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「坂井さんの息子さんのことはどうして殺したんだ?」
首吊りシネマを見にいった当初の理由は、坂井多恵の息子の死体を見つけることだった。公園の公衆トイレと思われる場所で、首を吊った姿がスクリーンに映し出されたことを思い出す。
「たくさん殺しすぎて、誰を殺したとかいちいち覚えてないですよ」
「…皆川のことも、覚えてないのか?」
彼女にとって、殺人はゲームと同じ感覚なのだろう。退屈そうにあくびを噛み締める姿に赤坂の声が一段と低くなる。
「あぁ、飛鳥の友達だった人ですよね。それは覚えてます。というか、皆川さんは私が殺したんじゃありません。彼は本当に自殺だったんです」
「は?」
「たまたま見つけちゃったんですよ。夜中の公園で首を吊る彼のこと」
獲物を探しに出歩いているときに、とある公園に立ち寄った。街灯に照らされて何やらゆっくりと揺れていた。
「そんなこと信じらられるわけがないだろ」
散々人の命を弄んだ話を聞かされてしまっては、はいそうですかと簡単に信じられるはずがなかった。飛鳥はそれを見透かしたように小さく息を吐く。
「まあ、そうですよね。別に、信じてもらわなくて良いですよ。殺す手間が省けたとか、あなたが聞いたらその場でどやされそうな不謹慎な気持ちだったのは確かなので」
彼女は悪戯な笑顔を向ける。
「…皆川の、死体はその後どうしたんだ」
奥歯を噛み締めながらも、挑発のような態度に煽られないように話を続ける。
「その場で映画用に撮影はさせてもらいましたけど、その後は一応ちゃんと警察に届けましたよ。自分で殺したわけじゃないし、一応は血の通った人間なんで」
そこまでいうと、彼女は、あ、と小さく声を上げた。
「そうか。あの男、その時に来た刑事だったんだ」
何かを思い出し、一人で納得したように呟いた。可愛らしい顔に似合わない舌打ちをした。
「その死体が映画に使われていたから、通報者である君を疑ったんだろうな」
「まさかの私のミスってことですか」
彼女は悔しそうに口元を歪めた。
「悪いことは言わない。自首しよう」
捜査をしていた刑事が死んだとしても、その資料などは残っているはずだ。身内を殺されたとなれば、躍起になり犯人を突き止めようとするに違いない。警察は再び飛鳥に疑いの目を向けることになるだろう。
「あなた、馬鹿ですか? 飛鳥には、自分が人を殺した記憶はないんですよ。身に覚えのないことで自首なんてするはずないし、私が出てこない限り、飛鳥の供述ではあやふやなことばかりで、裁判にさえなりませんよ」
「身に覚えがないはずがない」
「だから、何度も言ってますけど、全て私が…」
「身に覚えがあるから、人が人を殺しているところを目撃したと記憶を書き換えしまった。飛鳥ちゃんはその記憶に苦しんでるはずだ」
人が人を殺している、というのは、飛鳥自身のことだ。人格が違い、記憶がなかったとしても、意識として、それは飛鳥の心にしっかりと刻み込まれている。
別の人格を作り出したのは紛れも無く飛鳥自身であり、その体と心は彼女のものであることは変わらない。
「いちいちうるさいな」
「飛鳥ちゃん!」
「全ては、あんたの妹のせい。飛鳥の気持ちを踏み躙ったことが原因なんだよ! くだらないって思うかもしれないけど、飛鳥は本当にあんたのことが好きだったのに」
飛鳥の手が、赤坂の首にかかる。細い腕から出る力は、いとも簡単に赤坂により解かれてしまう。
「ごめん」
飛鳥を抱きしめた。
「赤坂さん?」
戸惑うその声は、飛鳥のものだ。本来の彼女の意識が戻ってきたのだろう。
「ごめん」
ただ、赤坂は謝り続けるだけだった。しかし、飛鳥は何故謝られているのか、その理由がわからない。
「あ、赤坂さん? どうしたんですか?」
「君は、覚えているよね?」
二重人格であろうが、別の人格による殺人であろうが、人を殺したのは飛鳥自身だ。心の片隅にその記憶が入れられた箱のようなものが置かれているはずだ。鍵はかかっておらず、どんなきっかけで開かれるかわからない。赤坂はその箱の蓋に手をかけてみた。
「私が人を殺した? な、何を言ってるんですか?」
「今は確かに、覚えてないかもしれないけど」
「私は…殺人事件の現場を目撃したんです」
「じゃあ、その死体はどこ?」
「わかりません。犯人がどこか違う場所に移動させたんじゃないですか?」
「それは違う」
首吊りシネマを見にいった当初の理由は、坂井多恵の息子の死体を見つけることだった。公園の公衆トイレと思われる場所で、首を吊った姿がスクリーンに映し出されたことを思い出す。
「たくさん殺しすぎて、誰を殺したとかいちいち覚えてないですよ」
「…皆川のことも、覚えてないのか?」
彼女にとって、殺人はゲームと同じ感覚なのだろう。退屈そうにあくびを噛み締める姿に赤坂の声が一段と低くなる。
「あぁ、飛鳥の友達だった人ですよね。それは覚えてます。というか、皆川さんは私が殺したんじゃありません。彼は本当に自殺だったんです」
「は?」
「たまたま見つけちゃったんですよ。夜中の公園で首を吊る彼のこと」
獲物を探しに出歩いているときに、とある公園に立ち寄った。街灯に照らされて何やらゆっくりと揺れていた。
「そんなこと信じらられるわけがないだろ」
散々人の命を弄んだ話を聞かされてしまっては、はいそうですかと簡単に信じられるはずがなかった。飛鳥はそれを見透かしたように小さく息を吐く。
「まあ、そうですよね。別に、信じてもらわなくて良いですよ。殺す手間が省けたとか、あなたが聞いたらその場でどやされそうな不謹慎な気持ちだったのは確かなので」
彼女は悪戯な笑顔を向ける。
「…皆川の、死体はその後どうしたんだ」
奥歯を噛み締めながらも、挑発のような態度に煽られないように話を続ける。
「その場で映画用に撮影はさせてもらいましたけど、その後は一応ちゃんと警察に届けましたよ。自分で殺したわけじゃないし、一応は血の通った人間なんで」
そこまでいうと、彼女は、あ、と小さく声を上げた。
「そうか。あの男、その時に来た刑事だったんだ」
何かを思い出し、一人で納得したように呟いた。可愛らしい顔に似合わない舌打ちをした。
「その死体が映画に使われていたから、通報者である君を疑ったんだろうな」
「まさかの私のミスってことですか」
彼女は悔しそうに口元を歪めた。
「悪いことは言わない。自首しよう」
捜査をしていた刑事が死んだとしても、その資料などは残っているはずだ。身内を殺されたとなれば、躍起になり犯人を突き止めようとするに違いない。警察は再び飛鳥に疑いの目を向けることになるだろう。
「あなた、馬鹿ですか? 飛鳥には、自分が人を殺した記憶はないんですよ。身に覚えのないことで自首なんてするはずないし、私が出てこない限り、飛鳥の供述ではあやふやなことばかりで、裁判にさえなりませんよ」
「身に覚えがないはずがない」
「だから、何度も言ってますけど、全て私が…」
「身に覚えがあるから、人が人を殺しているところを目撃したと記憶を書き換えしまった。飛鳥ちゃんはその記憶に苦しんでるはずだ」
人が人を殺している、というのは、飛鳥自身のことだ。人格が違い、記憶がなかったとしても、意識として、それは飛鳥の心にしっかりと刻み込まれている。
別の人格を作り出したのは紛れも無く飛鳥自身であり、その体と心は彼女のものであることは変わらない。
「いちいちうるさいな」
「飛鳥ちゃん!」
「全ては、あんたの妹のせい。飛鳥の気持ちを踏み躙ったことが原因なんだよ! くだらないって思うかもしれないけど、飛鳥は本当にあんたのことが好きだったのに」
飛鳥の手が、赤坂の首にかかる。細い腕から出る力は、いとも簡単に赤坂により解かれてしまう。
「ごめん」
飛鳥を抱きしめた。
「赤坂さん?」
戸惑うその声は、飛鳥のものだ。本来の彼女の意識が戻ってきたのだろう。
「ごめん」
ただ、赤坂は謝り続けるだけだった。しかし、飛鳥は何故謝られているのか、その理由がわからない。
「あ、赤坂さん? どうしたんですか?」
「君は、覚えているよね?」
二重人格であろうが、別の人格による殺人であろうが、人を殺したのは飛鳥自身だ。心の片隅にその記憶が入れられた箱のようなものが置かれているはずだ。鍵はかかっておらず、どんなきっかけで開かれるかわからない。赤坂はその箱の蓋に手をかけてみた。
「私が人を殺した? な、何を言ってるんですか?」
「今は確かに、覚えてないかもしれないけど」
「私は…殺人事件の現場を目撃したんです」
「じゃあ、その死体はどこ?」
「わかりません。犯人がどこか違う場所に移動させたんじゃないですか?」
「それは違う」
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