見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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『────ディエゴ・アルナスル。
 サジッタリオの勇猛なやじりにして、数多の敵を貫かん』

 金色の古語が浮かび上がり、瞬く間に消えていった。

 エンディミオンの力がその指先でわずかに凝縮し、金色のボタンにかかっていた魔法を解いた気配はセーラ以外全員がはっきりと感じていたから、その瞬間を誰も見逃さなかった。

「サジッタリオの、アルナスル家……?」

 エンディミオンが声に出した名前に、クラリーチェは呆然としながらも首を振る。

「アルナスルは、今はもう断絶した家ですわ」

 そもそも古いメダグリエッタだ。メロ自身のものではないことも考えていたが、その名前が出てくるとは思ってもみなかった。

「断絶?」
「かなり古い話ですな。
 儂が生まれるより前の、サジッタリオ家らしい醜聞によるお家取り潰しがあったかと」

 古い記憶を探るように視線を落としたグラーノに、エンディミオンも首を傾げる。

「どこかで読んだ気が……」
「殿下の禁書室に積み上げた本の中に、確かにその名を書き連ねたゴシップ紙が」

 アンジェロに言われ、思い出した。
 
 当時、他国に嫁ぐことが決まっていた王女を、結婚式当日にアルナスル家の嫡男──ディエゴ・アルナスルが攫っていった話だ。
 アルナスル家はサジッタリオ家の分家の中でも最も血が近い伯爵家で、戦となれば代々一番槍を勤める名門だったが、他国を巻き込む形でその血が悪い方に働いた。
 ゴシップ誌は『王女と名門貴族の嫡男の駆け落ち事件』とセンセーショナルに書き立てていたが、王家の体面のために、公式の発表では『王女は攫われた被害者』となった。
 一年後、二人はトーロ領の国境付近の村で見つかる。
 ディエゴ・アルナスルは捕らわれ処刑。長く続いた名門伯爵家は家紋とともにここで潰えている。

「アルナスル家は、我がサジッタリオ家の始祖カルロ様の曽孫、第四代侯爵の双子の弟がはじまりで、処刑されたディエゴの名は、彼から取られたはずです」
「うーん、名前が同じだからややこしいけど、つまりこのメダグリエッタはアルナスル家の初代が所有してたものっぽいね。
 まー、おんなじ名前付けるほど期待していた後継ぎに受け継がせるなんてよくある話だけど、そんな期待も虚しく、アルナスル家は取り潰されて……で、なんでこのメロ君がそんなものを付けていたのか、っていう話になるけど」
「やだ、メロってばそんな名門の血筋だったのかしら……でもそんなご大層な家から来ましたって感じではなかったわよ」

 スヤスヤと眠っている無害そうな青年の存在感が急激に増した。
 ただ彼の身元を確かめたかっただけなのに、それ以上の情報が出てきてしまった。

「すでに存在しない伯爵家、最後の嫡男の醜聞……。そして殿下のによる解呪。
 仮定であれば、説明はつきそうですが」

 思慮深く、言葉を選んでアンジェロは断言しなかったが、考えられる可能性をエンディミオンは肯定するようにわずかに頷いた。

「ただ拾った、というわけではないだろうね」

 ご丁寧に昔のやり方でメダグリエッタを隠すように脇腹に縫い付け、アルナスルの魔法ではなく、しか使えない魔法でその名が浮き出るようにしてあった。

「けれど、メロさんご本人は嫡男ではいらっしゃらないのですよね?」

 もし、この場では誰も口にしないことが事実だったとして、血筋を示すために残されたものを二男や三男に受け継がせるだろうか。
 ベアトリーチェの疑問は最もだったが、こればかりは仮定も何も意味がない。

