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便利屋の事務所には、一人の若い女性が客として訪ねてきていた。長い黒髪が印象的な色白の美しい少女だった。速水の淹れたお茶を一口飲むだけで、何も話そうとはしない。どこか怯えているかのように、視線を泳がしている。
「大丈夫? 何か怖い体験をしたのかな?」
焦らせることなく、速水は少女の正面に座る。人好きのする穏やかな笑顔を浮かべた。少女は自分の名前さえ名乗っていなかったが、速水はそれを聞き出すこともせず、優しく見守るように接している。
「…見ちゃったんです」
「え?」
まさかお化け、と本気で思って身構える。グロテスクなものも苦手だが、心霊現象なども人一倍苦手なのだ。
「み、見たって、これ?」
胸の前に手を垂れさせる速水に、少女は首を横に振った。
「そ、そうだよね…ごめんね」
話を遮ったことを詫びる。
「いえ…」
少女はそんな速水に少し落ち着いてきたのか、消え入りそうな声だが、ポツポツと話し始めた。軽く深呼吸をすると、意を決したかのように、声のトーンを少し上げた。
「大学の帰り道、最寄駅を降りてからの話なんですけど、男の人が、人を殺しているところを…見てしまったんです」
速水は、その先を促すように頷いた。
落ち着きを取り戻したように見えた少女だったが、話したことで記憶に蘇ってしまったのか、体を震わせた。
「大丈夫だよ。怖かったね。全部話して楽になろう」
少女に近寄りその背中を撫でる。
「ありがとうございます…いつもより、帰りが遅くなって、近道だからいつもは通らない道を通って帰ろうと思ったんです」
街灯は少ないが近道になる公園の中を通って帰ることにした。真っ暗とまでは言わないが、昼間や駅前の賑やかさとは比べ物にならないくらい静まりかえっていて不気味だ。足早に立ち去ろうと歩みを早めたとたん、植え込みから物音がした。
野良猫だろうと、気持ちを落ち着かせながら通り過ぎるようにしたが、再び同じような音がした。立ち止まると、恐る恐る音がした方を見る。
植え込みは、そのまま散歩などができる遊歩道繋がっている。そこ自体は木々が生い茂っているため、夜となると本当に暗闇だ。
はっきりと何かはわからなかったが、何かが動いている。人だ。何故かそう思った。よせばいいのに目を凝らした。
「人が人を襲っているように見えました」
そう見えたというだけで確信はない。そこにいたのが本当に人間だったのか、むしろ何もなかった可能性だってある。速水はあえて言わないでおいたが、恐怖が作り出す幻覚を見たのかもしれない。しかし、この少女には何を言っても気休めにしかならないだろう。自分が見たものは殺人の現場だと信じ込んでましたっているのだ。
警察にも行ったのだろう。しかし、それだけでは証拠もないため、何もできないのが現実だ。
「そう…怖かったね」
少女は頷き、顔を上げる。涙を溜めた瞳で速水を見つめる。
「お願いします。私に警護を付けてください」
「警護か。分かりました、こちらが契約しているスタッフに空きがあるか確認してみます」
速水と赤坂以外のスタッフは、普段は別の仕事をしている人や、学生などがいる。都合がつけば仕事をしてもらういわゆる登録制という形をとっている。中には主婦もいて、主に家事の依頼や、ベビーシッターなどの仕事を受けてもらっている。
「赤坂さんに頼みたいんです」
「え?」
「こちらに、赤坂正也いらっしゃいますよね? 彼に頼みたいんです」
「赤坂くんのこと、知ってるの?」
赤坂は首吊り映画の件で忙しくしている。せっかくのご指名だが、勝手に了承することはできない。
「あ、私名乗っていませんでしたね。私、桜井飛鳥って言います」
少女はにっこりと笑いながらそう言った。
便利屋の事務所には、一人の若い女性が客として訪ねてきていた。長い黒髪が印象的な色白の美しい少女だった。速水の淹れたお茶を一口飲むだけで、何も話そうとはしない。どこか怯えているかのように、視線を泳がしている。
「大丈夫? 何か怖い体験をしたのかな?」
焦らせることなく、速水は少女の正面に座る。人好きのする穏やかな笑顔を浮かべた。少女は自分の名前さえ名乗っていなかったが、速水はそれを聞き出すこともせず、優しく見守るように接している。
「…見ちゃったんです」
「え?」
まさかお化け、と本気で思って身構える。グロテスクなものも苦手だが、心霊現象なども人一倍苦手なのだ。
「み、見たって、これ?」
胸の前に手を垂れさせる速水に、少女は首を横に振った。
「そ、そうだよね…ごめんね」
話を遮ったことを詫びる。
「いえ…」
少女はそんな速水に少し落ち着いてきたのか、消え入りそうな声だが、ポツポツと話し始めた。軽く深呼吸をすると、意を決したかのように、声のトーンを少し上げた。
「大学の帰り道、最寄駅を降りてからの話なんですけど、男の人が、人を殺しているところを…見てしまったんです」
速水は、その先を促すように頷いた。
落ち着きを取り戻したように見えた少女だったが、話したことで記憶に蘇ってしまったのか、体を震わせた。
「大丈夫だよ。怖かったね。全部話して楽になろう」
少女に近寄りその背中を撫でる。
「ありがとうございます…いつもより、帰りが遅くなって、近道だからいつもは通らない道を通って帰ろうと思ったんです」
街灯は少ないが近道になる公園の中を通って帰ることにした。真っ暗とまでは言わないが、昼間や駅前の賑やかさとは比べ物にならないくらい静まりかえっていて不気味だ。足早に立ち去ろうと歩みを早めたとたん、植え込みから物音がした。
野良猫だろうと、気持ちを落ち着かせながら通り過ぎるようにしたが、再び同じような音がした。立ち止まると、恐る恐る音がした方を見る。
植え込みは、そのまま散歩などができる遊歩道繋がっている。そこ自体は木々が生い茂っているため、夜となると本当に暗闇だ。
はっきりと何かはわからなかったが、何かが動いている。人だ。何故かそう思った。よせばいいのに目を凝らした。
「人が人を襲っているように見えました」
そう見えたというだけで確信はない。そこにいたのが本当に人間だったのか、むしろ何もなかった可能性だってある。速水はあえて言わないでおいたが、恐怖が作り出す幻覚を見たのかもしれない。しかし、この少女には何を言っても気休めにしかならないだろう。自分が見たものは殺人の現場だと信じ込んでましたっているのだ。
警察にも行ったのだろう。しかし、それだけでは証拠もないため、何もできないのが現実だ。
「そう…怖かったね」
少女は頷き、顔を上げる。涙を溜めた瞳で速水を見つめる。
「お願いします。私に警護を付けてください」
「警護か。分かりました、こちらが契約しているスタッフに空きがあるか確認してみます」
速水と赤坂以外のスタッフは、普段は別の仕事をしている人や、学生などがいる。都合がつけば仕事をしてもらういわゆる登録制という形をとっている。中には主婦もいて、主に家事の依頼や、ベビーシッターなどの仕事を受けてもらっている。
「赤坂さんに頼みたいんです」
「え?」
「こちらに、赤坂正也いらっしゃいますよね? 彼に頼みたいんです」
「赤坂くんのこと、知ってるの?」
赤坂は首吊り映画の件で忙しくしている。せっかくのご指名だが、勝手に了承することはできない。
「あ、私名乗っていませんでしたね。私、桜井飛鳥って言います」
少女はにっこりと笑いながらそう言った。
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