見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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 扉が完全に閉まる直前、その隙間から、洞窟の四方からどっと鉄砲水のような激流が噴き出してくるのが見えた。
 水嵩がただ上がっていくだけではない、もっと暴力的な水の脅威だ。

(本当に猶予はなかったらしい……)

 勘というより、ビランチャの星の力によるものだとシルヴィオは分かっていた。
 それまでに見聞きした情報が、ルチアーノの呟きで一気にひとつのまとまりになり、頭の中ではっきりと見えたのだ。
 ここをすぐに脱出して扉を閉めなければ、未来が。

 二重扉が閉ざされ、扉に施されている水を遮る魔法がしっかりと作動したことを確認して、ようやくシルヴィオは背中に担いだ重みを思い出した。
 それでも、マテオ一人の重みは、震えそうになるシルヴィオの身体を温める助けにはならない。

 

 ここでの失敗は、ルクレツィアの死に直結する。
 だが、ルクレツィアのことだけではすまない。
 その直感が、喉元に刃物を突き立てられているかのような生々しさですぐ隣りにあった。

「我が領地のことなのに、儂は何も知りませんなんだな……」

 ぴたりと閉まった大きな扉に触れながら、その先で溢れ出した水の気配をひとつもさせない魔法をなんとか読み取ろうとして、グラーノは独りごちた。
 地底湖のある洞窟を埋めるほどの勢いの水が流れ込むのを防ぐ魔法は、その時が来ればたちまち扉を閉ざす作用もあっただろう。
 いち早くシルヴィオが気が付いて通路に引き返せたが、一歩間違えれば全員が行き場をなくし溺れ死んでいた。
 建国王とエレットラに由縁あるピエタの邸や町の地下にこんな施設があることも知らず、その先にあった危険も知らず、血縁を追って若者たちを引っ張り込み、巻き込んでしまった。

「そう落ち込むことはないと思いますよー。
 どうみたって隠されてましたし、ボクはこんな施設があったことが知れて大興奮です!」

 自分を責めている様子のグラーノに、空気を読んでいるようなそうでもないようなジョバンニが、キラキラとした顔でグラーノに親指を立てて見せた。

「グッ!じゃないのよ!ほんとになんなのよもうっ!
 ここへ来てずっと変な目にあってるじゃないっ靴の中に水は入ってるしも~~うイヤっ」

 能天気にも見えるジョバンニにすさんだ目を向け、ルチアーノはふてくされるようにその場に座り込んだが、

「ルチアーノ殿はこのような短期間に貴重な体験ばかりされて、我々の中でもその巡り合わせの良さは頭ひとつ抜きん出てますな!いやはや実にうらやましい!」

 そのジョバンニに無自覚に煽られて、反論する気力ももう湧き上がらなかった。

「こうなっちゃうと、引き返すしかなさそうだねー」

 閉ざされた扉と来た道を交互に見て、フェリックスが仕方なさそうに青い顔をしたシルヴィオの肩を叩いた。

「平気?マテオ殿を背負ったまま上まで戻れる?」
「……やるしかないだろう」
「あー、こっちにラガロがいないのは痛手だったかもねー」

 火事場のなんとかでマテオを担ぎ上げたが、シルヴィオは基本文官だ。
 戦闘に特化したリオーネ家の星持ちと比べて劣るのは当然。
 文官には不必要なくらいに鍛えてはいるが(ルクレツィアの慕う相手が騎士団長で、この国の五指に入る人物であればこそ、鍛えずにはいられなかった)、そこそこ長い階段を、気を失っている成人男性を背負いながら上っていかねばならない。
 その途方もない労力を思いながら、「代わろうか」と言うつもりはまったくなさそうなフェリックスに、シルヴィオは諦めてマテオを担ぎ直した。

わたくしが変わりま「オレと交代でなんとかしよっかー」

 クラリーチェが手伝いに名乗り出なければ、フェリックスは本当にそんなことを言うつもりはなかったのだ。
 正直まだ身体がしんどいし、地下通路に入ってからはまた魔法を使い過ぎていた。
 探索の魔法はめちゃくちゃ神経を使うし、長い階段を上るのさえ億劫な気怠さがずっと拭えない。
 けれど。だがしかし。
 クラリーチェがマテオを背負うことを考えたら、勝手に口が動いていた。

「フェリックス様……」

 自分が言い切る前に遮られてしまって、クラリーチェは驚いた。

「お身体はまだ本調子ではないでしょう?私のほうが適任かと……」
「ここでクラリーチェに頼ったらさすがに情けなさ過ぎだし、オレの顔をたてて、ね?」

 体の鍛え方で言えば、斥候または諜報タイプのスコルピオーネと武官中の武官のサジッタリオでは後者に軍配が上がるのも目に見えていた。
 十二の星の血を汲んだ直系では、そこに性差はなくなってしまう。
 この中にいる誰よりもクラリーチェがいちばん任せられるということはフェリックスもよく分かっている。もちろん分かってはいるが。
 単純に力比べで負けたとしても、こんな場面でクラリーチェに負担を強いるのは申し訳ない、男としての意地が、などとそれらしい理由を取ってつけてはいるが、なんとなく、うまく言葉にできないが、どうにもイヤだという気持ちがフェリックスの中には渦巻いていた。

