色欲の悪魔は学園生活に憧れる

なかじ

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第一部

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 俺と秋名は外に出た。グラウンドを見て声もなく感動する。おぉ、これが学校にある校庭! グラウンド!

(グラウンド……ではあるが……)
 
 しかし俺の考えていた土のグラウンドではない。何やら赤く硬い素材で作られており、ぐるっと一周するコースを備え付けられた近代的な作りであった。うーん。感動が半減した。

 グラウンドは同じ格好の生徒達がひしめきあっている。皆同じ服しか与えられていないが、上着を腰に巻いたり、カラフルなTシャツや上着を着ていたりと個性豊かだ。なるほど、あれが人間のオシャレというやつなのだ。

 俺は隣の秋名を見る。秋名は制服の時は中に黒いパーカーという上着を着ているのだが、今はそれを脱ぎ、黒のTシャツ、その胸にかかれた大きな毒々しいウサギをよく見えるようにジャージの前を開いていた。下は長いズボンをなぜか片方だけ捲くっている。よくわからないがこれが秋名のオシャレなのだろう。ふむふむ、と俺はあたりを観察する。中には首を傾げたくなる格好をしている者もいるが、俺の感覚が変なのだろうか?
 まぁ、俺は人間の価値観においても造形が良いようだし、下手なことをするよりは無難にしていた方がいいな。黒歴史になっては困る。

 俺達と3年B組は2時間目はグラウンドで、3時間目は体育館の中で体力測定などをするらしい。余談だが、3年C組とD組は現在体育館で測定しているそうだ。3年は全部で4組あるらしい。つまり3年生は全員で120名前後となるようだ。

(ステータスを決めておいて助かったな……)

 朝のままの初期値の身体であれば、間違いなく悪目立ちしていただろう。イウディネの言うとおり、朝にステータス設定をしておいて正解であった。

「お、始まった始まった。夏さん張り切ってるね~~」
「夏さん?」
「葛山夏義(かつやまなつよし)、あれあれ!」

 秋名が指差した先には前髪を後ろに流した黒髪の少年がボールを投げていた。彼が投げたボールは大きな弧を描いて遠くに落ちる。測定する者が慌ててボールを追いかけていた。彼の周りには人垣ができており、皆キラキラとした目で彼を見つめ、結果が出るとワッと声が上がった。
 周りから褒めちぎられる少年は背が高く、人垣から頭半分か一つほど飛び出している。

「ほぉ、精悍な顔つきの男だな」
「お、有は夏さんがお好み?」
「俺はセックスするだけなら美醜にあまりこだわらん」
「おぉ……あけすけ……」

 秋名が呆れたような声をあげているが、俺は再び夏さんとやらを見た。引き締まった筋肉に、長い手足の良いスタイル。なかなかの男前だ。彼のまわりにいる人間が皆熱っぽく彼を見ている。それに気付いても彼は気を悪くせず、逆にニィと笑って煽っていた。

「モテているな」
「あぁ、ファンクラブあるもん」
「ファンクラブ?」
「そ、二大派閥なんて言ってね。昔は沢山ファンクラブがあったんだけど、今は二つしかないんだ。早良春樹の『Primaveraプリマベーラ』と葛山夏義の『仁義じんぎ』っていうファンクラブ」

 秋名の説明によると、この学校の生徒達全員がどちらかのファンクラブに所属しているらしい。俺が春樹を知っていると言うと秋名は目を見開いた。生徒会長は有名なんだなぁと零していたので彼はどうやら生徒会長だったらしい。今知った。

「しかしファンクラブが本当にあるとはな……まるで漫画だ」
「嬉しい?」
「まぁ、そうだな。漫画やゲームは創作であるから、本当にあるものと無いものがあったりするだろう? だから、あるとやはり嬉しいには嬉しい」

 話を聞けば、秋名は春樹のファンクラブに所属しているらしい。春樹のファンクラブに入ると服装チェックの時にちょっと色をつけてもらえるのだ、と言っていた。
 秋名の話を聞く感じだと、純粋に二人のどちらかが好きだと思って入っている人間ばかりではないのだろう。秋名に『有はどっちに入る?』と聞かれたが、俺は今は決められないし、入るかはわからないと告げた。

「秋名」
「お、夏さん。おつおつ。見てたよ~! 60m飛ぶとか怖すぎ。もう野球部入んなよ」
「俺はバスケ一筋だからお断りだ」

 低く、甘い声が秋名の名を呼ぶ。こちらにやってきたのは夏さんだ。秋名と気さくに話をしている。夏さんは俺に気付くと上から下まで眺めた後、じいと俺の顔を眺めた。ニコリ、と笑ってみる。

「あんたが転入生か。へぇ、綺麗な顔してるじゃねぇか」
「あぁ、よく言われる」

 俺が笑顔のままそう言うと、夏さんは目を丸くして固まった。フッと俺の唇から息が溢れる。

「……と正直に言うべきか? それとも日本人となった身であれば『そのようなことはない』と謙虚に振る舞うべきか? どちらがお好みかな、夏さんとやら」
「俺は前者が良いな。わかりやすい」
「ならばそのように。俺は静海だ。静海有。有で良い」
「秋名から聞いたかもしれねぇけど、俺は葛山夏義。夏って呼んでくれ」

