29 / 57
29
しおりを挟む
車を走らせること三十分ほどで、速水の自宅に着いた。速水は玄関先に準備していた衣服の替えを赤坂に手渡した。
「お風呂沸いてるから、温まってきて」
速水は最初から赤坂を迎えに行くつもりだったのか、夕方の時間からすでにお風呂が沸いていた。
些細な疑問が浮かぶが、どうでもよかった。ここが永久的に居場所になる確証はないが、当面を過ごすことができるならいいと感じた。
浴室にこもる湯気が目に沁みる。左目を閉じるが、涙が溢れるのは右目からだけだった。ツンと痛む鼻先をつまむ。
湯船に冷え切った体を浸からせる。じわりと溶ける体とは裏腹に、心はいまだに凍っていた。なぜ速身について来たのか。そのことは、赤坂にも疑問だった。
ヘラヘラと頼りない雰囲気の男を思い浮かべる。自分のような面倒な人間を積極的に自分のテリトリーに入れるような人間には思えなかった。いや、むしろ人間というものはそういうものではないか。近所の人間だって、結局は自分と関わることを放棄した。余計に速水の存在が異質のものに思えた。何か裏でもあるのか。
しかし、変に疑ってしまって機嫌を損ね追い出されてしまっては意味がない。当分はおとなしくしておいた方が得策だと、納得し湯船に顔をつけた。
風呂から上がると、キッチンに案内された。ダイニングテーブルには十八歳の男が好みそうな料理が並んでいる。腹の虫が鳴る。速水は軽く微笑み、椅子を引く。
「さあ、座って」
腹の虫を鳴らしながらも、立ち尽くしている赤坂に座るように促す。
「あ、はい」
いい匂いだ。車の中で思い浮かべていた母親の手料理と同じだ。久しぶりに食べる温かい料理だった。屋根の下で椅子に座ることも一週間ぶりだった。当たり前だったことが当たり前ではなくなったその一瞬を思い出した。
料理に手を伸ばす。しかし、不意になぜだと疑問が頭に浮かぶ。抑えなければならない感情だった。
「なんで」
「え?」
速水はハンバーグを頬張りながら赤坂を見る。
「なんで、見ず知らずの俺にここまでしてくれるんですか?」
変に疑わないと決めたが、疑わずにはいられなかった。不気味だったのだ。歳は自分より上だとは言え、まだ若いようにも思える男が、他人の世話をしようとするだろうか。何か裏があるのではないか。
「別に意味はないよ」
お茶を飲みながら、速水はそう言った。
「意味がないって…そんなわけ」
「意味が必要なのかな?」
赤坂は、これ以上何を聞いても無駄だと、追求することをやめた。底なしのお人好しなのだろうと結論づけることにした。
「お風呂沸いてるから、温まってきて」
速水は最初から赤坂を迎えに行くつもりだったのか、夕方の時間からすでにお風呂が沸いていた。
些細な疑問が浮かぶが、どうでもよかった。ここが永久的に居場所になる確証はないが、当面を過ごすことができるならいいと感じた。
浴室にこもる湯気が目に沁みる。左目を閉じるが、涙が溢れるのは右目からだけだった。ツンと痛む鼻先をつまむ。
湯船に冷え切った体を浸からせる。じわりと溶ける体とは裏腹に、心はいまだに凍っていた。なぜ速身について来たのか。そのことは、赤坂にも疑問だった。
ヘラヘラと頼りない雰囲気の男を思い浮かべる。自分のような面倒な人間を積極的に自分のテリトリーに入れるような人間には思えなかった。いや、むしろ人間というものはそういうものではないか。近所の人間だって、結局は自分と関わることを放棄した。余計に速水の存在が異質のものに思えた。何か裏でもあるのか。
しかし、変に疑ってしまって機嫌を損ね追い出されてしまっては意味がない。当分はおとなしくしておいた方が得策だと、納得し湯船に顔をつけた。
風呂から上がると、キッチンに案内された。ダイニングテーブルには十八歳の男が好みそうな料理が並んでいる。腹の虫が鳴る。速水は軽く微笑み、椅子を引く。
「さあ、座って」
腹の虫を鳴らしながらも、立ち尽くしている赤坂に座るように促す。
「あ、はい」
いい匂いだ。車の中で思い浮かべていた母親の手料理と同じだ。久しぶりに食べる温かい料理だった。屋根の下で椅子に座ることも一週間ぶりだった。当たり前だったことが当たり前ではなくなったその一瞬を思い出した。
料理に手を伸ばす。しかし、不意になぜだと疑問が頭に浮かぶ。抑えなければならない感情だった。
「なんで」
「え?」
速水はハンバーグを頬張りながら赤坂を見る。
「なんで、見ず知らずの俺にここまでしてくれるんですか?」
変に疑わないと決めたが、疑わずにはいられなかった。不気味だったのだ。歳は自分より上だとは言え、まだ若いようにも思える男が、他人の世話をしようとするだろうか。何か裏があるのではないか。
「別に意味はないよ」
お茶を飲みながら、速水はそう言った。
「意味がないって…そんなわけ」
「意味が必要なのかな?」
赤坂は、これ以上何を聞いても無駄だと、追求することをやめた。底なしのお人好しなのだろうと結論づけることにした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

消えた弟
ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。
大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。
果たして消えた弟はどこへ行ったのか。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる