自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

文字の大きさ
上 下
46 / 57

46

しおりを挟む
       ※
 次の日、桜井は一人のされた家のソファに身を投じていた。あの時も、一歩間違えたら一人になっていたかもしれない。
 目を閉じる。昔話が頭を巡る。

 ある夏の日、学校から帰宅した自分をを迎えたのは、いつもの家族ではなかった。

ーー飛鳥がいじめにあっているなんて嘘よ!

 
 
 母親が狂ったように叫んでいる。それを必死になって停めているのは、なぜか自分より早く帰宅していた父親だった。
「どうしたの?」
 自分の問いかけに、母親は答えない。嘘よとずっと叫び続けていた。
「ただいま」
 自分に遅れること数十分ほどしたところで、飛鳥が帰ってきた。
 我が家の惨状を見て、彼女は固まった。そして、そんな彼女を見て母親は、とんでもない行動に出た。
 飛鳥を道連れに死のうと言い出し、その腕を掴んだ。
 父親と自分という男二人でも、女性である母親を押さえ込むことに苦労した。火事場のなんとやらとはよくいったものだ。
 もしも、あの場にいたのが、飛鳥だけだったら、いつものように友人と話しながらダラダラと帰宅していたなら。二人の死体を見た父親がそれに続くように自らの命を絶ってしまっていたかもしれない。
 しかし、結果的には母親は家を飛び出し、その出先で、首をつった状態で死んでいるのを桜井たちが見つけた。一緒になって探していたはずの父親とも連絡が取れなくなり、一度戻った家の中で、彼もまた首を吊った状態で見つかった。結局二人とも死んでしまった。
 もしもの話なんてなかった。ただ、みんなの死期が微妙に遅れただけの話だ。
 瞼の裏に浮かぶのは、そんな二人の死体。ゆらゆらと揺れる首吊り死体はテレビや映画以外で初めて見た桜井には強烈でもあり、一種の芸術のようにも思えた。
 母親も父親も、1日の、わずかな時間で死んでしまった。
ーー人って簡単に死ぬんだな
 まだ中学生の子供が親の死体を見て、動揺しながらも、心の隅っこではそんなことを考えていた。
 両親共に亡くなり、桜井と飛鳥は母方の叔母の家に預けられることになった。彼女は未婚で働いていることもあり、二人を預かる経済的余裕があった。
 彼らのこれからを思い、決して邪険に扱うことはなかった。むしろ、家族ができたと喜び、本当の子供のように二人を育てていった。
 飛鳥は、中学生になった。しかし、小学校からの持ち上がりの生徒も多く、一時期は収まっていたと思われたいじめが再発する。
 気の違えた母親から生まれてきた娘だとか、ひどい時には暴力にまで発展した。
 一度血まみれで帰宅してきたことがあった。しかし、飛鳥の体には傷はひとつもなかった。


 思い出に一区切りつけるように、桜井は空想の世界を一度閉じた。
「…飛鳥が多重人格だって分かったのはその時だったな」
 昔のことを懐かしむように、桜井の口角が上がった。
 桜井は再び目を閉じた。

飛鳥が持つ別の人格が、いじめを行う生徒に大怪我を負わせたとされた。
 過去のことや、多重人格のこともあり、学校側は、生徒同士の単なる喧嘩が招いた惨事だと、その事件の真実をもみ消した。
 叔母と桜井は話し合い、今は無理でも、高校は私学でもいいから県外の方が良いということになった。
 費用のことは気にしなくていいと、飛鳥には伝えた。
 そして、飛鳥は自分のことを知るものが一人もいない隣県の高校に通うことになった。
 入学式から帰ってきた飛鳥は、笑顔で、友達ができたといった。
 授業が、始まったら彼女たちとお弁当を食べるとか、すでに夏休みの計画を立てる計画をしていると、楽しそうに話して聞かせる。
 二人の決断は、飛鳥にとって最善の方法だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔女の虚像

睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。 彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。 事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。 ●エブリスタにも掲載しています

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

処理中です...