見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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 エンディミオンに事の経緯を聞いても、シルヴィオたちの困惑は増すだけだった。
 邸で分かれた時から三時間も経たずにお互いに同行者を増やして再合流となったが、肝心の二人は混々と眠ったまま事情を聞くどころではない。

「そもそも、ヴィジネー家の私兵って言うけど、彼は信用できるワケ?」

 国内外の諜報活動に余念がないスコルピオーネ家としては、突然現れた青年を簡単には信用できない。
 状況としても一旦敵の手に落ちているわけで、それにしてもスヤスヤと幸せそうに眠っている顔になんだか腹が立つ。
 フェリックスが青年──メロの顔を胡乱げに覗き込むのに、ルチアーノは後ろから声をあげた。

「メロの身元は私が証明できるわ。
 どこの子爵か男爵だったかは忘れたけど、どこかの家の三男くらいだったかしら」
「それではなんの証明にもなっていない」
「えェー?そんなこと言われても、世の中アンジェロ様かそれ以外なんだし、いちいち覚えていられないわ」

 自信満々に証明できると言ったわりに、内容のないルチアーノの説明をシルヴィオは両断した。

「他に何かないのか。これでどうしてヴィジネー家嫡男の従者が勤まるんだ?」
「ンもうっ、イヤな眼鏡ね!
 ……えぇー、と、たしか、この春に学園の騎士科を卒業して……?そうそう!それで王国の騎士団には入団テストで落ちたからお家のツテでヴィジネー家の私兵になれたみたいなことを言っていたような気もするけど、もう底抜けに明るい子でなんならちょっとおバカなの!ヴィジネーの私兵団の中でもからかわれることが多くって。先輩に騙されて私のことを女の子だと信じ込んで告白なんてしてきたから、それからちょっと話すようになっただけで……あっ、アンジェロ様っ、決して浮気じゃないのよ!信じて!」

 どうにかルチアーノが絞り出したメロの素性の話は、結局薄い中身のまま聞いてもいないところに着地した。

「騎士科の卒業生か。ラガロ、覚えは?」

 どうにか使えそうな部分だけシルヴィオが拾うが、

「二男、三男で騎士科に所属している奴なんて掃いて捨てるほどいる」

 いくらラガロでも、さすがに二学年上の卒業生で、王国の騎士団にテストで落ちるような能力値の人材まで把握するには無理がある。

「おそらく騎士団か私兵の団長あたりの荷物に名簿くらいはありましょうが、わかるのは家名くらいでしょうか」

 ルチアーノに代わってグラーノがフォローを入れたが、さすがにヴィジネー家の特別な地とはいえ、観光地の別邸にまで私兵に関わる資料は置いていない。

「あとで残された荷物でもあさってみるしかないかー」

 グラーノの助言どおり、騎士団か私兵からの情報を探したほうが早そうだとフェリックスが早々に見切りをつけた時、不意にクラリーチェが動いた。
 眠っているメロに近づくと、ヴィジネー家の家紋のついた制服のボタンを上からひとつずつ外していく。

「え、ちょ、ちょ、クラリーチェさん、なにしてっ」

 慌てたのはフェリックスだが、気にした様子もなくすべてのボタンをはずしたクラリーチェは、躊躇うことなく上衣をはだけさせると、脇腹に手を突っ込んだ。

「あぁ、やっぱり。ありました」

 何をしているのかと目を剥いていたフェリックスの眼前に、「どうぞ」と金色のボタンをひとつ差し出した。縫い付けてあった小指の先ほどもない小さなシャンクボタンを引きちぎったようだ。

「ああ、それか」

 見ていて納得したのはラガロだけ。
 ラガロ以外は、それがなにを意味するか分からなかった。

「クラリーチェ嬢、それはなに?」
「これはドッグタグメダグリエッタ……いわゆる認識票です、殿下。
 顔もわからないような状態で戦死しても身元がわかるようにとか、遺体は持ち帰れなくてもせめてもの遺品として持ち帰るとか、そういう用途のものなのです。現在は歴史にあるような乱戦になる戦争は起こらず、ほとんど形骸化しているのですけれど」
「今ではお守りアミュレットの要素が強いが、こいつのはかなりの骨董品だな」

