自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

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 ここで寝てねと与えられた個室で赤坂の目が開いた。久しぶりに布団の暖かさに包まれ優しい匂いが鼻腔をくすぐる。外ではなく家にいるのだと再認識した。
 自分の家ではないことを除けば、そこは居心地が良かった。しかし、他人の家だと自覚すると、気持ちが騒ついていくのがわかった。
 ニコニコと笑う物好きの顔が浮かんだ。理由が必要なのかと言われたが、昨日今日で初めて会った人間を自分の家に招き入れることに理由が必要ないとは思えなかった。温かい風呂や、美味しいご飯まで準備されていたのだ。意味もなく行うには速水にはなんのメリットもないはずだ。
 まさか、男を好きなのかとも思ったが、そんな考えこそまさか、と一笑に付した。
 それについては、何も考えないと何度も思ったが、謎が多すぎる。彼には、自分をこの家に招き入れるだけの収入があるのか、なぜ、三十分も離れたあの場所に自分がいるとわかったのか、など考えれば考えるほど疑問が湧き出てくる。ただの気まぐれなのかもしれない。
(そんな一時の感情で拾われたり捨てられたりしたらたまったものじゃない)
 唸るように声を上げ、頭を掻きむしる。そんなことならいっそのこと放っておいてほしかった。近所の人間のように見て見ぬ振りをして欲しかった。あのままだったらきっと、自ら死を選んでいた。それが最善だったに違いないのに。中途半端な優しさほど、残酷なものはない。右目から流れる涙に頭痛が誘発される。
 気づけば二度寝をしていたのか、夜の七時を指していたはずの時計の針が、九時を示していた。しかし、外は明るい。
「寝過ぎた」
 居候なのかも微妙なところだが、寝坊できる立場にないことは自覚していた。慌てて飛び起き、部屋を出る。
「あ、おはよう。よく眠れたかな?」
 唖然とするというのはこのことか。家に住まわせてやっている少年が明らかに遅い時間に目覚めてもなお、この家の主人である男はニコニコとしている。それがさも当然かのように、よく眠れたかなどと聞いてくる。
「は、はい」
 そう答えるしかなかった。
「よかった。さあ、ご飯できてるから食べようか」
 りっぱな朝食が並んでいる。白飯の湯気が空腹を刺激する。思わずなったお腹を押さえる。
「早く食べないと冷めちゃうよ」
「なんで…」
 食べたいの山々だ。しかし、ここまで親切にされるのか。意味がわからない。男が好きだからなんて冗談を考える余裕もない。またどうせ追い出されるんだ。気まぐれに拾って気まぐれに捨てられるに違いない。
「どうしたの?」
 赤坂の肩に手を乗せる。
 しかし、赤坂はそれを払い除けて叫んだ。
「なんで、あんたは俺に優しくしてくれるんだよ。あんたにはなんのメリットもないのに!」
 速水は困ったように笑った。
「メリットがなければ人に優しくしちゃいけないのかな?」
「普通はそうじゃないんですか。なんの見返りも価値もない人間に、ここまで親切にしてなんの意味があるんだよ」
 そんなのは偽善だと言い放つと、我に返ったように速水を見た。流石に言いすぎたと感じた。速水はポカンとしていたが、すぐに笑顔に戻った。
「僕のことは、どう思ってくれてもいいけど、自分のことは大切にしなきゃダメだ」
 速水は赤坂の腕を掴む。袖を捲った。
「やめろ!」
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