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少女の母親が無理心中を図ったことを、担任が知ったのは、その日の深夜のことだった。携帯の液晶には、小学校の名前が表示されている。学校でなにか起こったのか。
出るや否や、男性教師の野太い声が怒鳴っていた。
「…え? 無理心中?」
まさに、昼間にいじめのことで電話をかけたあの少女のことだった。
放課後になり、少女と少し話をした。電話に出た母親が、じっくりと話を聞くと言ったこと、正直に話してほしいと言われたことを彼女に伝えた。
「彼女の中学生の兄が、今日はたまたま彼女より早く帰っていたみたいです」
担任からの電話で、愛娘のいじめを知った母親は、父親にも電話をしたのだろう。兄が家に戻ってきた頃には、両親が揃っていた。
泣き叫び話もできない母親を諌める父親。
見たことのないまるで地獄絵図のようなその景色に、兄はただ立ち尽くしていた。
ただいま、と少し浮かない声が響く。少女が帰ってきたのだ。
母親はそれに気づくと、動きを止めた。
ホッとする父親と兄だったが、少女が姿を表すと、母親はにたりと笑った。
「みんなで死にましょう。そうしましょう。死んだらいいんだわ」
口角を上げたまま、楽しげに、しかし、言葉は裏腹に残酷だ。納戸の中にしまってあるロープを取り出した。
「母さん!」
彼女がとんでもないことをしようとしていることは兄にもわかった。
「お母さん、どうしたの?」
いつもとは違う母親に、少女も戸惑った。何がそうさせているのか。まさか、自分がいじめられていることが原因なのか。
「いじめられているのね。可哀想な子…」
そう言うと、母親は少女の小さな首にロープをかけた。
「母さん! やめてよ!」
兄がその手を振り解く。
母親の黒目が兄に向く。
「なんで邪魔をするの? ああ、お兄ちゃんが先に死にたいのね」
ロープを兄にかけようとするが、父親が庇うように前に出たことで阻止された。
「いじめなんて、きっと時間が解決してくれるよ。そう言う時こそ家族で力を合わせないと…」
「もう良いわ」
誰もわかってくれない、と母親は家を飛び出した。手にはロープが握られたままだった。
三人は彼女を追いかけたが、飛び出すとすでにそこに、彼女の姿はなかった。
「お母さん…」
自分のせいで、母親がおかしくなったのかもしれない。少女は、拳を握った。
(殺されかけたのに、あんな女のこと心配してるなんて馬鹿みたい)
不意に聞こえた、家族や自分以外の声。少女は慌てて振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
「お父さんは、こっちを探すから、お前らはあっちを頼む」
父親が指差す方に頷きながら兄は走り出そうとする。
「行くぞ!」
妹の手を握り走り出す。
「っ、お兄ちゃん!」
「どうした?」
彼女は何でもない、と首を横に振った。先ほど聞こえた声が、自分の心の中から聞こえてきたことを少女は不気味に思った。そしてその声は、公園の公衆トイレに行けとまで言ってきたのだ。
きっとそこに母親がいる。直感的にそう思った。
トイレに行きたい、と言う少女に、兄はこんな時にと憤慨した。
「トイレがしたいわけじゃないの。嫌な予感がするから」
自分の服の袖を掴む妹の腕が震えている。ただならない様子に兄は頷いた。
「わかった。一緒に行こう」
出るや否や、男性教師の野太い声が怒鳴っていた。
「…え? 無理心中?」
まさに、昼間にいじめのことで電話をかけたあの少女のことだった。
放課後になり、少女と少し話をした。電話に出た母親が、じっくりと話を聞くと言ったこと、正直に話してほしいと言われたことを彼女に伝えた。
「彼女の中学生の兄が、今日はたまたま彼女より早く帰っていたみたいです」
担任からの電話で、愛娘のいじめを知った母親は、父親にも電話をしたのだろう。兄が家に戻ってきた頃には、両親が揃っていた。
泣き叫び話もできない母親を諌める父親。
見たことのないまるで地獄絵図のようなその景色に、兄はただ立ち尽くしていた。
ただいま、と少し浮かない声が響く。少女が帰ってきたのだ。
母親はそれに気づくと、動きを止めた。
ホッとする父親と兄だったが、少女が姿を表すと、母親はにたりと笑った。
「みんなで死にましょう。そうしましょう。死んだらいいんだわ」
口角を上げたまま、楽しげに、しかし、言葉は裏腹に残酷だ。納戸の中にしまってあるロープを取り出した。
「母さん!」
彼女がとんでもないことをしようとしていることは兄にもわかった。
「お母さん、どうしたの?」
いつもとは違う母親に、少女も戸惑った。何がそうさせているのか。まさか、自分がいじめられていることが原因なのか。
「いじめられているのね。可哀想な子…」
そう言うと、母親は少女の小さな首にロープをかけた。
「母さん! やめてよ!」
兄がその手を振り解く。
母親の黒目が兄に向く。
「なんで邪魔をするの? ああ、お兄ちゃんが先に死にたいのね」
ロープを兄にかけようとするが、父親が庇うように前に出たことで阻止された。
「いじめなんて、きっと時間が解決してくれるよ。そう言う時こそ家族で力を合わせないと…」
「もう良いわ」
誰もわかってくれない、と母親は家を飛び出した。手にはロープが握られたままだった。
三人は彼女を追いかけたが、飛び出すとすでにそこに、彼女の姿はなかった。
「お母さん…」
自分のせいで、母親がおかしくなったのかもしれない。少女は、拳を握った。
(殺されかけたのに、あんな女のこと心配してるなんて馬鹿みたい)
不意に聞こえた、家族や自分以外の声。少女は慌てて振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
「お父さんは、こっちを探すから、お前らはあっちを頼む」
父親が指差す方に頷きながら兄は走り出そうとする。
「行くぞ!」
妹の手を握り走り出す。
「っ、お兄ちゃん!」
「どうした?」
彼女は何でもない、と首を横に振った。先ほど聞こえた声が、自分の心の中から聞こえてきたことを少女は不気味に思った。そしてその声は、公園の公衆トイレに行けとまで言ってきたのだ。
きっとそこに母親がいる。直感的にそう思った。
トイレに行きたい、と言う少女に、兄はこんな時にと憤慨した。
「トイレがしたいわけじゃないの。嫌な予感がするから」
自分の服の袖を掴む妹の腕が震えている。ただならない様子に兄は頷いた。
「わかった。一緒に行こう」
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