見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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 フェリックスを先頭にして、隠し通路チームは薄暗い階段をひたすら降りる。
 ルチアーノの光魔法の灯りで先を見通すと、意外なほど幅のある階段は、何度も踊り場で折り返し、邸の建つ山の斜面に沿って町の地下にまで降っているようだ。
 ヒールの靴音がいやに反響していた。
 歩くたびに土埃が舞うが、思っていたより閉塞感はなく、空気も通っている。
 穴を掘っただけの通路ではなく、天井、壁、床、としっかりと造られていて、いちばん下まで降りきったところにはいくつか扉があり、それぞれが部屋になっていた。
 家具も何もない空き部屋だったが、それなりの広さがある。

「……ここまでは、特に何もないな」

 フェリックスが人や魔物の気配を探りながら最下層まで降りてきたが、拍子抜けするほど何事も起こらない。
 埃の溜まった床に、真新しいがあったが、それだけだ。
 足跡は真っ直ぐに通路の先へ向かっている。

「もう少し迷宮の要素を期待していたのに……」

 一人だけ目的のずれたジョバンニが嘆くが、不謹慎だとシルヴィオにしっかり叱られた。

「何のために造られたのかしら……」

 おそるおそる空き部屋の中を覗くルチアーノには、階段を降りる間にかいつまんでグラーノの事情が説明された。
 聞いたところで半信半疑、自分が仕える主人の曽祖父だと言われても、見た目は幼い少年でしかない。
 本当の年齢は九十歳を超えているのだとしたら、その若返りの秘訣が知りたいくらいだ。
 それがスピカの誤作動のせいだとして、ただ病気を治すだけより、健康なルチアーノにはそちらのほうが余程魅力的に感じられた。
 もちろん、ジョバンニのように思ったことをすべて口に出して顰蹙を買うような真似はしないけれど、ルチアーノにとってグラーノの話は、それくらい嘘みたいな話だった。

「……イヴァーノとジャンルカは、なぜこの道を使うことにしたのか」

 まだ先のある通路の奥を見つめながら、思案気に侯爵とその息子の名を呼ぶ姿に幼さは微塵もないが、この少年が先々代の侯爵だと納得するには、まだ時間がかかりそうだ。

「距離的に、山を降りたらあとはもう真っ直ぐ参道の下って感じかな」
「案外、セーラ様たちよりも早く聖堂に着くかもしれませんね」

 一行を先導するフェリックスは油断なく通路の先まで気配を探っているが、全快とは言えない状態で疲れが出はじめているのか、そうは見せないようにしてはいるが、少し焦りが滲んでいるのをクラリーチェが寄り添ってサポートしていた。
 
「構造だけで言えば単純そのもの、隠すのは出入り口だけでいいってことか……。
 問題は、何のためにそんなものを造ったか、だけど」
「空き部屋についているのは内鍵だけで、宝物庫というわけでもなく、ヒトを閉じ込めるためにも使えないな」
「さすがシルヴィオ、目の付け所が物騒~。
 でもこんな地下深くにわざわざ建てたんだから、人目を避けたい何かのためにあるのは間違いないねぇ」
「ある程度広さもありますから、水場と食料さえあれば居住もできそうですね」
「クラリーチェも発想がもう貴族令嬢じゃないんだよなぁ」

 武門の家系の名門中の名門で、代々継がれる将軍の称号は名誉職にはなっているが、サジッタリオ家はお飾りではない。
 自分たちの恋心に真っ直ぐなのと同じだけその役割にも直向きな一族で、しっかり極限状態の行軍まで想定して訓練されているクラリーチェのたくまし過ぎる感想をフェリックスは笑ったが、

