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第三部
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しおりを挟むさて皆が休みを謳歌する週末がやって来た。ただ残念なことに、俺は皆のくくりに入ることは許されず、今日も朝から勉強に勤しんでいる。午後からは春樹達もくるので、ノルマを終わらせるか、怒られる準備をしなければならない。
「我が君、今日も頑張ったらご褒美がありますよ。イチゴとチョコレートのものをご用意しております」
「ディネ~!」
「ふふ、休憩時間に食べましょうね」
イウディネは朝からテキストと向き合う俺の姿に感動して、ご褒美用のケーキを二つも用意してくれたらしい。嬉しくてペンの進みも早まるというものである。(ただし正解しているかは別である)
ピンポーン
インターホンが鳴り、イウディネがモニター前に移動する。春樹達が来るにはまだ早いが、宅急便だろうか? 以前予約した特典付きDVDボックスかもしれない。だとしたらすぐ見たいが、そんな時間はないだろうな……。
「え!? い、今すぐ開けさせて頂きます!」
イウディネは大きな声をあげると慌ててモニターのボタンを連打し、そのまま玄関に走っていく。イウディネがあそこまで慌てるなんて珍しい。
俺もイウディネを追いかけようと立ち上がったが、すぐに玄関の扉が開く音と、こちらに向かう足音が聞こえて思い留まる。待っていると勢い良くリビングの扉が開いた。
「やっほ~!!」
入ってきたのはチャコールのスーツを着た壮年の男性だった。白髪交じりの頭をオールバックにし、ニコニコしながら俺に両手を振っている。所謂イケおじ、といわれる男性に俺は目を輝かせた。会いたかったー!!
「叔父上!!」
「ダディの可愛い甥っ子はどこかな~?」
「ここだぞ~!」
「おぉ~! み~つけた! ちゅっちゅ!」
俺が抱きつくと叔父上が額や頬に口付けてくれる。久しぶりに叔父上に会えて嬉しくないわけがない。離れない俺をイウディネが笑顔で眺めている。
「イウディネから連絡があったのに遅くなってソーリーよ~~! あぁでも人間の身体も無事だし、魔力の制御も出来たみたいだね」
「全てテオドール様のおかげです」
テオドールは俺の叔父上の名前だ。イウディネは叔父上に恭しく頭を下げるが、叔父上は『なんのなんの』と胸を張って笑っている。
「叔父上の人間の姿もなんだか見慣れてきたな。悪魔の叔父上らしさも残ってよく調和している」
「うちの希子の好みにしているよ~! でも息子からは見掛け倒しって大不評だけどね!!」
叔父上は人間の女性を妻に持ち、溺愛している。希子、は奥方の名前だ。
人間の姿も奥方の好みに合わせて作られたらしく、その女性に会ったことはなかったが、良い趣味をした女性なのだろう思う。叔父上が悪魔だと知っても愛し、子供を設けた女性なのだ。いつか会ってみたいものである。
「叔父上のおかげで楽しい学園生活を過ごしている。パンを咥えていても誰にもぶつからないのが不満だが……」
「おにぎりにしたら良いんじゃない?」
「ふむ。なるほど」
「テオドール様、変なアドバイスをしないでください……」
イウディネが呆れ顔で俺達を見ている。叔父上がてへぺろ、と舌を出した。
「イウディネは相変わらずだね。真面目ちゃんだ。グッドなことだよ。さてさて、お願いされていた件も確認しないといけないね」
叔父上は俺の胸に手をあてると、目を閉じた。じんわりと胸が温かくなり、ぐるぐると身体に魔力が循環するような感覚があった。俺の器に入っている魔力を確認しているのだろう。
俺は何も言わずに叔父上の言葉を待つ。手は一分ほど俺の胸の上にあったが、ゆっくりと離れた。その瞬間、叔父上の表情が曇る。
「……思ったより減っているな」
魔族にとって、魔力はとても大事なものだ。生きる糧であるし、魔法を使うための源である。その量によっては巨大魔法が使え、王族はその器がゆえに権威を持つ。
「お茶を、入れて参ります……」
イウディネはきゅっと唇を引き結び、キッチンに下がってしまった。その顔は暗く、俺を止めなかった自分を責めているように思えたが、そんな必要はない。俺が自分で決めたことだ。
「元から多くもなかったから、諦めはついている」
「まぁダディにとってはどんなアルでも可愛い甥っ子だからね。それを忘れちゃダメだよ!」
「ありがとう叔父上」
俺にウィンクする叔父上に笑顔を返す。叔父上はいつでも優しい。茶化すような言葉も愛情を感じられて好ましく思えた。思えば、俺に家族らしい愛情を注いでくれたのは後にも先にも叔父上だけだ。
「うーん……しかし人間の隷属でかぁ……」
「叔父上?」
「ダディも人間を隷属しているけど、全然平気なんだよね」
「叔父上は隷属させているのか!?」
「あぁ、うちの秘書くんがそうなんだけどね。いやー、ダディは元気いっぱいだよ。器に変化はないね」
叔父上も人間を既に隷属させているらしいが、俺のような状態に陥ったことはないのだと言う。
「そもそも悪魔は人間を隷属させないもんねぇ……ダディが特殊なのか、アルが特殊なのか、判断が難しいなぁ……」
人間という、魔力のないか弱い存在を隷属させる悪魔は少ない。
