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第一部
20 秋名回想
しおりを挟む「静海有だ。日本に来たのは初めてだが、日本語はこのとおりだ。しかしこちらのルールについて素養がないので、よろしく頼む」
初めて静海有を見た時、俺は一目で恋に落ちた。
綺麗な色素の薄い目と抜群の配置で整えられた顔の作り、滑らかな肌、服を脱いだ身体は筋肉が引き締まり、無駄なものが何もない。性格も明るく、誰にでも優しくて、悪口なんて一緒に居て一度も聞いたことがない。口調は変だけど、それがまた綺麗な外見とギャップがあって魅力的だった。色々経験も豊富なのだろう。セックス、という単語をさらりと口にしていて、童貞、もしくは処女ではないことも平然と暴露していた。
(有なら、二人に負けないファンクラブを作れるくらいの人気が出る)
早良春樹や葛山夏義以上の逸材。
彼なら潰せる。俺の世界を壊した二人のファンクラブを……。
(でも……)
利用したくない。好きな人を。もし有を利用したと本人にバレたら、有は俺のことをどう思うだろうか。軽蔑する? 嫌いになる?
想像するだけでずっと胸が苦しくて、躊躇していた。
少し昔の、俺の話をしよう。
俺は小学生に入ったばかりの頃、交通事故で両親を亡くし、父方の祖父母の家に引き取られた。初めて会う祖父はものすごく厳しい人で、俺が言われたことをきちんとこなせないと容赦なく手を上げた。
祖母は優しかったが、殴られている俺を助けてはくれなかった。今思えば年配の女性では恐ろしくて、どうにもできなかったのかもしれない。しかし当時の俺は小さく、助けてくれない祖母をただただ恨んでしまった。
誰も助けてくれないとわかった俺は自分の身を守るため、祖父の顔色ばかりを読んで育った。命がかかっているせいか、俺は空気や人の顔色を読むのが上手くなり、小学校の高学年の頃には殆ど殴られないようになっていた。
祖父は旧帝大学出の大手会社の役員というエリート中のエリートだったため、俺の成績は特に厳しく管理されていた。俺は引き取られてすぐに塾と家庭教師をつけられ、四季坂学園の中等部に絶対に受かるように言いつけられた。俺は祖父に殴られるのが嫌で必死に勉強し、中等部に無事受かることができた。合格発表された日は祖母がお祝いにケーキを買ってくれて、普通の子供としての幸せをほんの少しだけ感じることができた。
卒業式。最後にもらった通信簿を祖父に渡す時、俺はちょっとした期待をしていた。
俺は祖父の期待に応えてきた。殴られなくなったのがその証拠だった。だから一言、おめでとうとか、よくやった、と言って欲しい。少しだけでいいから、褒めて欲しかった。
俺のことを可愛がってくれていた担任の先生は通信簿に色んなことを書いてくれていた。友人の面倒をよく見てくれています、成績も優秀で、クラスでも人気者です、本当にクラスにいてくれてよかった。そんな褒め言葉が沢山並んでいた。
祖父は俺の通信簿を開き、中を見ると『中学に入ったら、五教科以外もきちんと良い成績を残せ』とだけ言って、俺に通信簿を乱暴に投げ返した。
ミシ、と俺の心にヒビが入る音をした。
俺は何も答えないと殴られるので『はい』とだけ返事をして部屋を出た。その後は自室に引きこもって声を殺して泣き続けた。この人は俺に期待しない。褒めてもくれない。俺は面倒をかけるだけの存在だから、どうでもいいのだと気付いてしまった。
中等部は勉強する時間のためと言って寮に入った。祖母は暴力癖のある祖父と二人きりは嫌だったようだが、俺だって嫌なので無理矢理祖父を言いくるめた。寮は閉塞的だったが祖父母の家よりもずっと快適で、男子しかいないので気が楽だった。
中学校最終学年となった寒い冬の日、俺は授業中にクラスの先生から呼び出された。先生から神妙な顔つきで祖母が亡くなったと言われ、真っ先に思い浮かんだのが祖父が殺したんじゃないか、ということだった。祖父母の家に戻ると、花がしきつめられた棺の中で祖母は真っ白になっていた。心疾患だと通夜を手伝いにきてくれた女性が教えてくれた。
祖父はいたが、棺の前でずっと正座して動かない。後に倒れた祖母の前で何もできずにいるところを発見され、近所の人が救急車を呼んでくれたのだと聞いた。あの普段偉そうな祖父が、何もできなかったのかと俺は吃驚し、同時にガッカリもした。
葬式の手配や打ち合わせは、近所の人達に手伝って貰いながら殆ど俺が対応した。親戚、と呼ばれる人達は一人もいない。祖父の気性の荒さを考えれば何となく不思議ではなかった。
葬式をすませた後の祖父は一気に年を取ったようで、まるで100歳前のおじいちゃんのようだった。
それからすぐに認知症が始まり、一人で暮らせなくなった。介護も必要だと言われたが、ろくな親戚もおらず、当時中学生だった俺には世話なんてできるはずもない。結局残った祖父母の貯金全部を使って、ケアマネージャーのいる老人介護施設に入居させた。
俺は、全てが嫌になった。自分を殴り続けた強い男が、自分を決して認めなかったクソ爺が、糞尿を垂れ流すただのボケ老人になった。
祖母が亡くなり、祖父は一人になったと絶望したに違いない。孫の俺がいるというのに!
