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第三部
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しおりを挟む扉が開き、入ってきたのは明るい茶髪の男子生徒だった。小柄で、ネクタイの色は緑。2年生だろう。まだ幼さは残る可愛らしい顔をしている。さらさらの茶髪に整った顔立ちはテレビで見るアイドル達に見劣りしないレベルだ。
「えっ!?」
入ってきた少年は大きく声を上げて俺と夏をじっと眺めている。夏は上着を取ると俺の身体にかけてくれた。
カチャンと何かが落ちる音がして床を見ると、彼の足元に黒いカードが落ちている。この部屋を開ける時、夏が持っていたものは白いカードだったが、これも部室の鍵なのだろうか。
少年はカードを拾い上げ、眉間に皺を寄せた。
「……。出直す?」
「別に良い。有、服を着ろ」
「いいのか? 夏の下半身は臨戦態勢だが」
「それはお前だって……っておい、戻ってんのかよ」
「ふふん。特技だぞ」
血の巡りの問題なので治癒でどうにでもなるのだ。夏は自分だけ元気いっぱいなのが恥ずかしいのか顔を赤らめている。ギャップ萌えだな。すごく可愛いぞ。勃起を抑えた甲斐があったというものだ。
ちなみに俺は見られて恥ずかしいものなんて何一つ持っていないから全裸でもへっちゃらである。
「夏、俺の服は?」
「あぁ、自分一人で着られねぇんだもんな……」
夏は仕方ないと俺の服をかき集めて着せてくれた。靴下まで履かせてもらっている間も、少年は壁に凭れ掛かり、偉そうに腕を組んで俺達を眺めている。目があって俺が笑うと、少年はフンと鼻を鳴らした。これはこれは。ここに来てからはなかなかされたことのないリアクションだ。
「有、こいつは要梅雨。二年。生徒会の副会長兼俺のファンクラブの会長をやってる。ついでにバスケ部にも所属してるが、マネージャーだ。ほぼお飾りだけどな」
夏はシャツを着ながら、顎をクイと動かして少年、梅雨に向けた。
梅雨、という名前には聞き覚えがある。確か秋名と夏が口にしていた名前だ。
「例の組長か?」
「ッ!」
問えば梅雨はギロリと俺を睨んだ。俺は悪意はないと肩を竦めたが、梅雨の視線はきつくなるばかりで元に戻らない。出会ったばかりだというのに、すっかり彼に嫌われてしまった。
(しかし想像と違うな……)
組長というからにはよっぽど強面の男だろうと想像していた。しかし実際は真逆だ。顔は中性的で、女の子のようにも見える。手首は折れそうなほど華奢だ。
「その渾名やめてよね。暴力団の人間みたいじゃん」
「お前の我儘や癇癪で迷惑かけられることを考えれば相応だろ。昔は目つきも悪かったし、お似合いの渾名だったんだけどな」
「うるさい! 僕にそんな下品な渾名がついたのは夏義に群がる奴らの品性が足りないせいだからね! 組長なんて可愛い僕にぜんっっぜんふさわしくない!」
「俺達の家系は皆でけぇし、目つきも悪い。お前がそんな形になるなんて思わなかったんだから仕方ねぇだろ」
どうやら『組長』は夏の友人達が面白がってつけた渾名らしい。
梅雨はその渾名が大嫌いらしく、顔を真っ赤にして怒っている。
「梅雨は目立つ外見なのに、学校で見た覚えがないな」
「あぁ、こいつ最近までアメリカに行ってたからな。有が転入する少し前だったから入れ違ったんだろ」
「僕と会ってるなら忘れるわけないでしょ。僕、超可愛いもん」
梅雨は自信満々と言いたげに髪を払った。にやけた口元が歪んでいる。不思議な微笑み方だ。
梅雨は可愛いのだが、不思議と三下臭がするな。残念な子である。
しかし今の会話のおかげで色々なことが腑に落ちた。俺はずっと汐や春樹が受験生にも関わらず生徒会の業務追われているのは変だと思っていたのだ。
春樹は俺を生徒会に誘う際、メイン業務は後輩達が行うと言っていたが、春樹と汐は忙しそうに仕事をこなしていた。多分これは本来業務を統括するはずの副会長(梅雨)が留学でいないので、春樹と汐がサポートしていたのだろう。
