自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

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 声がしたかと思った瞬間、赤坂は、足の膝あたりに何かがぶつかった感触がした。その衝撃で体が前のめりになってしまう。なんとか体勢を取り戻し、その原因を見た。
 幼い少女が目をパチクリとさせながら赤坂を見上げている。赤坂も時間が止まったようにきょとんとしてしまう。
「ごめんなさい。こら、明香! 走ったらダメでしょ。あなたもちゃんと謝りなさい」
 『あすか』とその女性は、少女の名前を呼んだ。赤坂の胸が少しざわついた。
「だ、大丈夫?」
 少女が謝罪をする前に、大の大人の男にぶつかった小さな体を心配した。
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた少女の顔に笑顔が浮かぶ。
「うん。大丈夫」
 少女の明るい笑顔に安心したように頷いた。明日香のような笑顔だな、と感じた。
「もしかして、赤坂くん? あなたは桜井くんね」
 少女の母親と思しき女性がそう尋ねる。桜井は彼女が誰だかすぐに分かったのか、久しぶりだなと声をかけた。
 赤坂は昨夜のメールを思い出した。子供がいることは知らなかったが、今自分の目の前にいるこの女性が誰なのかわかった。
「もしかして、船本…ああ、今は香川か」
 眼鏡はかけていなかったし、化粧もしており、見た目の違いこそあったが、そのしっかりとした雰囲気は変わっていなかった。真面目な雰囲気は健在だった。
「船本でいいわよ。あっ、明香がごめんね? ほら、明香もちゃんとごめんなさいしなさい」
「大丈夫だよ」
「ううん。こういうことはちゃんとさせないと。もう5歳なんだから」
「え? 18歳の時の子なのか?」
 桜井が割り込む。
「そうなの…って、こんなところでする話じゃないわね」
「あ、ああ」
「そうだな」
 本来なら、皆川も交えて話をしたいところだが、そうはいかない。じゃあな、と眠る皆川に声をかけ、三人は体育館を出る。
「まずは明香、ちゃんと謝りなさい」
「はぁい…」
 いかにも渋々といった表情を浮かべる。赤坂は目線を合わせるために中腰になる。
「ごめんなさい………正也お兄ちゃん」
「え?」
 5歳の少女とは思えない大人びた声でそう言った。それよりも、なぜ彼女は自分の名前を知っているのか。
「あ、赤坂くん?」
「あ、ごめん」
 明香の肩を掴んでいることに気づき、慌てて手を離した。少女も驚いたような顔をしていた。
「ご、ごめんね。痛かったね」
「大丈夫だよ!」
 5歳の少女らしい声が響く。少女は母親の手を握る。早く行こうと急かしているようだ。美波は困ったように笑うと、二人にまたね、と言ってその場から立ち去った。少女のバイバイという声はやはり子供特有のものだった。先程の声は幻だったのか。
「赤坂…」
 十八歳の時の子供という話を根掘り葉掘り聞こうとしていた桜井がやけに大人しい。暗い声を落としながら赤坂の服の袖を引っ張る。
「どうした?」
「…なんであの子、お前の名前知ってんだよ?」
「やっぱりお前にも聞こえた?」
「正也お兄ちゃんってなんだよ。もしかして、お前あの子の父親か?」
 顔に影を落としているのは目に見えて明らかだ。無理やり明るく振る舞おうとして、ふざけているのがわかる。
「言いたいことはそんなことじゃないだろ」
「…あの子、明日香ちゃんの生まれ変わりかもな」
 すでに小さくなった親子の背中を見つめる。十八歳の頃の子供ということは、あの火事の後に生まれた可能性も高い。
 名前が一緒というのはただの偶然だろう。しかし、赤坂には、ただの偶然で片付けたくない気持ちの方が強かった。
「そうなのかもな」
 明香も明日香と同じように、笑うとエクボができた。そんな些細なことでさえ共通点を見出そうとする自分に苦笑いを隠せない。
 明日香は悪霊になんてなっていなかった。赤坂の心の曇りが晴れ渡る。
「俺たちも行くか」
「あぁ。どっか飯でも食いに行かないか?」
 うっすらと闇夜に照らされたグラウンドは通夜というより、皆川を含めた同級生との再会を喜んでいるようだった。
 赤坂も、忘れていたはずの思い出を取り戻し、その空白を埋めるかのように、桜井との再会を心から楽しんだ。
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