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第一部
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しおりを挟む「有、来たか」
「静海くん。おはよう」
朝、学校の玄関前で俺は春樹と夏に待ち伏せをされていた。
二人のまわりにいる生徒達はチラチラこちらを見ながら靴を変え、そそくさと玄関から逃げていく。俺の顔はギリギリ笑ってはいるものの、心の中ではどうしたものかと困っていた。
「おはよう。夏、前にも言ったが出迎えはいらんぞ」
「俺が好きでやってんだから良いだろ」
「いや、出迎えられる側がわりと困っとるんだが……」
屋上で夏を抱いてから、夏は今まで以上に俺にご執心だ。
ここ一週間、夏は朝や休み時間のたび俺の元へやって来る。このままではトイレにまで付いてきそうだったので、俺がそれとなく張り付かれるのは困ると伝えてみたのだが、夏がしれっと『俺はお前のものだろ』と言い出したせいで、教室は阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。
あの時の悲鳴と歓声が混ざった大声は思い出すだけで耳が痛くなる。秋名が上手くフォローしてくれなければ騒ぎは治まらず、俺の鼓膜は裂けていたに違いない。
「春樹も無理せずとも良いぞ」
「え? 無理なんて一切してないけど?」
「顔が青い。具合が悪い時はきちんと病院に行け」
「うん。その時は静海くんを拉致して連れて行くね。抜け駆けされるのは嫌だし」
「俺に支障しかないな……俺ではなく、夏を連れて行け」
「え、嫌」
「……」
そして『俺はお前のもの騒動』を聞きつけたらしく、春樹まで俺の傍から離れなくなってしまった。まるで少女漫画のヒロインになった気分だ。
美しいものを侍らすことに悪い気はしないが、目立ってしまうとイウディネが怖い。最近では俺がちょっと何かしただけでお仕置きと言ってイウディネに無体をされる。優位に立ち、俺を翻弄することが楽しくて仕方ないらしい。完璧にSの性癖が覚醒している。
うっ、その時の情事を思い出しただけで下半身が疼いてきた。俺まで癖になっているんじゃないかこれ……朝もっと強請れば良かった……。
「有、ほら靴変えろ」
「静海くん、今日は朝から体育だよね? グラウンドだったら窓からこっそり応援するね」
春樹と夏は笑顔で並び合っているが、隣りにいる相手を一切見ようとしない。特に春樹の笑顔は完璧なほど美しいのに、黒いオーラが出ているような幻覚が見えた。
「有、今日の予定はどうなってるんだ?」
「今日は秋名に付き合ってもらってアニメと漫画の店に行った後、予約可能ならコラボカフェにいく予定だな」
「おい待て。コラボのやつは昨日も行ったやつじゃないのか?」
「特典のコースターが全部集まらなかったんだ。何回も行かないと揃わない」
「何か欲しいなら俺が揃えてやるから、その時間を俺に寄越せばいいだろ」
「……」
何もわかっていない夏に俺は溜息をつく。誰かに、しかも金の力を使ってただ一式揃えてもらうことに意味はないのだ。
特典のコースターはコラボカフェで食事や飲み物を頼むと一枚ランダムでもらえるもので、可愛いミニキャラが描かれている。ちなみに今回コラボしている俺の好きなゲームはキャラクターが30名も出てくるので、30枚のコースターが存在している。つまり全種類コンプリートするためには最低でも30品食べなければいけない。制限時間は予約制のため一時間。1~2人での参加では一回で30枚揃えるなんてまず無理だ。しかし俺はそれを全て自ら(と秋名の助けにより)手に入れたかった。
ゲームを愛する人間が必死に胃袋を駆使し、運に頼ってお目当てのものを得る快感を夏は知らない。何と哀れな……。いや、夏が損をしているのではない。その幸せを知っている俺が得をしているのだ。
「ねぇ静海くん、週末の予定はどうなってるの?」
「週末は撮りだめたアニメを見る予定だが?」
最近忙しすぎて録画しっぱなしだ。早く見ないとHDの容量がパンパンになってしまう。最低でも今期アニメ全てを3話まではチェックして、今期追うアニメを決めなくてはいけない。
「それ僕も見に行って良い?」
「家人がいるのでちと困るな」
「じゃあハードディスクだけ持ってきて、僕の家で見よう?」
「春樹の家か……」
「おい、こいつの家になんて行くな。手が早いから速攻で押し倒されるぞ」
「ナツうるさい」
「ハルは黙ってろ」
二人の仲は相変わらず悪いままだが、俺と一緒にいようとする二人は自然と顔を合わせることが増えた。そのせいか喧嘩を始めるぐらいには仲が回復している。俺は『ハルが!』『ナツが!』と騒ぐ二人を見て溜息を吐いた。
「仲が良いな……」
「「良くない(ねぇ)よ!」」
同時に騒ぐ春樹と夏はお互い睨みをきかせ、火花を散らしている。こうなると俺の話など聞いてくれない。それなのにお互いが何か嫌味を言うと絶対に聞き逃さないのだ。そろそろ相思相愛と言っていいレベルに思えるが、言うと怒られるから言わないでおく。
俺が半ば途方にくれて二人を眺めていると、秋名が校門から手を振ってやって来た。俺を見つけると尻尾のように手がブンブンと大振りになるのが面白い。
「おぉ、秋名、おはよう」
「おはよー! 今日もやってるねぇ~! 一限目は体育だから真っ直ぐ更衣室行こう~!」
「あぁ」
「秋名か。よぉ」
「あぁ、白州くん。おはよう」
「はよはよ~! 二人共朝から元気だよね~」
「バスケ中毒患者と一緒にしないで欲しいな」
「こっちの台詞だ。虚弱もやし」
ついにお互いを悪口で呼び合い始めた。
小学生かお前達は……。
「夏、春樹、仲良しなところ悪いが、俺達はもう更衣室に行く。またな」
「「仲良しじゃない(ねぇ)!!」」
またハモった。
フンとそっぽを向きながら教室へと踵を返す二人は、相手より先に歩こうと早歩きをし始める。春樹が追い越そうとすれば夏がスピードを上げ、二人は物凄い速さで足並み揃えて階段を駆け上がっていた。
傍目から見たら物凄い仲良しである。そのうち俺はカムフラージュで、二人が付き合っているという噂が流れそうだ。もし聞かれることがあったら肯定しておこう。その方が多分面白い。
「会長大丈夫かなー。あんな早歩きして」
「多分この後早退するだろうな」
「無茶するなぁ……。毎日よく飽きないよね。俺だったら一週間もしないうちに罵り言葉のレパートリーがなくなる自信ある」
「面倒になると馬鹿アホ間抜けと言い出すぞ」
「小学生かよ」
全く寸分違わず同感である。
一限目に体育がある日はまず更衣室に向かい、ジャージを着てから朝礼に出る。その方が効率が良いと俺と秋名の中でお決まりのパターンとなっていた。
更衣室に行く道中、俺と秋名は廊下で会う全ての生徒達からすれ違いざまに挨拶をされる。以前だったら名を呼ばれるのは秋名だけだったが、俺も呼んでもらえるようになった。認知度が上がったのは夏達や体力測定のせいだろう。しかし、こうやって名を呼ばれると学園の一員になれたように感じられて嬉しかった。
「あの、静海先輩……」
「うむ?」
俺は名前を呼ばれて立ち止まる。
そこには緑のネクタイを締めた三人の男子生徒が立っていた。声の主は栗色の髪の、まだあどけない顔つきの少年だ。彼は俺に近付くと金色の紙袋を差し出す。はて、何だろうか?
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