自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

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事務所を後にした桜井飛鳥は、一人暮らしをしている自宅に戻るとすぐに、服を着替えた。黒のスウェットと黒のスキニーパンツに身を包み、再び玄関に向かう。黒色のスニーカーに足を潜らせる。手には大きなカバンを持ち、外に出た。
 夕闇に染まった空は黒さを帯びていく。事務所での会話の内容とは矛盾している気もするが、飛鳥はこれから闇に包まれている町に身を投じようとしている。
 虚ろに開かれた目は、どこを見ているのか分からないが、しっかりとした足取りで、地を踏み締め歩いて行った。
 アスファルトを蹴る革靴の音が、背後から響いてくる。後ろから誰がが歩いてくる。住宅街だから、帰宅途中の人間だと考えるのが普通だ。
 飛鳥は、ちらりと後ろを確認するように小さく振り返った。メガネにスーツ姿のサラリーマン風の男性が携帯を片手に歩いている。飛鳥の視線には気づいていない。しかし、飛鳥はその男性を気にするように、歩みを早めた。曲がり角を見つけると、そこを曲がった。男がついてこないことを確認すると、ホッとした表情を浮かべ、そのまま、男と同じ道を再び歩き始めた。今度は、まるで飛鳥が男の跡を追いかける形になった。
       ※
「あっ!」
 晩ご飯を食べ終え、赤坂はソファに座りながらテレビを見ている。一回の事務所で速水が声を上げ、赤坂にも聞こえた。
「どうしたんですか?」
 階下の速水に尋ねる。
「ピアスが落ちてた」
 そういうと、速水は二階に上がってきた。
「これ、桜井さんのものかな?」
 速水の手には、貝殻のモチーフをつけたピアスがあった。
「そうですね」
 ここ最近で、このようなものをつけている客は来ていないし、契約しているスタッフも何人かきたが、ピアスをしている人間はいなかった。
「どうしよう」
 速水の言葉に、赤坂は時計を見た。八時前だ。
 明日に手渡すということも考えたが、忘れてしまう可能性もある。こういうことは思い立ったが吉日という言葉もあるように、今から行こうと立ち上がった。テレビもそろそろ終わるし、行くとしたら今しかない。
「俺、行きますよ」
「え? 今から?」
「明日だと忘れそうで」
 赤坂は、速水からピアスを受け取る。
「ありがとう」
 携帯と財布を持ち、玄関を出る。
 ドアの前で立ち止まると、携帯を開く。
「一応、電話してから行くか」
 交換しておいた飛鳥の携帯電話の番号を表示させる。通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。
 何度も呼び出しの音はなるが、飛鳥が出る気配はない。
「出ないな」
 携帯の近くにいないことを考え、念のためにと聞いておいた自宅の電話にもかけてみる。
 しかし、飛鳥が出ることはなかった。まさか家にいないのか。トイレや風呂などと考えられることはあるが、嫌な予感もする。まさか、とは思いながら空を見上げる。
 あんなにも怯えていた子が、こんな夜空の下を歩こうとするだろうか。足は自然と飛鳥の家に向かっていた。
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