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第三部
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しおりを挟む「ごめん! 俺、勉強会に参加できない!」
「今日もか?」
秋名は両手を合わせて頭を下げる。今週に入ってからもう半ばを過ぎたが、秋名は一度も勉強会に参加していない。もっぱら俺の先生は夏と春樹だ。教え方に不満はないが、二人は息を吸うように口喧嘩を挟むので、秋名がいないと収拾がつかなくなってしまう。俺一人の手には負えない。
「有、ごめん。今日だけじゃなくて俺しばらく有の面倒見れないから」
「ん? どうかしたのか?」
「ちょっと色々あって。あ、会長も生徒会の合間に見てくれるし、夏さんにも頼んどいたから。できるだけ一人ずつ先生してくれるように言ったけど、あの二人が相手と有を二人っきりにするわけないしなぁ……。なんとか我慢して!」
「えぇ……そんなの困るぞ……」
秋名は最近ずっと俺のことを後回し、他人任せにしている。
俺にとっては監視役が減るのでメリットもある。喜ばしい反面、秋名がこうも不参加だと後でツケがまわってくるんじゃないかと不安になる。
俺がむーと唇を尖らせても、秋名は困った顔をするだけで何も言ってくれなかった。不満である。
「白州先輩! 迎えにきたよ~!」
「かなちゃん! ごめんね有!」
「早く行こう~! 昨日は映画だったから~! 今日はお買い物!」
梅雨は秋名の腕にしがみつくと、俺にむかってフフンと鼻を鳴らして笑っていた。勝った、と言わんばかりの笑みに俺は思わず目をパチパチ瞬かせる。
二人が教室を出ていくと、白州が要と? みたいなヒソヒソ話がまわりから聞こえた。皆俺をチラチラ見るので、視線を向けるとそそくさと教室から出て行ってしまう。
(秋名が梅雨と、か……)
秋名が俺を放って梅雨と遊んでいることは秋名に言われずとも梅雨がそれとなく言ってくるのでわかっていた。学校では秋名と梅雨がよりを戻したと噂になっている。
(なぜ俺に一言も無いのか……)
付き合うのは別に良いが、俺に何の報告もないのはどうなのか。秋名の一番は誰と付き合っていても俺なのだ。しかしこれでは俺が二の次みたいではないか。拗ねるぞ!
(でも勉強会の先生は秋名が一番スパルタだったからな……いないなら助かるのもまた事実……)
秋名の教え方は地道で、俺が一つ問題を間違えると完全に覚えるまでひたすら同じ勉強が続く。飽きっぽい俺には向いていない。その気分転換とばかりに勉強中に秋名にセクハラをしたら『あぁん?』とベテランヤンキーみたいなメンチをきってくるのですごく怖かった。正確に言うならば、ヤンキーが怖いのではなく、俺に隷属しながらも一切俺を甘やかす気のないあの態度が怖かった。
(まぁ、いいか……)
秋名には間違いなく何かがあったのだろう。しかし俺が真正面から聞いたところでちゃんと答えてくれない気がする。それに残念ながら俺は頭が良くないから最善の方法というものがパッと思い浮かばない。
ならば頭の良い者に考えて貰った方がいいだろう。決して秋名の気持ちを逆撫でして宿題を増やされたらたまらない、みたいな理由ではないぞ。ちょっとだけだぞ!