生徒会は大企業の子息達で構成されていると聞いたので梅雨もそうなのか。改めて梅雨を見てみると、確かに身なりが良い。制服も皺一つ無いし、腕時計もピカピカと煌めいている。
「それで? こいつ誰?」
「こいつは静海有。電話で話しただろ?」
「あぁ、例の布団?」
「布団?」
「誰とでも寝るっていう意味」
「おぉ、なるほど」
それはすごく上手い例えだ。『一休さんだな』と俺が褒めると、梅雨は俺を睨みつけた。純粋に褒めたというのに冷たい対応だ。まぁ、それが気に食わないのだろう。わかりやすい子だ。
「おい梅雨、いい加減にしろ。そんなんだから秋名にフラれたんだろうが」
「はぁ? 何それ。別れてないし」
「お前はそうでも秋名は終わってんだよ。もう秋名は有のだぞ」
「え……」
俺がベンチに座って足を組んでいると梅雨の目が俺に釘付けになった。ジロジロと足先から頭まで何回も視線が往復する。俺が微笑めば梅雨は可愛らしい顔を歪めた。
「フン、余裕ぶってるのも今のうちだよ。僕が帰ってきたんだから」
梅雨が俺を嘲るように笑っている。その笑みには俺への哀れみと自分への絶対的な自信が感じられた。素晴らしい自尊心だ。パキっと折って、あへ顔ダブルピースコースに誘いたくなる。ペロリと唇を舐めた。
「ふふ、愛らしい子だな。夏」
「やめろ。これ以上競争率あげんじゃねぇ……梅雨、それで何だ? 俺に用事か?」
「僕のいない一ヶ月の間にファンクラブの人数が60人になってるんだけど、どういうこと? しかも辞めたやつら皆『AMBER』っていう変なファンクラブに入ってる」
「あぁ、有んとこのファンクラブか」
「そんなに減ったのか?」
「ハルんとこよりはまだいるけどな。あっちはもう50人きってんだろ」
俺のファンクラブは俺が知らぬうちに様々な生徒を吸収し巨大化しているようだ。俺自身の魅力もあるだろうが、秋名の執念を感じずにはいられない。
夏は自分のファンクラブに頓着していないらしく、100人ほど減ったというのにケロリとしていた。
「あんたさ、本当に何なの?」
「さて、何だろう? ミステリアスな転校生、とかはどうだ?」
「話にならない」
梅雨は反吐が出る、と言いたげに言葉を吐き捨てた。素直な対応に股間が疼く。俺にこういう対応してくれる子はなかなかいないから貴重だ。俺への罵声を叫んでいるところを押し倒し、熱り立ったペニスを咥えこんでやりたくなる。
「梅雨、話はそれだけか? どこに行くんだよ?」
「生徒会室。いなかった分きちんと仕事をしろって言われてるの。本当に面倒くさい」
じゃーね、と梅雨が部室を出ていく。俺がドアを眺めていると、夏が俺を抱きしめながらベンチに腰を下ろした。
「悪いな、有。あいつ甘やかされて育ったせいか、誰にでもあぁなんだ」
「なぜ夏が謝る?」
「……従兄弟なんだよ」
「あぁ、だから『俺達の家系』と言っていたのか」
夏の父親の弟が梅雨の父親なのだという。見た目が整っているところは似ているのかもしれないが、夏は男らしく、梅雨は可憐、イメージが真逆だ。言われなければ親類だとは思わないだろう。まぁ、従兄弟なんてそれぐらいのものかもしれないが……。
「あいつは自分の気に入らないことがあるといつも生理中の女みたいにイライラしてんだよ。今回も酷かったな……」
「夏のファンクラブの会員が減ったのだ。仕方あるまい」
「原因の半分は秋名で、もう半分はそうだろうな。あいつは親に言われて俺のファンクラブ作ったから、ファンクラブに何かあれば梅雨が文句を言われちまうんだ。やりたくてやってるわけじゃねぇってのに……」
家の繋がりというものは面倒くさい、と言う夏に俺は同意する。そういえば俺はこちらにきて一回もホームシックになっていないな。
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