自殺のメソッド〜首吊シネマ〜

咲良ゆず季

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 宮本徹は、ため息をもらしながら、職場である警視庁捜査一課に戻ってきた。そんな青い吐息に、部下である佐藤誠司がいち早く反応を示した。
 足早に宮本へと駆け寄る。浮かない表情の先輩の顔をじっと見つめる。
「ど、どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
 ひと回りは歳の離れたまだ若く純粋な瞳に見つめられては気恥ずかしいというか、むず痒さを覚えた。思わず冗談で切り返した。
「いえ。先輩、最近顔色悪いですよ。大丈夫ですか? 例の映画もまだ見に行ってるみたいだし」
 まさかまだまだ新米だと思っていた後輩に心配されてしまうとは、夢にも思わなかった。宮本は曖昧に笑った。
「大丈夫だ。お前が心配することじゃないよ」
 気丈に振る舞っていることは一目瞭然だ。いくら刑事経験が少ないとはいえ、いつも一緒にいる人間の異変くらいはわかる。目に見えて宮本は疲れていた。
「大丈夫じゃないですよ! 確かに俺はまだまだ頼りないですけど、こんな先輩放っておけないでっ」
 宮本は最後まで言わせなかった。あまりにもしつこく、いつもならありがたいと思えるねぎらいの言葉でさえ、その心をイラつかせるには事足りていた。
「うるさい! 大丈夫だって言ってんだろ!」
 自分の怒鳴り声が耳にこだました瞬間、自分が怒鳴っていることを自覚した。佐藤は見開いた目で自分を見ている。
 そうだ、こいつは自分のことを思って言ってくれたのだ。宮本は顔が熱くなるのが分かった。
 頭を掻きながら、宮本は佐藤に詫びた。
「悪い。ついカッとなっちまった」
 佐藤は、いえ、と一言だけ口にし俯いた。
「お前を一人前の刑事に育てるまでは死ねないからな」
 佐藤は顔を上げた。
 人のことを心配できるまでには成長したが、刑事としての力量は、まだひよっこと言われる部類の人間であることには変わりはない。そんな佐藤を置いて死ぬことなどできない。
 佐藤は小さく頷いた。それを見て、宮本は満足そうに笑った。
「心配してくれていることはわかってる。ありがとう」
「余計なお世話かもしれませんが、あんな変な映画なんかより、こっちの方が絶対に面白いですよ。俺、首吊シネマも観たことないのでどうこう言える立場ではないですけどね」
 佐藤は、ポケットからチケットを二枚取り出した。
 人の首吊り死体だけを流しているだけのものが面白いはずがない。観たことがないなら永遠に見ないことをお勧めする、と宮本は思った。
 宮本は、休憩時間を利用して、首吊シネマを見に行っていた。フラフラといなくなる上司を不審に思った佐藤は、ある日宮本のことを尾行した。誰が観ても憔悴しきっている彼は、後輩が後をつけていることに全く気付く様子はなかった。
「まさか、部下につけられていたなんてな」
「今もですけど、あの時の宮本さんすごく疲れてましたから。部下として上司を心配するのは当然です」
 胸を張りそういう佐藤に思わず吹き出す。
「わ、笑わないでくださいよ。俺の憧れなんです宮本さんは」
 恥ずかしそうに語る佐藤に、驚きながらも、優しく微笑む。
「ありがとうな。ところで、このチケット、一枚は俺がもらってもいいのか?」
 そういうと、佐藤の手ににぎらられているチケットを一枚抜き取る。
「はい! さっそく今日見に行きましょいよ」
「男二人で映画かよ」
「良いじゃないですか!」
 叫ぶ後輩の肩を叩き、小さくありがとう、と呟いた。
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