 何百年も昔は、高位貴族が先頭に立って戦争に出ていた時代だ。
 敵の捕虜になってすぐに身元が割れれば、人質にされて身代金を要求されたり、最悪拷問を受けて死に至ることもある。
 そのため、上衣の裏側、脇腹のあたりに縫いつけ、味方にしか分からないような認識阻害の魔法がかけてあるものだったが、時代が下ると戦争の意義も変わり、隠す意味もなくなってからはネックレスやブレスレットなど、装身具として形態は変わっていった。
 しかしメロが付けていたのは原初の形態、なんの装飾もないただの金のボタンだ。
 身体を検めた時、見たところアクセサリーの類は付けていなかったから、そんなものがあるとはラガロも思い至らなかった。

「よく気付いたな」

 素直に感心したラガロに、「でも、」とクラリーチェは首を振った。

「読み取る方法がわかりませんわ」

 朴訥そうな青年の顔立ちと、ルチアーノから聞いた人柄でもしかしてと思った。
 サジッタリオ家は古式ゆかしい武家なので、伝統を重んじる風習が強い。
 サジッタリオ家傘下の騎士や兵士でも、家柄によっては昔ながらのメダグリエッタを付けている者がまだ存在するのだ。
 王家の近衛に入るか、国境警備、地方のダンジョン管理にまわるかのどちらかがほとんどの極端な気質のサジッタリオだから、王都守護が主な役割の第一騎士団のラガロの周りではあまり見かけないかもしれない。
 ふと思いついて探ってみれば、やはり小さな固い手触りがあった。
 だが実際手に取ってみてわかったが、何もかも古過ぎる。これは一時代前というレベルではなく、ステラフィッサの歴史でも前期の頃から続く家で代々受け継がれてきたかのような代物だ。
 最近の騎士たちなら家紋の彫られた金ボタンをしているが、メロのボタンにはそれもない。
 ステラフィッサの歴史を紐解けば、国内で争いがなかったわけではない。
 その家や所属する隊によって魔法の構築はそれぞれで、その解き方も同じ数だけ存在する。
 今の時代のように家紋などあれば敵に身元を突き止めてくれと言うのと同じだから、古いものであればあるほど細工がないのは当然だ。
 素朴な作りをした飾り気のない古びたボタンには、何の手がかりもない。
 結局、彼の出自がわからなければ解けないものだった。
 試しにラガロが金ボタンを受け取って魔法を解呪できないか試みてみたが、魔法を相殺できるラガロの星の力も万能というわけではない。
 古くて錆びついている上、それなりに複雑な魔法が絡んでいるようで、原理のわからない鍵を力づくで壊したら、中身までも壊れてしまいそうだった。

「それほど古い家ならいくらか絞れそうだが、まったく心当たりがないな」

 古い系譜の騎士の貴族は何個か思いつくが、爵位が低く、さして飛び抜けた能力も持たず後継ぎでもない、そんな人物がいたかどうか。
 ましてそんな三男坊に貴重なものを譲り渡すかと言えばそれも疑問だし、ルチアーノの話だと、メロがこの金ボタンの価値を知っていたのか、それすらも疑わしくはないだろうか。

「サジッタリオに連なる家かと思いましたけれど、私にもわかりかねますわ」

 ラガロと同じく騎士科に所属していたクラリーチェだが、一学年下で、騎士団試験に落ちた二男、三男と言われても、毎年沢山いる中でわざわざ覚えているわけもない。
 十二貴族の私兵にコネで入れるような、サジッタリオ家に連なる末端で、ヴィジネー家と縁続きの家、と考え出したらキリがない。


「ふりだしに戻る……とまではいかないが、難しいものだね」
「ひとまず彼のことは置いておいて、私達がヴィジネー大司教をお連れすることになった経緯をご説明します」
「そのほうがいいかな」

 シルヴィオはすぐに切り替えて、地下で起こったことの報告をはじめた。
 話を聞き終えたエンディミオンは、思っていた以上に壮大な冒険が地下で繰り広げられていたことに思い悩むように言葉を継いだ。

「ヴィジネー家には大きな秘密があるということはわかったが、他の十二貴族もそうだとしたら、途方に暮れてしまうな」

 聞けば聞くほど分からないことが増え、行き詰まりそうな空気を和ませるための言葉だったが、思わずというようにシルヴィオとフェリックスはお互いに顔を見合わせてしまった。
 ベアトリーチェやクラリーチェとは違って、後継ぎの直系嫡男として生まれ育った彼らには、耳が痛いことではある。