「ありますねぇ、水場。
 さすがにお風呂とはいきませんけど、身体は清められるし、奥のほうはにも丁度良さそうだ」

 ジョバンニが見つけた新たな設備で、それは笑えない冗談となった。

「それで、コッチにはご丁寧に水飲み場もあるけど……ナニ?町の下でホントに誰か住んでたの?」

 ルチアーノが開けた扉の先にも、人の生活を支えるための施設が整っていた。

「えぇ?マジでヴィジネー家謎すぎるんじゃない?」

 ルクレツィアが見れば、シェルターのような役割にも感じられただろう。
 そしてそれは十分に考え抜かれ、に備えているようにも見えた。

「災厄を、やり過ごすため……?」

 グラーノが抱いた感想は、まさにそれに近かった。
 地上が何某かの災害で住めなくなった時、これだけの設備があればある程度は凌げるかもしれない。

「なるほど、確かにそれなら説明はつくが────これは、千年前の建物か?」

 ピエタ聖堂が開かれたのは前の星の巫女の時代だ。
 今のような町が起こったのはそれからずいぶん後のことだが、聖堂を建てた時に合わせてこの地下施設を造ったというのなら……またしても整合性のとれない技術がそこにあった。
 シルヴィオの言葉に、全員がいい知れぬ不気味さを感じた。
 想定していたよりもずっと整備された隠し通路の先には別の役割があり、自分たちが持っている知識では到底説明できないがある。
 わかるのはそれだけで、得体の知れないものに対する恐れ、あるいは好奇心が芽生えるだけだ。
 もちろん、好奇心を感じているのはこの中のたった一人だけではあるけれど。

「うーん、これは正史前の技術の認識を改めるべきだろうか?いやそれこそ正史以前の研究をもっと積極的に進めていって遺跡とか掘り進めたら似たような施設が出てくるかも知れないしそれこそまずこのピエタの町から調べたら何か出てくるかもしれないけどまずは父上に見てもらえばこれがいつからある建造物なのかわかるかもしれないなぁ……。
 ということでみなさん、さくさく前に進みましょう。早く帰って調べたいことができました!」

 ペタペタと壁や柱をまさぐりながら、目をキラキラと輝かせたジョバンニに、この先に進んで起こることへの不安感は一切ないようだ。
 おそらくこの中でもっとも頭脳明晰なのはジョバンニなのだが、シルヴィオのように危機管理うんぬんというのはジョバンニの頭にはないので、考えても仕方のないことには時間を割かず、自分の興味にだけ思考を使い果たせる様はいっそうらやましいなとシルヴィオも毒気を抜かれてしまった。

「確かに、ここで立ち止まって考えても時間の無駄だな」
「おやおや。
 これまでがんばって諌めてきてたのに、ついにシルヴィオまでジョバンニに降参しちゃったか」
「降参じゃない。戦略的撤退だ。
 どのみち、何が起こったとしても聖堂には向かわなくてはならないんだ。
 そっちこそ、今ここを漁って何か見つかると思うのか」
「何かって?」
「星の災厄の手がかりでも、この施設の謎でも、何でも。
 ここへ来てからずっと探索の魔法を使っているだろう」
「……ん?あぁ、そうだね。
 通路全体の構造はだいたいわかったし、生き物の気配はオレたち以外、ネズミ一匹いないのが逆に怖いよね。
 これ以上探っても何も出てきそうにないけど、念のため、ね」
「そんな青い顔をして、もういい加減にしたら──」
「お二人とも、ぐずぐずしてると置いていきますよ!」

 さすがに顔色の悪くなってきたフェリックスを止めようとしたが、気持ちの赴くまま光源を持つルチアーノを引きずって先に歩き出してしまったジョバンニが遠いところから二人に呼びかけた。

「ねえ!ちょっと!
 この子なんなの!?自由過ぎるんだけど!!」
「ジョバンニ殿っ、そのように服を引っ張ってはルチアーノの首が……!」

 自由の最たるような格好をしたルチアーノが叫んで、グラーノがおろおろと宥めようとしているのに、シルヴィオはため息が止まらなくなった。

「おい、勝手に先に行くな!」

 結局、戦略的撤退もままならずに、ジョバンニを諌める役は降りられそうにない。

「あーあー。ジョバンニといるとホントにいろいろバカバカしくなるなあ」

 慌てて二人の後を追うシルヴィオを見送って、フェリックスもひとつ深く息を吐いた。
 本当に、いろいろと、考えている自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「フェリックス様?お疲れでしょうけれど、私たちも参りましょう」

 クラリーチェにそっと背を押され、フェリックスはまた顔に笑みを貼り付けた。

「置いていかれるわけにはいかないからね」

 気遣うようなクラリーチェを逆にエスコートするように腕を差し出したフェリックスに、いつものようにクラリーチェもそっと指をかける。
 馬車で膝枕をするまでとてつもなく恥ずかしがっていたのも、今はもうすっかり元通りだ。
 元通り、ではあるけれど。

