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足が止まった。
その瞬間、一際大きな音を立てながら家が崩れた。
火の粉が赤坂の左目を直撃した。熱くて痛いはずなのに、彼は燃え尽きる家を眺めていた。
結局家は消失してしまい、明日香も遺体で見つかった。明日香の遺体を目の前にしても赤坂は泣くこともしなかった。そんな彼を、周囲の人間は、続く不幸に混乱しているのだろう、と、不憫に思っていた。
処置をした自分の顔を鏡に映した。眼帯のはめられた左目が痛んでいる。
あの時、明日香が死ねばいいと思った。そして今も死んでよかったと思っている。遺体を前にして泣かなかったのではなく、哀しくなくて泣けなかったのだ。
火の粉を投じ、左目の痛みをもたらすのは、見殺しにした明日香の怒りに違いない。眼帯を外す。灰色の瞳がギョロリと動く。視力は奇跡的に失ってはいなかった。
奇跡と言ってしまっていいのか。赤坂は小さく笑った。汚いものや恐ろしいものなど、負に塗れた様々なものをこれからも見ていくのだ。そのたびに、この左目が波打つように痛むかも知れない。
本来なら、入院をしなければならないが、赤坂は病院を抜け出した。
家があった場所は既に更地になっており、土地にもロープがはられているため、中には入れない。しかし、赤坂には帰る場所はここ以外になかった。近所の人が、家に来るように誘うが、それさえも断りその場から動こうとはしなかった。
赤坂はずっとそこの場所にいた。時折トイレなどで移動するぐらいで、一週間ほどをその場で過ごしていた。
とある大雨の日、降りしきる雨に打たれてもなお、赤坂は立ち尽くしていた。もはや、誰も声をかけるものいなかった。腫れ物を扱うように彼を見ようともしなかった。
一人、彼に近づこうとする人物がいた。近所に住む誰とも違い、見かけない顔だった。茶色い傘を片手に、革靴の音を響かせる。
「僕のところにおいで」
初めてではない言葉だが、どこか懐かしい声にその言葉は、彼の胸に落ち着いた。雨で濡れた顔をゆっくり上下に揺らした。
男は、速水晶と名乗った。なぜ彼についていこうと思ったのか、赤坂自身にもわからない。ただ、今の自分や昔の自分を知る人間ではないというのが大きかった。
周囲の好奇に満ちた目を無視するように速水の車に乗り込んだ。離れていくかっての家があった場所が離れていく。振り返ると、そこには確かに家があった。母親の作った料理や、父親の豪快な笑い声、明日香と毎日のようにしていた口喧嘩、いろいろな思い出が駆け巡っていく。赤坂は、大粒の涙をこぼし溢れ出る嗚咽を我慢することなく垂れ流した。両親を亡くし、火事で妹を無くして初めて泣いた。速水は、バックミラーを見ながら小さく微笑んだ。
その瞬間、一際大きな音を立てながら家が崩れた。
火の粉が赤坂の左目を直撃した。熱くて痛いはずなのに、彼は燃え尽きる家を眺めていた。
結局家は消失してしまい、明日香も遺体で見つかった。明日香の遺体を目の前にしても赤坂は泣くこともしなかった。そんな彼を、周囲の人間は、続く不幸に混乱しているのだろう、と、不憫に思っていた。
処置をした自分の顔を鏡に映した。眼帯のはめられた左目が痛んでいる。
あの時、明日香が死ねばいいと思った。そして今も死んでよかったと思っている。遺体を前にして泣かなかったのではなく、哀しくなくて泣けなかったのだ。
火の粉を投じ、左目の痛みをもたらすのは、見殺しにした明日香の怒りに違いない。眼帯を外す。灰色の瞳がギョロリと動く。視力は奇跡的に失ってはいなかった。
奇跡と言ってしまっていいのか。赤坂は小さく笑った。汚いものや恐ろしいものなど、負に塗れた様々なものをこれからも見ていくのだ。そのたびに、この左目が波打つように痛むかも知れない。
本来なら、入院をしなければならないが、赤坂は病院を抜け出した。
家があった場所は既に更地になっており、土地にもロープがはられているため、中には入れない。しかし、赤坂には帰る場所はここ以外になかった。近所の人が、家に来るように誘うが、それさえも断りその場から動こうとはしなかった。
赤坂はずっとそこの場所にいた。時折トイレなどで移動するぐらいで、一週間ほどをその場で過ごしていた。
とある大雨の日、降りしきる雨に打たれてもなお、赤坂は立ち尽くしていた。もはや、誰も声をかけるものいなかった。腫れ物を扱うように彼を見ようともしなかった。
一人、彼に近づこうとする人物がいた。近所に住む誰とも違い、見かけない顔だった。茶色い傘を片手に、革靴の音を響かせる。
「僕のところにおいで」
初めてではない言葉だが、どこか懐かしい声にその言葉は、彼の胸に落ち着いた。雨で濡れた顔をゆっくり上下に揺らした。
男は、速水晶と名乗った。なぜ彼についていこうと思ったのか、赤坂自身にもわからない。ただ、今の自分や昔の自分を知る人間ではないというのが大きかった。
周囲の好奇に満ちた目を無視するように速水の車に乗り込んだ。離れていくかっての家があった場所が離れていく。振り返ると、そこには確かに家があった。母親の作った料理や、父親の豪快な笑い声、明日香と毎日のようにしていた口喧嘩、いろいろな思い出が駆け巡っていく。赤坂は、大粒の涙をこぼし溢れ出る嗚咽を我慢することなく垂れ流した。両親を亡くし、火事で妹を無くして初めて泣いた。速水は、バックミラーを見ながら小さく微笑んだ。
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