自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

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「誰かが俺を呼んだ」
 赤坂は目を開いた。目の前には、自分を心配そうに見つめる飛鳥の顔がある。
 過去のことをこうも鮮明に思い出すのはいつ以来だろうか。はっきりと記憶の中で、覚えていない声が自分を呼んだ。しかし、その声はとても身近なものだと確信した。
「赤坂さん?」
「飛鳥ちゃん、五年ほど前のことなんだけど、男が女性を刺した事件の現場にいた?」
「え、」
 不意の質問だからか、もしくは思い出したくない触れられたくない記憶だったの、飛鳥の顔色が変わる。
「いきなりごめん」
「あ、いえ…はい。私そこにいました。赤坂さんもいましたよね」
 やはり、飛鳥もあの場にいた。未だに痛む左目が何かを訴えているように感じた。
       ※
       ※ 
 赤坂は病院に搬送された。所持しているものはカッターナイフだけだったが、処置のために看護師が靴を脱がした際に、中から紙切れが落ちてきた。
 拾い上げ確認すると、そこには赤坂本人の名前と、保護者としての速水の名前や携帯電話の番号が記されていた。実際に本人なのか確証はないが、看護師はその番号に電話をかけた。
 電話に出た速水と名乗る男に、赤坂が倒れたと伝えた。冷静なやり取りの中で、内心では慌てていることが看護師にも伝わった。赤坂の安否を確認する声がうわずっていた。
「赤坂さんは大丈夫ですよ。ただ、目の前で事件を目撃したようで、そのショックで気を失われたようです。今からこちらに来られますか?」
 速水は返事もそこそこに受話器を置いた。看護師もそれが肯定の返事として捉えた。
       ※
昔話を思い出しながら、速水は携帯電話を握りしめていた。あの日、赤坂は倒れた。なぜあの時、飛び出した彼をすぐにでも追いかけなかったのか。面倒だったことはない。今でも赤坂を守るという気持ちに嘘偽りはない。
 速水の貧乏ゆすりでダイニングノイズが小刻みに揺れている。爪をかみながら時計を見る。桜井飛鳥の家に行くと彼が出て行ってから二時間が経過した。
「大丈夫かな」
 携帯に電話をかけても出ない。逆に、赤坂からの着信もない。なんの連絡がないということは無事なのだろうか。電話をかけられない状況ということもあり得る。イライラと不安のつのる脳裏に、ふと、昼間の情景が浮かんだ。
 桜井飛鳥は客としてやってきた。第一印象は可愛らしい少女といったところだ。依頼の内容に多少の違和感があったが、思い過ごしだとするなら、あまりにも酷だと思った。警護をつけることで、彼女の気持ちが少しでも和らぐなら、と彼女の要望を受け入れた。契約をしているスタッフに電話をしようとする速水を彼女は制した。
 事務所には、スタッフの名前や顔などがわかるものは置いていない。
「なんで、彼女は赤坂君がここにいるって知っていたんだろう」
 友達の妹だとは聞かされたが、赤坂が自分の過去を知るものに、今の自分のことを容易に話すとは思えなかったし、そもそも過去を知る人間との関わりはできるだけ絶っていたはずだ。
「なんで…あっ、赤坂君!」
 携帯に着信が来る。表示は『赤坂』となっており、ひとまず胸を撫で下ろした。
「赤坂君! うん、わかった。今から行くね」
 赤坂から、迎えにきて欲しいという内容の電話だった。電話越しの声は、申し訳なさそうに沈んでいたが、速水は嬉しさを隠しきれないでいた。弱っているだろう赤坂には申し訳ないが、頼られているようで嬉しかった。
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