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第三部
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しおりを挟む……と、いうような経緯があり、俺は酷いテストの結果を散々叱られ、馬鹿にもされ、強制的に勉強させられる日々が続いている。
こんなの悪魔の仕事じゃないもん。我慢嫌いだもん。と甘えてみたが三人は無言のまま両腕でバツを作った。悪口を言われるよりよほど傷つく所業である。
あの後も俺を睨みつける梅雨に見送られ、二人がかりで宇宙人のように図書室に連行された。その後の地獄の勉強会は燦々たるものだったが、俺は何と小学校を卒業できる程度の頭脳を得ることができたらしい。素晴らしいことだ。誰も褒めてくれなかったので自分で褒めることにしよう。
「ううぅ……」
放課後、今日も俺は図書室にある自習スペースで勉強を強いられている。四方を壁に囲まれたこの場所はさしずめ俺の白い牢獄であった。
「折角人目につかぬ個室にいるのにえっちなことの一つもないなんて……」
学校の図書室は三階建になっており、渡り廊下が頭上に何本も連なっている。図書室にはいくつも個室の自習スペースが設けられ、図書室のカウンターで部屋の鍵を借りることができる。個室に人が入っている場合はドアにつけられたモニターに名前が表示されるシステムだ。
人が自由に出入りできる個室。いやらしいことをしながら、見られてしまうかもしれないというスリルまで味わうことができる場所。そんな場所で俺はシコシコと国語を勉強しているのである。しかも一人で。
(順位など俺はどうでもいいのに……)
秋名が言うには、俺は頑張って来月の期末テストまでに真ん中よりちょっと下ぐらいの順位にならないといけないらしい。なんとも微妙な順位だ。しかし現在の俺の成績ではそれも難しく、休み時間も勉強ばかりで、大変気が滅入っている。
今日も皆が用事を終わらせたら、理系が得意な春樹には算数(数学ではない)や理科(化学や生物ではない)を、それが終わったら秋名に国語と社会(日本史、世界史、公民などではない)を習う。家に帰れば今度はイウディネに付き添われて英単語の書き取りだ。
あまりにも毎日勉強ばかりで嫌になり、ちょっとした隙を狙って逃げたりもしてみたのだが、他の生徒や教師まで秋名達の手先になっていて、俺はすぐに捕まってしまった。捕まって以降の記憶は思い出したくもない。ろくな目に合わなかったのだと察してくれ。
「ん? これは辞書がないとわからんぞ」
秋名に出された課題、源氏物語の訳に必要な辞典を俺は持っていないことに気付いた。文章がちんぷんかんぷんだ。『いと』しかわからん。しかし何で『いと』が出てくるんだ? いとやむごとなし? 糸病む後となし? どんな病気だ……。
「困ったな……」
本当だったら秋名や春樹に相談したいが、秋名は梅雨に追い掛け回されて忙しいようだし、春樹は梅雨がいないので生徒会のフォローをしにいった。
……梅雨が秋名を追いかけまわしていなかったら秋名と春樹のつきっきりコースだったな。命拾いした。
「辞典も本だし、図書室なのだから辞典ぐらいあるだろう」
俺は個室を出るとあたりを見回した。あっちを見ても、こっちを見ても本しかない。
本棚はジャンルわけされているようだが、辞典がどんなジャンルなのかはわからなかった。いっそ、源氏物語の解説本を探す方が早い気もするのだが、それはズルになるのだろうか。ズルだとすると秋名達がすごく怒るから見つかるとまずい。
一先ず俺が今いる場所を確認する。一番近い本棚のジャンルは『外国語』のようだ。古語辞典は外国語ではないので、ここではないだろう。
キョロキョロとあたりを伺いながら歩いていると、渡り廊下の近くに地図を見つけた。ありがたいことに、古典、と書かれたスペースがあり、下に小さい文字で古語辞典と書かれていた。俺が現在いる2階のスペースにあったのでそのまま廊下を渡って奥へと向かう。
「おぉ、これか?」
一番端、薄暗い場所に同じ背表紙ばかりが並ぶ本棚を見つける。その背表紙には古語辞典と書かれていた。わりとあっさり見つけられた。ついでに源氏物語関連の本はないかを調べてみよう。
「静海くん?」
「!?」
名前を呼ばれてビクリと肩を揺らす。ま、まだ探そうとしただけでズルはしていないからセーフだ!