俺や叔父上が人間を隷属することを例えるなら、ライオンがネズミを部下にするようなものだ。悪魔は我が強く、プライドが高いものが多いので、まず人間を隷属させない。ネズミを部下にするくらいなら要らないというわけだ。
人間の精気を吸うのが本来下位悪魔ばかりなのも、同じ悪魔では歯が立たず、自分より弱い存在である人間でないと相手にできないからである。上位淫魔は下位淫魔から、上位悪魔は上位淫魔から魔力を奪うのが普通だ。ライオンがネズミを食べても腹は膨れないが、猫ならネズミで事足りる。
「でも器が壊れるなんて、聞いたこともないしねぇ」
俺のこの状態は器に穴があいているせいではないか、というのが叔父上の意見だ。しかし魔界中を調べてもそんな症例はないらしく、予想にすぎないということだった。
俺と叔父上はソファに座り、イウディネが入れてくれた紅茶とおやつのケーキを食べながら隷属の状況や人数について話し合う。一人隷属した時点で何で止めなかったのかと軽く窘められ、とても三人目の隷属を狙っているなんて言い出せない雰囲気だ。
「まぁでもアルのことだから、別に器が小さくても良いやって思っているんだろう? 困った子だね」
「叔父上は本当に俺をよくわかってくれている。俺は淫魔でも美しい自信があるしな」
「ダディは人間が愛おしすぎて、いっそ人間になってしまいたいと思う時があるよ」
「あぁ、それも良い。俺はイウディネが守ってくれるし、魔力なんか最低限あればそれでかまわん。エッチな魔法はイウディネにでもかけてもらおう」
「我が君……」
イウディネは悲しいのか、誇らしいのか、複雑な顔で俺を見ていた。俺は別に器が極小になっても構わない。必要な分はイウディネがくれるし、エッチな魔法が自由に使えなくなってしまっても、魅了がきかなくなってしまっても、別に構わない。
(俺はここに来てよかった……)
俺の傍にはイウディネや秋名達がいる。俺を愛してくれる皆がいる。閉じ込められ、見て見ぬふりをされることもない。器がおかしくなっているとしても、俺は今確かに幸せなのだ。
「アルの身体におきたこと、詳しく調べられそうな研究者ならいなくもないんだけどねぇ、それこそ魔界でもトップクラスに優秀だよ。でもアルは特殊な状況だし、相談するなら信用できる子にしたいよね」
「その者は信用ならないのですか?」
「信用ならないね」
「ならんのか」
イウディネの問いかけに叔父上は即答した。叔父上が茶化さず言うならば相当なのだろう。マッドサイエンティストみたいな感じだろうか。漫画のような想像しかできず、結局白衣セックスのことしか考えられなかったが、それだとイウディネとかぶってしまうな……。
「人間界のどこかにいるから、呼ぶだけ呼んでみようか」
「信用ならんのにか?」
「何かあってからじゃ遅いでしょー? アルはダディの息子も同然よ~?」
「叔父上~!」
叔父上は人間と結婚して子を成し、魔界にも寄り付かないという王族でも飛び抜けて変わり者だ。しかし俺にとってはこの上なく信頼できる人である。彼は器の小さい俺を城から連れ出し、可愛がってくれた。俺にとっては第二の父とも言える存在なのだ。
「ん~! アルは可愛いな~! うちの息子なんて全然ダディの言うこと聞いてくれないし、帰省したからって家族団らんを楽しんでたら、ダディは甘いものそんなに好きじゃないって言ってるのにコーヒーに砂糖山盛りいれてくるんだよ~~! 傷ついちゃうよねぇ~~!!」
何だかんだ仲が良いではないか。俺の家族とはえらい違いだ。父親は死んだし、長兄は暴れん坊、次男はきかん坊、三男は我関せず、四男はド淫乱だ。家庭崩壊して然るべき面子と言えよう。俺だけ種類が違う気もしなくはないが……。
「アルのことが解決したらダディのお悩みも聞いてよ。ダディは常に悩みを抱えて生きているよ」
「あぁ、任せてくれ」
叔父上は紅茶を飲み干してソファから立ち上がる。もう帰ってしまうらしい。お仕事が忙しいようで残念だ。時間があればもっと色々な話を聞きたかった。名残惜しくて俺は叔父上を玄関まで見送る。あぁいっそマンションの入り口まで付いていきたい。でも、俺と叔父上の関係は人間達には秘密だ。迂闊なことはできない。ぐぬぬ。
「それじゃあね、アル。イウディネ、ダディの甥っ子をよろしく頼むよ」
「はい、王弟殿下」
「叔父上、また来てくれ!」
「オーケー! シーユーアゲイン!!」
叔父上は敬礼をしながら颯爽と玄関から去っていく。
ダッシュして去っていく叔父上はエレベーターの前でピタリと止まり、しばし待ってエレベーターに乗り込み、普通に帰って行った。ダッシュの意味がまるでないし、ちょっと格好悪かった。
「……ディネ」
「はい」
俺は叔父上が大好きだ。しかしどうにも不安に思うことが一つある。
「俺が言うのもなんだが、この町の市長が叔父上で本当に大丈夫なのだろうか?」
「……お答えしかねます」
イウディネは複雑な顔をしながら言葉を濁した。
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「ところでイウディネ、叔父上と俺に出したケーキがイチゴとチョコレートだったようだが……」
「……」
「まさかあれはどちらとも俺のケーキだったのではあるまいな?」
「我が君、王弟殿下のことが好きなら諦めましょう?」
「ぐぬぬ!」
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