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第一部
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しおりを挟む一日も半分が終わって昼食の時間だ。俺が学校で本当に嬉しかったのはこの学食に来れたことである。漫画やゲームでは勿論のこと、このようなシステムでの食事方式は魔界では無い画期的なものだ。
特に食券というシステムは漫画の通りで、選ぶのが楽しいが機能的、効率的であった。ちょっと漫画と違うのは、紙幣や小銭の代わりに学生証と指紋認証が必要なことくらいだろう。それはまぁ、この学校の個性だ。
「有は何にしたのー?」
俺は食券を持ってカウンターに並ぶ。秋名は日替わりランチにしたらしい。今日の日替わりは春キャベツとシラスの和風パスタと彩りサラダ、かぼちゃのポタージュスープらしい。白州がシラスを食べるのか。何ともシャレが効いている。
「俺はカレーうどんだ」
「好きだな~~」
「ミートソースにするか悩んだが、やはりな」
イウディネには子供舌と言われる俺の好きな食べ物はカレー、ミートソース、ハンバーグ、そして甘いものである。加えて、俺はうどんがとても好きだ。つまり、カレー(好き)×うどん(好き)=カレーうどん(大好き)となるわけである。
(カレーうどんはすばらしい一品だ……シャツが汚れるのだけは難儀だが……)
カレーうどんはどんなに気をつけていてもなぜか汁が飛び、黄色い斑点がシャツにできてしまう。俺は秋名に言われて上着を脱いで食べたが、案の定シャツはシミだらけになってしまった。イウディネには勿論呆れた顔をされたが、カレーうどんの魅力に抗えない。なぜなら悪魔は本能のまま生きているからだ。
「あとデラックスパフェだな。これは食後に食べよう」
「うえぇ、またあれ食べるの?」
デラックスパフェとはこの学食の名物のようなもので、生クリームと様々なアイス、白玉がふんだんに使われたパフェの上にさくらんぼ、メロン、いちご(大好物)、キウイ、オレンジ、ブルーベリーが大量に乗ってさらに追い生クリームが添えられた究極の一品である。
なぜかネタメニューと呼ばれ、学校でパフェを頼むのはほぼ俺だけのようだ。初めて学食に来た日に完食してからは食券を見るだけで秋名にうえ~と嫌な顔をされるようになった。フン。秋名には一口もやらんぞ!
俺と秋名は食券の代わりに食事を受け取って空いている席へと移動する。昼休みも勧誘したそうな面子がギラギラ俺を見ていたが、秋名がゆっくり食べたいからごめんな、と両手を合わせて笑うと、彼らは頬を染め、手を振ってその場を後にした。素晴らしい。秋名はやればできる子であった。
「いただきまーす!」
「いただきます」
俺も手を合わせて食事をする。
俺達のまわりは視線がうるさいものの、秋名がそっとしておいて欲しいと頼んでくれたらしく人が寄らない。話しやすくて助かっている。
秋名と美味いなーと語り合いながらカレーうどんを食す幸せな一時。話したいことがあるのに、腹が減って食べ始めるとどうして食べることばかりに集中して無言になってしまうのか。カレーうどん美味い美味い。
「有」
「あ、夏さん」
学食の扉から夏が早歩きで近づいてくる。しかし俺はカレーうどんに夢中だ。なぜなら、うどんは時間が経つと水分を吸収し、伸びてしまうのだ。ひどいとデロンデロンになってしまう。最初は増えたほうがお得かと思って放置したのだが、その結果が散々だったので、俺はうどんを食べる時は、より一層集中し、素早くそして服を綺麗に保てるよう丁寧に食べている。これがまた難しい。
「朝、あいつに呼び出された件大丈夫だったのか?」
「あいつって誰ー?」
「早良」
「え、マジ? 生徒会もう動いてんのか」
「大方、有を囲い込んでものにしようって算段だろう。早良(あいつ)はいつもそうだからな」
夏は俺の隣の席に腰をおろし、苦々しい顔で秋名と話をしている。俺はその会話を端的に拾っていた。
(そう、汚くなるのがな……どうにかならんもんか……あ、気をつけていたのに飛んでしまった……やはり難易度が高いぞ……む、なんだこれは……もうすでにいくつも汁を飛ばしていたのか俺は……ああああ……イウディネにまたシャツを捨てられてしまう……すまない新品のシャツよ……俺が不甲斐ないばかりに……)
イウディネは綺麗にならなかったシャツは俺にふさわしくないとすぐ捨ててしまう。せめてプレイ用に残しておいてくれと言ったが、俺がミートソースやデミグラスソースも零した予備が十分あると言って捨てられてしまうのだ。おおお、シャツよ……童貞を捨て、すぐに己自身も捨てられてしまうなんてなんとも哀れな……。
「おい、有! 聞いてんのか? そんなぼーっとしてんじゃねぇよ。気をつけてねぇとすぐ汚されて捨てられるぞ」
「……もう遅い」
「え!?」
俺のシャツはもう汚れて捨てられてしまうのだ。
はぁ、と溜息をつきながらシミを見る。一つ、二つ、三つ……。なんと数えたら五つも黄色いシミができていた。こんな短時間でなんたることか。完全敗北である。
「もう散々汚れてしまっているから、今更気をつけても無意味だ……」
「あいつらにもう手を出されたのか?」
「あいつら?」
「生徒会だよ!!!」
「何の話をしている?」
夏が必死な形相で俺に語りかけるので、カレーうどんを食べる手が止まる。なんだか話が噛み合っていないぞ? と小首を傾げた。夏は話を聞いていない俺に痺れをきらしたのか、拳を握って机を叩く。
「だから! 俺は! お前が生徒会のやつらに何かされたんじゃねぇかって、心配してんだろうが!!!」
夏の大声に、まわりがシンと静かになった。
夏はその静寂に気付くと、カッと耳まで赤くなる。違う、いや、違わない、そうじゃない、と口元を抑えて狼狽える夏を見て、秋名が腹と口を抑えて震えていた。足がダンダンと床を踏みしめているので、ここが何もない地面だったら転げ回っていそうだな。
「あぁ、俺の話か。俺はシャツの話だと思っていたぞ」
「シャツ!?」
「ほら、見てくれ。カレーのシミが何個もついてしまってな。このままでは買ったばかりだというのにシャツを家人に捨てられてしまう……最悪切り刻まれて油を吸わされるボロ布に成り果てるだろうな……」
油を吸わされた後は、燃えるゴミに出されるのである。生まれたばかりなのにボロ雑巾にされて捨てられるなんて、わりとプレイとしては嫌いじゃないが。……ボロ雑巾になった俺を見たイウディネの反応のほうが怖いな。
「お前は自分の心配をしろよ……」
再びカレーうどんを食べ始めると、夏の呆れたような声が聞こえた。しかし俺は心配などしない。それはまわりにいる者が勝手にしてくれるものである。
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