自分の唯一の肉親を蔑むなんて、とも思ったが、今までされた仕打ちを思えば喜んで良いのだ、と思った。どうせ彼は俺を愛してくれやしない。よしんば愛してくれたとしても今更の話だ。
祖父は施設で死ぬだろうと、残っていた家や家財を一切売り払ってやった。不動産屋には祖父の施設費用にしたいと言ったら、優しく俺に色々アドバイスしてくれ、予定よりも二割ほど金が増えた。
俺はその金と両親の保険金を学費にあてた。特待生枠に入れたので寮代も浮き、留年せず派手なことをしないでいればこの有名私立校を卒業できる。就職さえできれば新しい人生が俺を待っている。
施設に入った祖父には、あれから一度も会いに行っていないし、二度と会う気もなかった。
「秋名はちょっと馬鹿っぽいけど可愛いよな」
「それ褒めてんの?」
「褒めてる褒めてる。こうやってファンクラブに入ると秋名とめっちゃ喋れるから嬉しいよ。な!」
「そうそう!」
俺にファンクラブができたのは高校一年の頃だった。家も家族も無くなった俺にできた、新しい居場所。俺の顔はすごく造形が整っているわけではないけれど、祖父からの圧力から解放された反動で、髪を染め、ピアスをつけていて、このお坊ちゃま学校ではちょっと目立つ存在になっていた。
「白州と一緒に居ると癒されるな~! すげー楽しい!」
「でしょ~! 褒めて伸ばして!」
「白州くん! こっちにおいでよ! そいつより俺の話聞いて~!」
「は~い!」
「おい、白州こっちにも来いよ!」
俺は表情や空気を読むのに長けていていることもあって、学年でちょっと顔が知れた人気者になっていた。ファンクラブなんて、仲が良かった友人のちょっとしたお遊びだったのかもしれない。しかし不思議とメンバーが集まって、俺のファンクラブは先輩達も入り一クラス分くらいの人数になっていた。
「秋名くん、これプレゼント、受け取ってほしいな」
「わ、ありがとう」
「格好良いよね。秋名くんって」
「え~? 俺可愛いとか言われたりするから格好良いなんてなかなか言われないよ~!」
「そんなことないよ! 秋名くんは絶対『格好良い』だよ!」
俺のファンクラブの会員は可愛い系の子が多く、俺はその子達が俺にかまってくれるのが嬉しくて、できるだけその子達が喜ぶような髪型に変え、ピアスを増やし、カラコンも入れ、どんどん派手になった。
皆それを格好良いと言ってくれて、中には好きだと言われ身体を繋げた子もいた。
俺は皆の中心にいるのだと実感した。クラス以外の奴も、あれ白州じゃん! と俺を知ってくれている。すごい。俺はちゃんと認められている。ちゃんと期待されている。愛されている! ここが俺の居場所なんだ! すごい! 幸せだ!
幸せだったのだ。
「……え、解散って? なんで?」
「悪い秋名、俺バスケ部入ってんじゃん? やっぱ葛山んとこ入らないと気まずくてさー」
「俺少しだけど髪染めてるから早良のところじゃないと罰則うけちゃいそうなんだよな。まぁ普段は一緒つるんでるからさ。ごめんな!」
俺のファンクラブが解散したのは二年の春のことだった。最近人が減ったなとは思っていたが、あっという間にファンクラブ規定人数の10人を切り、一番仲の良かった面子まで別のファンクラブに入ることになっていた。
俺を格好良いと言ってくれていた子も、葛山夏義や早良春樹が格好いいとすぐに乗り換えた。本当にあっという間に、また何もかもなくなってしまった。
何で俺には何もないんだろう。
何で俺は誰にも認めてもらえないんだろう。
何で俺は愛してもらえないんだろう。
何で沢山持っている人がいるのに
なぜ、俺は、何も、ない。
どこにも、居場所が、ない、のだろう。
その時確かに、俺には心が壊れたような音が聞こえたのだ。
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