「カンクロ家の深淵を覗き込んだら、殿下だってタダではすみませんよ~」

 エンディミオンの冗談をただ一人笑って受け取れる十二貴族の異端児を、少しだけ羨んでしまう。

「……さて、話し込んでいたらいつの間にか日が傾いて来ましたね。
 まだ日が長いとはいえ、暗くなってから何が起こってもいいように、準備が必要でしょう」

 秘密があるのかどうかも秘密、という謎めいた雰囲気を煮詰めて結晶にでもしたようなガラッシア家の嫡男は、素知らぬ顔で話を仕切り直した。
 夜になればいよいよ大鷲の魔物の本隊が現れるのか、また鳥たちの襲撃があるのか、ルチアーノが目にしたような奇妙なことが起こるのか、何にしても明日の本番に障りがないようにしなければならない。

「今夜一晩をどう乗り切るか、だけれど」
「魔物が現れれば、今度こそ片をつける」

 エンディミオンの言葉を受けて、ラガロが強く言い放った。
 昨晩からずっと、挑発をされているようで不快だ。
 陽の光の下ではコソコソと隠れているのも忌々しい。

「それなんだよねー。なんか、ここに来てから何度も居場所を探してみてるんだけど、居るって言うのはわかるのに場所を絞れなくて」
「絞れない?」
「そう。町全体に気配がして、いちばん強いのはやっぱりピエタ聖堂なんだけど、それが昨日の鷲のやつかも確証がわかない」

 何かわからない気配に邪魔をされているのか、魔力を分散されているような、はっきりとは形容し難いそんな手応えだけをフェリックスは感じていた。

「大鷲でもないのか?」

 シルヴィオが問い返すと、フェリックスは首を傾げる。

「もーうちょっと聖堂に近づけばわかると思うんだけど」

 やっぱり明るいうちに見に行ったほうがいいんじゃない?
 というフェリックスの案はやはり却下されてしまった。

「それは許可できないかな。やはり単独行動は避けたほうがいい」

 ひとまずは魔物の襲撃に備えることが優先されるため、ラガロを中心に作戦を練ることになった。
 フェリックスのことは信用しているが、何が起こっているのかは結局わからないままだ。
 山に踏み入らなくても、メロのようにおかしな状態になったとしたら、誰も止めることはできない。
 ────けれど、そのメロだけは戻ってきた。
 エンディミオンはもう一度メロの様子を窺い見た。
 眠ってはいるが、今のところはおかしなところはない。
 自分たちの前に這い出してきた時はどうしたものかと思ったが、その後からはずっと健康そのものの寝息だ。
 隣りのマテオはまだ青白い顔で、呼吸も弱いまま。
 二人の様子は明らかに異なる。
 マテオがピエタの町にいることにしても、まったく意味がわからないのだ。
 まるでファウストの転移魔法でも使ったようだが、そのファウストは転移魔法が不完全だったせいで姿を消した。

(何が起こっている……)

 考えても答えは出ない。
 せめてメロだけでも目を覚ませば何かわかるかもしれないのに。

「殿下、これをお預けしておきます」

 グラーノとルチアーノが町の地図を用意している間、ラガロがエンディミオンに先ほどの金ボタンを差し出した。
 何の変哲もない丸いボタンは、鈍くくすんでいる。
 人差し指と親指でつまむように受け取ったエンディミオンは、そのくすみを取るようなつもりで少し力を入れた。
 エンディミオンは王族で、光魔法を使う。
 ルチアーノのように稀に発現する魔法ではなく、王族だけが使える光魔法の作用はいくつかある。
 王族の光魔法はそもそも攻撃に向かず、支援のためのものだ。
 例えば他属性の魔法の増幅がそれに当たるが、増幅もできれば、効力を弱くすることも実はできる。
 ラガロの星と近しいが、その原理は少し違うなとエンディミオンは感じていた。
 ラガロの星は魔法の作用を壊す働きだが、エンディミオンの光魔法は、対象の魔法を光輝で包んで限りなく薄くするというイメージだ。大量の水に黒インクを一滴垂らしても黒くは染まらないように、物量で押せれば問題なく使える。

 ほんの好奇心だった。
 理論としてできると教わっていただけで、使ったことはない。
 できるかもわからなかった。
 けれど小さなボタンひとつだ。
 少しでも現状を打開するが欲しいという切実な気持ちもあった。
 ほんの少しだけ、ボタンを包むように力を込めた。

 パキリ、と。

 かすかな音がした。
 それは、魔法が消された音ではなかった。
 金ボタンの魔法が解かれた証だった。

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