「有くん。時間できたよ。図書室行こうか?」
「春樹!」
教室にやって来た春樹に声をかけられ、俺はバッグを持って春樹に突進する。抱きつくとよしよしと頭を撫でてくれるのだが、これがまたなぜか下半身にクる。あぁん射精しそう……。
「あ、そうだ。秋名の様子がなんだかおかしかったが、春樹は何か知っているか?」
「さぁ?」
「今日も梅雨とどこかへ行ってしまった」
「要くんと? あの子、今日は来るって言ったのにまた生徒会の仕事サボる気か……」
春樹は顔を顰めながら溜息を吐く。
「梅雨の仕事はまだあるのか?」
「沢山あるよ。でも期限が迫ってるしやっぱり僕と汐でやらなきゃいけないな……」
梅雨が生徒会の仕事をサボると春樹は生徒会の仕事をしなければいけないらしい。このままで大丈夫なのかと問えば、春樹は苦い顔をしていた。
「あの子の父親がこの学校の理事長なんだ。だから生徒会にも入ってる。でもこんな調子じゃ来年の生徒会長は任せられないな」
梅雨は理事長の息子ということもあり、来年は間違いなく生徒会長になるそうだ。しかし何も仕事をしない副会長を生徒会長にするなど前代未聞だと春樹は溜息を吐いた。
「……」
「春樹?」
春樹の表情には困惑の色が浮かんでいる。口元に指をあてて、何かを悩んでいるようだ。多分、このまま勉強会をするか、生徒会室に行くか悩んでいるのだろう。
「春樹、生徒会に行ってきても良いぞ? 俺は自習室で待っている」
「いや、でも今日はナツも部活だし……」
「一、二時間なら一人で勉強できる。問題ないぞ」
「……」
「サボらないぞ!」
春樹のじとっとした目が俺を見ていたので全てを察した。なんたる失礼な! ちょっとこっそりお菓子を食べたりしながらダラダラ勉強しようと思っただけでサボろうだなんて少ししか思っていないぞ!
「でも白州くんもいないし、やっぱり心配だな……」
「心配しすぎなんだ。俺はちゃんと高校生の勉強もそれなりにできているし、今ではテスト範囲の勉強もしているではないか! 秋名や春樹がいなくてもなんとかなる!」
「……本当に大丈夫?」
「勿論だ」
「……」
「なぜそんなに悩む!?」
春樹はじとっとした目のままだ。
なぜ俺の信用はそこまで地に落ちているのか。納得いかんぞ。
「……ねぇ、有くんは不安にならないの?」
「不安?」
「白州くんと要くんのこと。二人、付き合っているかもしれないんだよね?」
春樹に問われて俺は首を傾げる。春樹は不思議な事を言う。
「秋名は俺が一番好きだぞ?」
俺と梅雨を同じ土俵で考えている事自体がおかしなことだ。秋名は俺に隷属している。その絆の強さは春樹だってわかっているはずだ。俺が傍にいないと猛烈な寂しさに襲われる。今だって本当は俺と離れたくないはずだ。
はっきり告げる俺の言葉に、春樹はクスリと笑うと再び俺の頭を撫でる。ビリビリと首筋が何とも言えぬ快感に震える。撫でられただけで股間が意思を持ち始めた。あぁぁ、テクニシャン……!
「……わかった。有くんはちゃんとお勉強していてね?」
「うぅ……」
「あれ? 有くん、元気だね?」
「春樹が撫でるからっ」
「ふふ、撫でただけで? ごめんごめん。終わったらちゃんとご褒美あげるよ」
耳元で囁かれ、今度は背筋がゾクゾクした。
「ちゃんとできたら、その場で舐めてあげるね」
何をしてくれるのだろう? と期待を込めた視線を投げかけるとこっそり耳打ちされる。発想が完全に夏と一緒なのだが、言うと絶対に怒るから黙っておいた。
「春樹ぃ」
「後払いだよ。頑張ろうね」
ちゅっと唇を鳴らす春樹の表情は色っぽい。その唇にむしゃぶりつきたくなるが、俺が手を伸ばすとスルリとその腕を抜けて教室を出て行ってしまう。ぐぬぬ、これは絶対にご褒美をもらうために頑張らねばならないな……。
+++
「静海くん、はい。いつもの自習室空いているよ」
「おぉ、ありがたい」
俺はいつも通り図書室へとやって来た。すっかり自習室の常連となった俺を受付の男性は覚えてくれており、図書室に来るとすぐにカードキーを用意してくれる。二階奥の自習室の鍵を受取り、ありがとうと礼を言うと、男性の顔に赤みがさす。うむ。勉強が終わったら遊んでやろう。
自習室には机が一つ。椅子が向かい合う形で二つずつ並んでいる。入口が見える奥の席に座り、参考書を広げ、本当はいけないのだがペットボトルの飲み物とお菓子を準備する。今日の勉強は数学と物理だ。数字とよくわからないアルファベットで頭が破裂しそうだが、やらないとご褒美が貰えないので必死に頭と手を動かす。
(なんでわざわざ落下速度を計算しなければならんのか)
そんな計算が一体何の役に立つというのか。
問題に躓くと愚痴ばかりが頭を占める。別にこんな問題分からなくても俺の人生に困ることはないと思うのだが、今現在、普通に困っているのでやりきれない気持ちになった。
「静海くん、今日もお勉強?」
「!」
声が聞こえ、俺は顔を上げる。俺の横には気配なく海月が立っていた。いつの間に扉が開いたのだろう。勉強に集中しすぎて気付かなかったのか。
待て、何でこいつはここにいる。ここは公共とはいえ自習室だ。いくら教師とはいえ、大して仲良くもない俺が使っている個室に入って来るとは……。用事でもなければよほど空気が読めない奴だぞ。
「相変わらず偉いね」
「あぁ。俺はすごい馬鹿から、ちょっと馬鹿にならないといけないらしい」
「それは……大変そうだ」
海月の顔に『残念な子なんだな』と書いてあるように見えるのは決して気のせいではないだろう。盛大に憐れまれている気がする。
「今日は夏はいないぞ。部活だ」
「あぁ、そうだね。俺も後で行かないと」
夏を誑かしにきたのかと思えば、興味なさげに返事をされた。そういえばこいつバスケ部の副顧問だったな。ますます何でここにいるのだ……。
「静海くんの目は宝石みたいで綺麗だね」
「そうか」
「もっと明るい色だったら、俺、好きになっちゃってたな」
「それは残念だな」
わざわざ俺の横に座り、顔を覗き込む海月に俺は無表情になってしまう。この男は一体何がしたいのか。辞典を探していた時に会って以来、夏からは何も言ってこないので海月はとうに夏を諦めたものだと思っていたが、わざわざ俺に宣誓布告をしにきたのだろうか。
「何だ?」
海月の手が俺の頬を撫で、強制的に横を向かされる。欲望が揺らめく海月の瞳と目が合った。
「勉強ができないんだが?」
「もっと良いことする気ない?」
「ない。勉強をすればご褒美が沢山貰えるのでな。そちらを選ぶ」
「そうなんだ?」
「あぁ」
「それって、誰から? 白州くん?」
内緒だ、と言うと海月は残念そうに肩を竦めていた。
頭を戻そうとしても海月の手が俺の頬から離れない。手が邪魔だ。払おうと手を上げた瞬間、ブワリ、と全身に鳥肌が立った。腰に熱が溜まり、何もしていないのに性器が硬くなる。キュンキュンと尻の奥が疼き始め、身体が発汗するほど熱くなっていた。
「ねぇ、ほら、気持ちよくなってきたかな?」
「あっ……」
頬に触れていた指先が今度は耳を擽る。海月がわざとらしく耳に吐息をかけると、それだけで性器が擡げてしまった。
「な、にをっ……ん、っふ、んんんっ!」
海月は俺の顎を持ち上げて顔を近づける。嫌だ、と顔を逸らしたが、顎を掴まれて口付けられた。熱くぬめった海月の舌が口の中を蹂躙し、俺は全身の力が徐々に抜けていく。
(間違いない……)
俺はぼやけた思考の中に『やはりそうだ』という確証を得た。
こいつの身体は間違いなく人間だ。
しかし今の海月はピンク色の靄がうっすらと見える。
こいつは俺やイウディネと同じ生き物。
海月冬夜は人間の身体を偽装した悪魔だ。
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