「?」

 二人で歩き出しながらも、クラリーチェはほんの少しの違和感を感じていた。
 ほんの少し、砂粒ほどのそれに首を傾げて、フェリックスを窺い見る。
 いつもの甘い作りの横顔は、疲れては見えるけれど、特に何かおかしなところはない。
 行く先に意識を濃く向けているようなのは、探索の魔法で、少しでも早く危険を察知しようとしているのだろう。
 馬車の中ではほとんど気を失うように寝ているだけになるくらいに消耗していたのに、無理をし過ぎていないか心配になるけれど、言って止めるのならシルヴィオに言われた時点で止めている。
 せめて倒れる前には実力行使でも止められるようにと物騒なことを考えながら、その違和感を、気のせいだろうかと気にしないようにしたが、クラリーチェはなんとなく忘れることができなかった。



 隠し通路の終わりは、唐突にやってきた。
 行き止まりになったそこは、降りてきたような階段ではなく、大きな両開きの扉がぴたりと閉まっていた。

「儂が」

 何か仕掛けがあるのか、シルヴィオが手をかけようとしたのを押し留め、グラーノが前に出た。

「おそらく、ヴィジネー家の者でなくてはどこも開きません」

 邸の主寝室もそうだが、隠し通路の扉も、ヴィジネー家の魔力を通すことで鍵が開く仕組みになっている。
 原始的な仕組みの魔法だが、古い魔法だ。
 書き換えることが難しい、これも制約魔法のひとつだ。

「本当にヴィジネー家の子なのね……」

 簡単に扉を開いたグラーノに、いまひとつその正体に実感のないルチアーノがしみじみと呟いた。

 グラーノが開いた先は二重扉になっていて、エントランスのような空間に、もう一回り大きく頑丈そうな扉が構えていた。

「……待った。
 何か、……誰かいるかも」

 ここでようやく、フェリックスの探知に反応があった。
 扉の先に、誰かいる。
 ここまで気付かなかったのは、この扉自体に何かを遮るための魔法がかけられているのに加えて、対象の気配がだいぶ薄いせいだ。

「でも、なんか、知ってる、かも」

 自分が知っている人物の気配に限りなく近いのに、あまりにも弱くなっている。
 それに、どうしてその人が────?

 フェリックスの困惑している様子に、シルヴィオとクラリーチェは顔を見合わせる。

「危険がないなら、開けちゃいましょう!」

 躊躇わないのはジョバンニだけ。
 ここで留まっていても、後戻りはできないし、答え合わせはできない。

「開けてよろしいか?」

 グラーノの確認に思案しながらも、フェリックスの顔から危険のある人物には思えず、シルヴィオは慎重に頷いた。

「それでは────」

 頷き返したグラーノが、ドアノブに力を込める。
 開錠される音が仰々しく響いて、いやにゆっくりと重たい扉は開いた。

「これは…………、」

 何が待ち受けているか、覚悟して臨んだはずなのに。
 シルヴィオは息を飲み、全員も大概同じ反応になった。

 今まで見てきた通路や部屋とは比べ物にならない、広大な空間がそこにあった。
 建造物ではない、自然の空間。
 大きな口を開けていたのは洞窟で、その中心には光を湛えた水が張って、並々とした地底湖がシルヴィオたちを待ち受けていた。

 ルチアーノの光魔法がなくても、ふわふわといくつかの光球が浮かんで洞窟全体を照らしていた。
 その光が湖の表面を輝かせているのか、おおよその大きさが測れるほどに視界は明るい。
 予想以上のものが目の前に広がり呆然とする六人だったが、すぐにフェリックスが気がついた。

「あそこ!」

 湖の中心には、祭壇のような社のある小島が浮かんでいた。
 その小島に接岸している小舟があった。
 そこに、人がいる。
 正確には、小舟の中に横たわっている人物がいる。

「あれは……」

 小舟に横たわっている人影は、遠目に見ても白く浮かび上がって見えた。
 グラーノには、その人物が誰かすぐにわかった。
 もまた、正しくグラーノの身内、ヴィジネー家の血統。
 弟が可愛がっていた、その後継者。

「ヴィジネー、大司教か?」

 フェリックスは呼びかけたが、小舟の人影はぴくりとも動かなかった。



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