自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

文字の大きさ
上 下
20 / 57

20

しおりを挟む
 少女の母親が無理心中を図ったことを、担任が知ったのは、その日の深夜のことだった。携帯の液晶には、小学校の名前が表示されている。学校でなにか起こったのか。
 出るや否や、男性教師の野太い声が怒鳴っていた。
「…え? 無理心中?」
 まさに、昼間にいじめのことで電話をかけたあの少女のことだった。
 放課後になり、少女と少し話をした。電話に出た母親が、じっくりと話を聞くと言ったこと、正直に話してほしいと言われたことを彼女に伝えた。
「彼女の中学生の兄が、今日はたまたま彼女より早く帰っていたみたいです」

 担任からの電話で、愛娘のいじめを知った母親は、父親にも電話をしたのだろう。兄が家に戻ってきた頃には、両親が揃っていた。
 泣き叫び話もできない母親を諌める父親。
見たことのないまるで地獄絵図のようなその景色に、兄はただ立ち尽くしていた。
 ただいま、と少し浮かない声が響く。少女が帰ってきたのだ。
 母親はそれに気づくと、動きを止めた。
 ホッとする父親と兄だったが、少女が姿を表すと、母親はにたりと笑った。
「みんなで死にましょう。そうしましょう。死んだらいいんだわ」
 口角を上げたまま、楽しげに、しかし、言葉は裏腹に残酷だ。納戸の中にしまってあるロープを取り出した。
「母さん!」
 彼女がとんでもないことをしようとしていることは兄にもわかった。
「お母さん、どうしたの?」
 いつもとは違う母親に、少女も戸惑った。何がそうさせているのか。まさか、自分がいじめられていることが原因なのか。
「いじめられているのね。可哀想な子…」
 そう言うと、母親は少女の小さな首にロープをかけた。
「母さん! やめてよ!」
 兄がその手を振り解く。
 母親の黒目が兄に向く。
「なんで邪魔をするの? ああ、お兄ちゃんが先に死にたいのね」
 ロープを兄にかけようとするが、父親が庇うように前に出たことで阻止された。
「いじめなんて、きっと時間が解決してくれるよ。そう言う時こそ家族で力を合わせないと…」
「もう良いわ」
 誰もわかってくれない、と母親は家を飛び出した。手にはロープが握られたままだった。
 三人は彼女を追いかけたが、飛び出すとすでにそこに、彼女の姿はなかった。
「お母さん…」
 自分のせいで、母親がおかしくなったのかもしれない。少女は、拳を握った。
(殺されかけたのに、あんな女のこと心配してるなんて馬鹿みたい)
 不意に聞こえた、家族や自分以外の声。少女は慌てて振り返った。
 しかし、そこには誰もいない。
「お父さんは、こっちを探すから、お前らはあっちを頼む」
 父親が指差す方に頷きながら兄は走り出そうとする。
「行くぞ!」
 妹の手を握り走り出す。
「っ、お兄ちゃん!」
「どうした?」
 彼女は何でもない、と首を横に振った。先ほど聞こえた声が、自分の心の中から聞こえてきたことを少女は不気味に思った。そしてその声は、公園の公衆トイレに行けとまで言ってきたのだ。
 きっとそこに母親がいる。直感的にそう思った。
 トイレに行きたい、と言う少女に、兄はこんな時にと憤慨した。
「トイレがしたいわけじゃないの。嫌な予感がするから」
 自分の服の袖を掴む妹の腕が震えている。ただならない様子に兄は頷いた。
「わかった。一緒に行こう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

魔女の虚像

睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。 彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。 事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。 ●エブリスタにも掲載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

どんでん返し

井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

回想録

高端麻羽
ミステリー
古き良き時代。 街角のガス灯が霧にけぶる都市の一角、ベィカー街112Bのとある下宿に、稀代の名探偵が住んでいた。 この文書は、その同居人でありパートナーでもあった医師、J・H・ワトスン氏が記した回想録の抜粋である。

処理中です...