「お前の力はあまり当てにしていないが、どうしても駄目だと言う時は、そうしよう」

 シルヴィオもフェリックスの体のことは気にかかっていたので、そう言い出した心意気に免じて、フェリックスの言葉に乗るフリをした。
 このあとどれだけ大変な思いをしてもフェリックスと交代するつもりはないし、もちろんクラリーチェにも、この後起こるだろう魔物との戦闘に力を温存していてもらわなければならない。
 クラリーチェは火魔法の持ち主で、騎士たちの居なくなった今、ラガロと彼女が頼りなのだ。
 ここは自分の頑張りどころだろうと、背中にかかる重みで全身の筋肉が強張っているが、来た道を戻る一歩を踏み出した。
 
「微力ながらボクもお手伝いしますよー」
「そうだ、お前を数に入れていなかったな」

 こちらもまったく当てにはならないが、ジョバンニがシルヴィオの後ろについて遅ればせながら挙手をした。
 文官よりさらに軟弱そうな研究職。
 けれど幼体のグラーノや、爪や髪の汚れを気にしながら高いヒールを履いているルチアーノよりは居ないよりはマシ、という慰めだけ感じて、シルヴィオは黙々と通路を歩いて行った。


 ************


「ようやく戻ってこれたーーっ……て、アレ?うーん?
 結局、殿下たちとまたこっちで合流することになるとはねー」

 マテオを背負ったシルヴィオを全員で代わる代わる後ろから支えて階段を上りきり、なんとかヴィジネー侯爵の寝室に戻ってくると、フェリックスは邸の中にまだエンディミオンたちがいることに気が付いた。

「……まさか、聖堂には行かなかったのか」

 隠し通路の入り口を閉じ、寝台を戻したところにマテオを寝かせると、シルヴィオはもうどうにも動きそうにない体を床に寝そべらせた。
 天井を見ながら荒い息をついたところで、フェリックスの言葉にまだまだ休めないことを悟った。

「────ああ、やっぱり。おかえり、かな?」

 そこへ、寝室の扉からアンジェロが顔を覗かせた。
 その後ろにはベアトリーチェもいて、すぐに寝台にいるマテオの存在に気がついて目を丸くしていた。

「ちょうど私たちも戻って来たところ、君たちの気配がしたから私とリチェで様子を見に来たんだけど……何かあったとは聞くまでもなさそうだね」
「兄君のほうも、何事かあった感じですかね?」
「まあ、そうだね。ところでシルヴィオはしばらく動けそうにないかな?」
「……見てのとおり」
わたくし、殿下たちを呼んで参りますわ」

 アンジェロたちが来ても床から仰ぎ見るだけのシルヴィオに、気を利かせたベアトリーチェが駆けていく足音が響いた。

「マテオがいるのは、どういうことだ?」

 すぐにエンディミオンたちが主寝室までやって来て、横たわるマテオに驚いているが、そちらも、なぜか人が一人増えていた。
 こちらは軽々とラガロが俵担ぎしていて、見慣れない顔だが、着ている制服を見るにヴィジネー家の私兵だろうか。

「えっ!?やだ、メロじゃない!!」

 ルチアーノが見知った人物は、ヴィジネー家の私兵に成り立ての青年だった。
 そばかすの浮く顔は静かに目を閉じていて、呻き声ひとつあげていない。

「大丈夫なの?!っていうか、どこに居たの……?」

 同じヴィジネー家に仕える同輩が意識を失って担がれているので心配が先に来たが、その次の瞬間にはたと我に返る。
 この青年に最後に会ったのはいつ?
 かなり時間が過ぎているような気がするが、実際は昨日の夜のことだ。
 メロは、おかしな生き物になって邸から消えた兵士の中の、一人だ。

「メロというのか。
 名前も聞けずに、気を失ってしまったんだ」

 エンディミオンが労るようにメロの顔を窺い、部屋に寝台はひとつしかないので、マテオの隣りに横たえることにした。

 ヴィジネー家の当主が休むための大きな寝台に、気を失った青年が二人。
 居るはずのない大司教と、居なくなったはずの兵士が並んでいる。

「さて……聞くべきことはたくさんあるが、シルヴィオは、もうよさそうか」
「はい、申し訳ありません。
 私たちのほうは少々情報量が多いので、まずは殿下たちのほうからお話を伺っても?」

 ようやく起き上がれるようになったシルヴィオは、寝そべって王太子を迎える姿勢になったことを詫びて、居住まいを正した。

「ああ。あの後、私たちも町へ下りたんだが、参道に入ったところで、彼が現れた」

 そう話し出し、エンディミオンは回想した。
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