「彼が起きれば、そのあたりも聞き出せるのだろうけど」

 アンジェロがベアトリーチェに答えると、その横で所在なげにしていたセーラが目に入った。

「巫女様、どうされましたか?」
「あ、あの、貴族のお家のこととか、よくわからないのと、話に追いつけてなくて……」

 眠っている青年が王族の血筋かもしれない、というとてもデリケートな問題のため明言を避け、自分たちの知る常識だけで遠回しに話していたが、数ヶ月前にこちらにやって来たばかりの巫女には話が見えないのは当然だった。

「すまない。配慮が欠けていたね」

 申し訳なさそうに、けれど素直に「わからない」と伝えたセーラにエンディミオンはすぐに非を詫びたが、はたしてどこをどう説明したらいいものか。

「つまりですね、クラリーチェ殿のサジッタリオ侯爵家に連なる名門だったアルナスル家の初代のメダグリエッタをこの兵士殿は身につけており、そのアルナスル家は百年以上前に、当時の嫡男が他国へ嫁ぐはずだった王女殿下と駆け落ちしたとがで取り潰されて今はなくなっている、と。
 そうしてこのメダグリエッタは王族しか使えない光魔法で解除されるようにいたわけですから、では誰がその魔法をかけ、わざわざ分かりにくいように、けれど確実にわかる者には伝わるように、おそらくこの兵士殿の先祖にあたる人物に持たせたのか、ということになります。
 ここまではわかりましたか?」
「うんうん」
「であれば、自ずと答えが出てきますね。
 おそらくアルスナル家の嫡男と王女殿下には子供がいた。
 駆け落ち同然の二人ですから、追っ手から逃れるためにも生まれた子供はすぐに手放さなければならなかったと推測できます。
 けれどいつかは自分たちの子どもを取り戻すため、その目印をこのメダグリエッタに残した。
 しかしお二人は間もなく見つかり、ついに子供を取り戻すことは叶わなかった、と。
 そういうことですかね、殿下」

 エンディミオンが悩む間もなく、ジョバンニが要点をまとめてとてもわかりやすくセーラに説明を済ませてしまった。

「……あぁ、……うん、そうだね」

 そういうことですかねと確認されても、エンディミオンは曖昧に頷くしかできない。
 まだ可能性のひとつ、というだけで本当にそうだとは限らないが、サジッタリオ家だけでなく、これは王家の醜聞でもある。

「うーん、ものの見事にぜんぶ包み隠さず白日の下にさらされたねぇ……」
「ジョバンニ、まだ仮定でしかない王族にまつわる問題を、軽々に口にするな」
「ここにいる人間しか聞いている人もいないんですから、困っている巫女殿に説明するくらい目くじらをたてることでもないんじゃないですかねえー」
「普段は嫌になる程空気を読まないくせに、こんな時ばかり頭が回る……」

 これも空気を読まないが故の所業かとも思うが、ジョバンニにとってこれが善意であるというのも厄介なところだ。
 会話に置いていかれたセーラを慮って、これ以上ないほど簡潔にメダグリエッタから推測されるいちばんの可能性を示したのだ。

「じゃあ、この眠ってる兵士さんも、ルチアーノさんといっしょ、てこと?」
「ワタシ?」
「さっき、ルチアーノさんのお家も元々は王族の人、白鳥の公爵さんからはじまったって説明してもらったよ」
「あぁ、まあね。
 さっきの話がホントにそうなら、血筋はぜんっぜん違うけど、メロも私も世が世ならエンディミオン様とおんなじ王族ってわけね」

 冗談なのか自棄ヤケなのか、セーラの理解に適当に相槌をうつルチアーノに、

「それだ」

 急にシルヴィオが声をあげた。

「なにっ?」

 突然顔を指さされ、ルチアーノは怪訝にシルヴィオを見返したが、シルヴィオの翡翠の瞳は冴えわたってを視ていた。

「何故ルチアーノ一人だけ邸に残ったのか、それも謎だったんだが、この兵士も本当になら、共通点はこれほどわかりやすいこともない」
「つまり?」

 フェリックスに促され、シルヴィオは確信を込めて言葉を繋いだ。

「敵は闇魔法を使っているということだ」

 シルヴィオが何を言うかほとんど分かっていたエンディミオンとアンジェロが、今度は顔を見合わせた。

「少なくとも、昨晩この邸からいなくなった兵士たちは闇魔法によって操られていたと考えるのが妥当だ」
「いやァ、シルヴィオの言いたいこともわかるけど……」
「人の精神を冒す魔法など、暗示魔法以上の禁忌だよ」