俺が言い訳を考えながら恐る恐る振り向くと、そこには海月が立っていた。笑顔でこちらに近付く海月に俺は反射的に笑みを返す。秋名や春樹じゃなくてよかった……。
「勉強? えらいね」
「テストもあるからな」
「まだ日数もあるのに勤勉だね。偉い偉い」
「そうだろう?」
俺が自信に満ちた笑みを見せると、海月はクスクスと口元に手を当てて笑っていた。所作が綺麗な男だ。もしかしたら良家の子息なのかもしれない。
(しかし……)
海月を見ていると頭を過ぎるのは春樹や夏のことばかりだった。性的な欲求が生まれない。我ながら稀有なこともあるものだ。やはり俺は海月に対し、嫉妬の感情が強いのだろうか。
(何にせよ、海月には関わらない方が良いな……)
嫉妬にかられて俺が海月を廃人なんぞにすれば、夏はきっと悲しむ。それを想像するだけでもやもやした。俺は早々に海月の横をすり抜けようとするが、海月が同じ方向に移動してきて先に進めない。
「何だ?」
「いや、近くで見ると静海くんは綺麗な顔をしているなぁって、つい……」
「そうか。よく言われる」
「……その喋り方もいいね。よく似合ってる」
海月の手が俺の頬に触れる。指先が頬をなぞり、首筋にまわるとゾクリとした。海月の爛々と輝く瞳に俺が映っているのが見える。その目に宿るのは欲望の炎。まずいな。俺の魅了に海月が引っかかってしまったようだ。
「おい、何やってんだ」
聞き覚えのある声が聞こえ、海月が俺から離れる。後ろに立っていたのは夏だ。目をつりあげ、こちらを、具体的には俺を睨みつけている。
「夏」
「有、興味本位でこいつに関わるな。痛い目見るぞ」
どうやら俺が海月を誘ったように見えたらしい。あながち間違いではないが不可抗力だ。
夏は大股でこちらに近付くと俺の腕を引っ張った。ボスンと夏の胸に後頭部がぶつかり、そのまま抱き込まれる。夏の手が見せつけるように腹から腰を撫でていた。
「相手は仮にも先生なのに無茶を言う」
「……夏義は彼のお迎えかな?」
「そうだ。もう触んな」
そんな約束をした覚えはなかったが、話を合わせた方がよさそうだ。俺も頷く。海月は『そっか』とだけ呟いて笑っている。その目は今にも泣きそうなほど潤んでいた。
「もう、名前で呼ぶなよ」
「……」
夏の冷たい声に海月は傷ついたように眉を下げる。自分を納得させるように、小さく何度も頷いていた。
「うん。ごめんね。未練がましいね……」
「……未練なんかねぇだろ」
吐き捨てるように呟く夏は沈痛な表情を隠せていない。海月への感情が垣間見えて面白くなかった。お前、俺が好きなんじゃなかったのか。
「別れた後のカップルのような会話だな」
「え!? あ、いや、そういうんじゃ……」
俺がそう口にするとあからさまに動揺し、目を開いたのは海月だった。夏義は二人の関係を知っている俺が茶々をいれてきたことに眉を持ち上げて驚いている。
「有……」
「冗談だ。二人に何があったかは大凡知っている」
海月は焦った顔のまま固まっていた。はぁーと長く息を吐いてほっとしたように胸を押さえている。いやいや、ほっとしてもらっては困るぞ。
「海月、悪いが夏を狙っても駄目だぞ。俺のだ。貴様にはやらん」
「え」
「あと夏、俺は彼とどうこうなる気はない。話していただけで叱られてはかなわん」
「近かっただろうが。あと信用ならねぇ」
「ひ、酷い……」
俺だって気の一つや二つ使えるというのに! 失敬な!
俺が憤慨し、夏から離れようとするが、腰を掴む手がなかなか離れない。夏がそんな俺を見てニヤニヤしていた。腹立たしい奴だな……。
「俺はもう戻るぞ。勉強せねば秋名達に叱られる」
「おう」
「勉強、頑張ってね」
「……」
海月を見て黙り込む夏の手を引いてその場を去る。背中に視線を感じたが、無視して歩みを進めた。隣にいる夏は俯きがちで、後ろ髪を引かれているといわんばかりの顔をしている。むむ、襲えというフラグにしか見えんぞ。
「そっちじゃないんだよ」
背後から何か聞こえた気がして振り向くが、そこにはもう海月の姿はなかった。
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