 わかった、と俺は頷き、夏と呼ぶ。俺達のやり取りをギャラリーがチラチラ見ているので、俺は再び社交スマイルを連発した。そそくさと逃げるもの、思わず魅入る者。様々だ。

「有は妙な喋り方してんな」
「あー、有は日本語をゲームと漫画で覚えたんだって」
「なるほど。どうりで古めかしい」

 実は元からこの喋り方で、漫画で覚えたというのも方便なのだが、すんなり納得してくれているようで助かる。異世界系のライトノベルもきちんと履修しておいて良かったな。

「有、折角だからいいところ見せてやるよ。来い」
「それは楽しみだ」
「あ、俺達も測りにいこう!」

 どうやら夏は今から50m走というものを行うらしい。担当の者に名前とクラスを申請している。俺と秋名も同じように申請し説明を聞く。どうやらよーいスタートで走ればいいだけらしい。なるほど。前に走る者を見て作法も学んでおこう。

「よーい、スタート!」

 俺達の前にいた夏と名も知らぬ生徒が走り出す。夏はグングンと野生動物のように走り、圧倒的な差でゴールの白いラインを踏みつけた。結果は6.2秒だったらしく、またワッと盛り上がっていた。なるほど6.2秒は歓声があがるほど早いようだ。

 夏は汗を拭きながら俺達に手を振っている。秋名はグッと親指を立て、俺は顔の横で軽く手を振り返した。夏は手を振る俺をじっと見て笑っている。少しギラギラした瞳は獲物を見つけた肉食獣のようだ。

「おーおー夏さんロックオンしてるねぇ」
「ロックオン?」
「有に気があるんだよ」
「シャレか?」
「違うわ!! 有が綺麗だから、夏さんちょっかいかけたいんだよ」

 おやおや。俺はどうやら夏のお眼鏡にかなったようだ。それが良いことか悪いことかはわからないが、好かれることに悪い気はしない。もし肉体関係を迫られても、貞淑な思想を持つ日本人とは違い、俺は色欲の悪魔なので両手を広げる代わりに足を開くこともやぶさかではない。

「次、静海、白州」
「はい」
「はい!」

 俺達も呼ばれて白い線の前に並ぶ。よーい、スタートのタイミングで走り出すと、秋名がフッと視界から消える。どうしたのだろう? と少し振り返ったが、少し後ろで必死に走っていた。俺はそのまま走りきり、6秒ジャスト、と震える声がグラウンドに響いた。

 わー!!!! という大きな声に思わずビクリと肩を揺らす。秋名は続いてゴールし、7秒ジャストと言われていた。

「っはぁ……はぁ……有、は、はっや……」
「秋名大丈夫か?」
「い、息切れ……してねぇ……」
「あと早くはない。俺は平均だぞ?」
「これで平均って……サバンナの生まれかよ……」

 猛獣のような速さ、と言いたいらしい。そんな馬鹿な、と俺はまわりを窺ってみる。
 10人いたとして、6人が驚き、3人が頬を染め、1人は微妙な顔をしていた。
 
(おかしい……)

 俺は平均値を振ったつもりだったのだ。いや、もしかしたらフィジカル上乗せ分を多く振ってしまったのかもしれない。次こそは気をつけよう。そう、次こそ……。

 その後行ったハンドボール投げ、幅跳び、20mシャトルラン、次々こなすがまわりの反応は先程走った時と変わらない。秋名は『マジかよ……』しか言わなくなり、今度こそと臨んだ体育館での体力測定、上体起こし、反復横跳び、長座前屈、握力測定も同じだ。
 少し力を抜こうと思っても、今日一日で加減などさっぱりわからず、結果はお察しの通りである。

(しまった……)

 体力測定を終えて、冷や汗をたらりと流す。まわりの目がキラキラしているが、これはもしかして目立ってしまったのではなかろうか。あぁ、でもシャトルランとやらは夏が止めたらすぐやめたので問題ないはずだ。その、はずだ……。

「有、お前どうなってんだ。俺が一項目も勝てねぇなんて……」
「いや、俺もこんなはずではなかったのだが……」

 夏が嫌味かよ、と微妙な顔でガックリ肩を落としている。秋名は俺や夏と比べ物にならない結果だったらしく、体育館の隅でいじけてしまっていた。あのままではキノコが生えてきそうだ。あぁ、まぁ男なら一本生えてはいるだろうが……。

「!」

 不意にゾワリ、と背筋が泡立つ。嫌な予感がして恐る恐る体育館の入り口を見ると、長い黒髪を後ろに一つ結び、眼鏡をかけたイウディネが蟀谷を引きつらせて俺を睨めつけていた。
 あ、これは、完全に怒っている……。

「お、井浦先生。何? 俺に会いに来てくれたのか?」
「違いますよ葛山くん。こちらの子の顔色が悪いようだったので……」
「ヒッ」

 俺は眼の前にやって来るイウディネの雰囲気に圧倒されて小さく悲鳴をあげる。

「おや、やはり顔色が悪いようですね? 保健室に行きましょう。さぁさぁさぁさぁ!」

 有無を言わさず保健室に連行される。

 保健室についた途端、後ろ手で閉められる保健室の鍵。全てブラインドで閉ざされた窓に俺の精神はガリガリと削られた。
 何を考えているんですか!? から始まる説教に俺は『あうあうあうあう』と意味の分からない言葉を発し、久方ぶりに情事以外で涙を流した。





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