪魔、そして最後の恋も悪魔。これを笑わずにいられない。我ながら数奇な人生を歩んでいるものだ。

「今の彼は全然魅力的に見えないので、もしかしたら魔法にでもかかっていたのかもしれないですね」
「その可能性は高いでしょう。今平気なのは我が君に隷属したせいなのだとは思うのですが、生憎人間の隷属はあまり例がなくて確信には至りませんね」
「そうなんですか?」
「人間を隷属させるなんてそうないことなんですよ。私の所見としてはゴキブリを飼う人間と同じような感じです」
「虫とセックスしているんですか?」
「えぇ、私も我が君も特殊性癖持ちなのかもしれませんね」
「……」

 つまり僕達人間は虫けらと同じということらしい。先生は真顔なので悪気なく言っているのだろう。せめて犬猫ぐらいにして欲しかったが、それ以下ということだろうか。

 しかし隷属しただけで、悪魔と呼べる相手に対抗できるほどの抵抗力が備わるのか。少し遅かったらまた海月先生を好きになっていたのかもしれない。それはそれでゾッとした。

(ナツはまだ隷属されていないから、魔法にかかっている可能性があるな……)

 海月に弄ばれるのは一回で十分である。もしかしたら当時のナツの態度も海月のせいだったのだろうか。ナツは良くも悪くも目立つから、また手を出される可能性もありそうだ。杞憂であって欲しいが、大抵そういうものは現実になる。
 有くんはナツを隷属させるつもりのようだし、思うところはあるが、海月の思い通りになるくらいならナツが隷属仲間になる方がずっとマシだ。

(でもまぁ、有くんの気分次第かな……)

 僕から有くんに進言する気は今のところない。有くんにもタイミングがあるだろうし、僕がどうこう言う筋合いがないことくらいは弁えている。

「彼はこんな時期に赴任してくるのであれば、何かしらの後ろ盾がありそうですね」
「……えぇ。僕は要家を調べるつもりですから、そこも抑えておきます」

 教育実習で海月がやって来たのは三年前。
 何よりも経歴を大事にするこの学校が、大学を中退した人物を教員採用するなんてありえない。しかもこんな中途半端な時期に、だ。何か裏があるのは明らかだろう。

「では私はそうですね。校長先生に直接お聞きしてみましょうか」

 井浦先生がにぃと唇を持ち上げて微笑む。こんな話題を校長先生に直接聞くことができる状態なのか、と疑問に思う。真っ先に思い浮かべたのは先生と校長先生の肉体関係の有無だ。

(いやでも、確か還暦だって話を職員室でしていたような……)

 校長先生はもうすぐ60歳になる男性で、お世辞にも見目の良い方ではない。井浦先生と並ぶと月とスッポンどころか女神とゴリラだ。

「……まさか校長先生と?」
「ふふふ。内緒です」

 井浦先生は薔薇色の唇に人差し指をたててウィンクする。そんな先生を見て、悪魔とは懐が深いのだなと僕は謎の感動を覚えた。





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