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 聖国の使節団の代表としてやってきたグラーノと、エンディミオンは星の災厄の責任者として一度挨拶を交わしている。
 だが、接触は最低限に、というのは各々の立場上仕方のないことだった。
 例えお飾りの代表だとしても、グラーノは現在ステラフィッサ王国に逗留している聖国の顔だ。
 第二王子をそのそばに置くことで賓客の扱いとしているが、星探しには関わらせない、という方針はその人選にも現れている。
 なんの権限もなく、星探しの具体的な活動には不参加の第二王子と共にあることで、ステラフィッサ王国に来る、という以上の干渉を許していないのだ。
 そのあたりを、オリオンも王族の一員としてよくよく言い含められていた。
 聖国側からなんの支援もない以上、王国から聖国に与える情報があってはならない。
 ただの監視か牽制にしたとしても、国内に招き入れるだけでもステラフィッサとしては譲歩しているのだ。
 ヴィジネー家が束ねる国内の教会以外では、ステラフィッサ王国と聖国とは緊張関係にある。
 中でもガラッシア家、当代の公爵は顕著に聖国を疎んじて見せるため、十二貴族以下の貴族家も慎重な立場を取らざるを得ない。
 各家で歓迎の夜会を開きはしても、表面だけ煌びやかに整えたいかにも貴族らしい化かし合いが実態だ。
 ヴィジネー家だけが、どちらかといえば王国寄りの立場をとるが、要は中立、聖国との橋渡しの役割を果たしている。

 そんな中、オリオンが当の使節の代表を、秘密裏にエンディミオンのもとに連れてきた。
 例え王城と大聖堂ドゥオモが目と鼻の先にあっても、グラーノが気軽に訪える場所ではない。
 行動を制限され、あらゆる煩雑な手続きを踏んで王城を訪ねたとしても、第一王子と会談できる機会はかぎりなくゼロに等しい。
 だからこそ、護衛の一人も付けずに、オリオンは夜の深い王城で人目を避けてグラーノを招き入れた。
 バレたら叱られるどころの話ではない。
 下手をすれば王家の体面さえ傷つけかねないが、今、誰よりも必要とされるのがグラーノだと、グラーノからその秘密を打ち明けられたオリオンは知ったのだ。
 その秘密が嘘か本当か、オリオンには判断が出来ない。
 けれどこの三ヶ月で築いた関係から、そんなことでグラーノが嘘をつくとは思えなかった。
 フォーリアにさえ内緒でエンディミオンに会って話しをつけたいと言うのだから、オリオンはそれだけの理由でも、グラーノの話をエンディミオンに聞いてもらうには十分だと思ったのだ。
 夜の王城は暗くて怖いし、見つからないようにグラーノを王城内に引き入れるのは至難の業だろうと覚悟をしていたのに、グラーノは、王城のことを
 オリオンさえ知らなかった隠し通路さえ使ってみせて、エンディミオンのいる図書庫に二人でたどり着いたのだ。

「オリオン、これはどういう……」

 姿を見せたグラーノに、エンディミオンは当惑した。
 オリオンは控えめな性格ながらも、王族としての責任感は強く、グラーノに対する自身の役割も重々承知しているはず。
 それがどうして、自分に聖国の代表を突然引き合わせる理由がわからない。

「オリオン殿を、叱ってやらないでいただけますか。
 儂のワガママを聞き入れてくれたのにも、きちんと理由があるのです。
 王太子殿下の、兄である貴方を思いやってのこと。
 どうか、まずは儂の話をお聞き入れいただきたい」

 幼い見た目とはウラハラに、こちらを諭すような、導くような悠然とした話し方には、どこか違和感があった。
 子供ながらに威厳を持たせようとしていた、はじめの挨拶の時とは、何かが違う────
 エンディミオンは、ひとまず二人を室内に招き入れることにした。
 図書庫の奥、王族用のエリアだとしても、誰の目に触れるかわからない。
 扉の外に二人以外の姿がないことを注意深く確認すると、エンディミオンはしっかりと扉を閉め施錠した。
 鍵をかけることで、この部屋はどんな機密も漏れない完全な防音魔法がかかる仕組みになっている。

「それで、話というのは」

 応接の用意がされているのは、アンジェロたちもここで調べものの手伝いをすることがあるからだが、大きくもないソファーでも十歳前後の二人が座るとまだまだ小さな体であることが強調される。
 ただでさえ時間のない中、焦るばかりの気持ちに幼い二人の話を聞く余裕はあるだろうか。
 エンディミオンは束の間自問自答するが、無碍に追い返すには、そこまでの気概が湧くほどの確かな手応えがこの本ばかりを読み漁る時間にはもうなくて、自分も椅子に深く腰掛けて話を促すことにした。

「兄上、グラーノ殿の話を聞いても、誰にも、父上にも母上にもお話ししないと、約束していただけますか」

 居心地の悪そうに座っていたオリオンだが、グラーノが口を開く前に、エンディミオンに懇願する瞳を向けた。

「約束するにも、話を聞かなければ判断できないな」

 もちろんエンディミオンは安易な約束はできない。
 それが弟の言うことだとしても、万が一国力を損なうことに繋がってはいけない。
 それは王太子としての責務だ。
 オリオンもわかっているはずだが、この場ではエンディミオンはステラフィッサ国の代表、グラーノは聖国の代表になるのだ。

「けれど……」

 グラーノの話す内容を知っているオリオンは、隣に座る、自分より幼い顔の少年を窺った。
 自分より年下の、元気で、少しだけ無謀な、聖国の代表という重い旗を掲げさせられながら、なんのことはないと無邪気に笑っていた少年。
 それが、あの日、ルクレツィアが倒れるところを見てから、まるで全て達観しているかのような静かな青い瞳になってしまった。
 王都のどこを見ても懐かしげにその目を細め、やがてルクレツィアの噂が重苦しくなっていくとともに、覚悟を決めた瞳で、グラーノが抱えている秘密を打ち明けて、エンディミオンに話をする時間をくれないかとオリオンに頭を下げてきた。
 グラーノはオリオンを信じて打ち明けてくれたのだ。
 ではエンディミオンはどうだろうか。
 不意に不安になって、オリオンは話し出すのを躊躇したが、グラーノは大丈夫だというようにオリオンを制した。
 オリオンの躊躇いに感謝の目礼をして見せるほど、グラーノには余裕が感じられる。
 今まで自分に木登りや無茶な探検を強いていたグラーノではないことはもうわかっている。
 そうだけれど、オリオンはグラーノをもう友だちだと思っているから、あまりにかけ離れた言動を見せられると無性に哀しくなる。
 もう自分の知っているグラーノではないことを思い知らされるから、とても悲しくなるのだ。

「オリオン、グラーノ殿、その話はそれほどのことなのだろうか」

 オリオンの様子の変化にエンディミオンも気が付きはしたが、今は慮るだけの時間も惜しいと感じてしまう。
 我ながら余裕がないとわかってはいるが、ルクレツィアの命の時間を考えると、エンディミオンは平常ではいられない。
 突き放すような言い方になってしまったが、そんなエンディミオンの心情さえグラーノは包み込むように笑顔を見せた。
 
「話を聞いて、殿下がどんな判断をくだされても儂はそれに従いましょう」

 信じるも、信じないも。
 嘘だと断じて、罰されようと。
 グラーノは静かに続けた。
 
「単刀直入に申せば、スピカを、知っております」

 グラーノの言葉に、エンディミオンは瞠目した。
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