 厳しい顔でアンジェロは断じたが、人も鳥ものははじめからわかっていた。
 けれど、それを可能にする魔法は現代では廃れているはずなのだ。
 闇魔法は、ファウストやイザイアが使う時間や空間に作用する魔法だけではない。
 人の精神に関わることができる魔法、それが闇魔法の本来の力だ。
 グラーノに使われていたも、記憶を封じるほど精神に働きかけるものだ。
 普段は思い出すことはなく、記憶していた事実そのものを忘れるようなをかける魔法だ。
 あの時グラーノが記憶を取り戻したのは、おそらくスピカの力で体そのものが幼くなってしまっていることが関係しているだろう。
 そうでなければ、死ぬまできっと思い出すこともなかったはずだ。
 その闇魔法に唯一対抗できるのが、王族の持つ光魔法だ。
 ルチアーノは光魔法を持っているから、兵士たちが侵されていく中でただ一人無事でいられた。

「ねえ、でも待って。メロは光魔法なんて……」
「だから、だ。
 光魔法は持っていないが、血に因子は残っている。
 一度は操られたが、効きにくい体質には違いない。
 完全ではなかったから町中に留まって、最後はおそらくラガロ、お前だ。解けかけた魔法を壊しただろう」
「身元を検めるのに触れただけだ」
「この男の正体を暴く意思があり、そして側には殿下もいた。条件は揃っている」

 王族の光輝は、メダグリエッタの魔法を解いたように意識をして指先やひとところに集めるということをしなければ、常に地上を照らす太陽のように魔法の保持者を包んでいる。
 それは意図しなくても、側にいる人間の魔法の作用を僅かにだが強めるから、ラガロの金の瞳の一瞥でメロの緩んだ暗示が解けたのかもしれない。

「シルヴィオ、待って。
 まだその可能性があるというだけで、本当にだとはまだ言い切れないよ」

 確信を持って話をどんどん進めるシルヴィオだが、情報が集まってきたことによって、新たに見えはじめた未来があるのかもしれない。
 けれど、アンジェロはこの話を簡単に認めてしまうわけにはいかなかった。

「……問題は、これほど大がかりな闇魔法を、どなたが使えるか、ということですわね」

 に嫁ぐ予定であるベアトリーチェも、緊張した面持ちでアンジェロを窺った。

ガラッシア家我々の管理下にない“闇魔法”があるのなら、由々しき問題です」

 光と闇魔法の相対関係は、ステラフィッサの王国史と魔法学の基礎中の基礎である。
 光魔法は王族により繋がれ────そして闇魔法は、建国王の妹姫、ルーナに連なる系譜により継がれ、管理されてきた。
 ガラッシア公爵家の役割である。
 しかしこれは公然の秘密というもので、特に二百年前にガラッシア公爵家に「海凪の巫女」が嫁いで以降は、ガラッシア家は圧倒的な水魔法の家系になっている。
 今ではガラッシア家の闇魔法は特殊な眼とともに時おり顕現するのみで、それ以外に国内に闇魔法を使える者が現れれば、ファウストのようにガラッシア家の管理下に置かれるというのが近年の手法だった。

「まして、精神魔法などの危険な魔法は始祖ルーナ様の時代より禁じられています。
 禁忌魔法を使とは申しましたが、一個小隊ほどの人数に一度に作用を及ぼすほどの魔力を持っている人物を、私は一人しか知りません」

 そう言って視線を伏せたアンジェロの脳裏に浮かび上がったのは、

「ガラッシア公爵、か────」

 とてもそうは思いたくないという顔で、エンディミオンの口からその名前が零れた。
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