見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

文字の大きさ
上 下
84 / 125

73

しおりを挟む
 ファウストが部屋を出て行ってからも、恥ずかし死にしそうな羞恥の波が引いては押し寄せ、結局明け方まで眠りにつくことができませんでした。

 ようやく起き出せたのはお昼過ぎ、ファウストはジョバンニ様とのお約束があるとのことですでに別邸のほうへ帰ってしまっておりました。
 あまりに遅い起床に、お父さまやドンナに元気になったと証明するつもりがまだ不調なのではと心配される羽目になってしまいましたわ。
 ずっと休み過ぎてなかなか寝付けなかっただけと言い訳をして、お庭の散策はどうにか許していただけました。
 ドンナどころか、邸内だというのに護衛騎士を三名もつけられて、たいそう厳重なお散歩になってしまいましたけれど。

 部屋着のようなゆったりとしたワンピースドレスで、リハビリのように白と薄桃色のルナリアの間の小径をゆっくりと一回りして応接間のテラスに戻ると、お茶の準備をしてお兄さまが待っていてくださいました。

「シルヴィオから東国の工芸茶というものを譲ってもらったよ。滋養の漢方効果があるそうだ」

 お湯を入れると、透明なティーポットの中できれいなお花が咲きました。

「きっとアリアンナ様から分けていただいたのですわね」

 お茶好きのアリアンナ様は、世界各国からめずらしいお茶を取り寄せてはお母さまやオルネッラ様とお茶会をしておりますから、その中からわたくしのためにと選んでくださったのでしょう。

「学園でお会いできたら、お礼を申し上げないと。それともお手紙のほうがよろしいでしょうか?」

 貴重なお品でしょうし、目にも楽しく、身体のことも気遣っていただいたのでは、やはりアリアンナ様含めて感謝の気持ちが伝わるように、お手紙に何か添えてお返ししなくては。

「気遣いは無用、だってさ」

 シルヴィオ様を真似たようなあまりに無造作な口振りで、仕草は茶化すようにティースプーンでくるくるとポットの中のお花を玩ぶお兄さまは、お行儀が悪いはずがかえって耽美な絵画のように様になってしまっております。

「それでは失礼になりません?」
「格好付けさせてあげられるのも、淑女に求められる技能スキルのひとつだよ」
「そうでしょうか……」

 お兄さまが仰るのですから、きっと間違いはございませんわね。
 けれど次にお会いした時に、せめてお礼だけは申し上げないと。
 殿下やスカーレット様、お見舞いをくださった方々皆さまにご挨拶をして回りたいくらいですし、そこで一言申し添えるくらいでしたら、お兄さまの仰る「格好付けつけさせる」ことにも妨げにはならないでしょうか。

「来週は、もしかすると殿下も私たちもあまり時間をとれないかもしれないから、顔を出すつもりならあらかじめ予定を伝えておくよ」
「次の新月までにはまだありますのに、お忙しいのですね」
「一週間後には、ビランチャ領へ発つからね」

 学園に戻ってからの段取りをいろいろと考えておりましたら、お兄さまが次の星の探索について教えてくださいました。

「次の新月はリブリの塔だ。
 王都からは五日もかからないけれど、準備することは多いからね」

 リブリの塔とは、ビランチャ領の南、王都との領境に近い「知識の街」と呼ばれるリチェルカーレにある象徴的な施設になります。
 空まで届きそうな塔にこの世のすべての知識が詰まっていると言われ、数多の蔵書が収められ、その塔を中心にステラフィッサ唯一の大学が敷地を広げております。
 その大学に研究室を持つことは国中の学者にとって名誉なことであり、少しでも多くの知識を得ようと、リチェルカーレにはたくさんの研究者やその教えを請う生徒が集まってくるのです。
 見上げても終わりが見えないほど、高い壁いっぱいに本が並んでいるということですから、一度は訪れてみたい場所です。
 けれどわたくしにまだその機会はなく、お話しに聞く情報しかありません。

「リブリの塔に、泉のようなところはありましたかしら?」

 大学の敷地にはそういう場所もあるようですけれど、お兄さまははっきりとリブリの塔が目的地のように仰いましたから、そこに何かしらの所以があるのだとは思いますが、今までのように水に浮かぶ星を掬うことにはならないのではないでしょうか。

「そこなんだ。
 リブリの塔自体、最初のビランチャ領主がアステラ神様の天恵を奉って建てたという明確な由緒があるのだけれど、この千年で塔は増築につぐ増築がされていて、街が大きくなったせいもあって、先代の巫女様の日記の様子とはまるで異なるらしい」
「それで、なるべく早くビランチャ領へいらっしゃるのですね」
「そう。それに、王都で調べられることはすべて調べてしまいたいからね。情報は多いにこしたことはない」

 星も三つ目となり、謎解き要素も加わってくる乙女ゲームなのでしょうか。
 お兄さまたちがお忙しくしている理由がよくわかりました。

「それで、今回は頭脳ブレインはいくらいても足りないくらいだから、ジョバンニと、ファウストも参加できることになったよ」
「!」

 少し油断していたところ、不意に義弟おとうとの名前を出されて心臓がビックリしてしまいました。

「そ、れは良かったですわ!」

 そこをどうにか、サジッタリオ領のことでメンバーから外されてしまったところを復帰できたことに喜んでいるふうに置き換えて、お兄さまには怪しまれないことに成功です。成功ですわよね?
 おそらくお兄さまも、わたくしがそのことを気に病んでいるのを知っていて教えてくださったのでしょうから、この反応は正解のはず、です。

「昨夜、ファウストに聞かなかった?」
「…………昨夜?」

(お、おにいさまったら何を言いはじめますの)

 昨夜という言葉に、起こったことを思い出して激しく動揺してしまいました。
 何をどこまでお兄さまは知っていらっしゃるというのか、普段と変わりない兄の顔に、わたくしは喉が乾くのを止められません。
 ひきつって言葉が出てこず、ごまかすようにお茶を一口、二口、三口……と味も感じられないまま飲み進めて口内を潤していると、何でもないことのようにお兄さまは続けました。

「昨夜、ファウストがティアの部屋から出てきたから、何か話をしたんじゃないかと思ったんだけれど」

(…………部屋から、出てきたところを、見ただけですわね?)

 何をそんなに疑うことがあるのか、やましい気持ちでもあるかのように素直に言葉を受け取れません。

「…………わたくしが机でうたた寝してしまっていたのを、運んでくれただけですの。
 体調を気遣って、すぐに出ていきましたわ」

(ウソは申しておりません!)

 わたくし、なぜこんなに焦っているのでしょう。
 言い訳じみた物言いになっておりませんでしょうか。
 こっそりとお兄さまを窺い見ると、すんなりと納得してくれたようで頷いておりました。

「そうだったんだね。
 病み上がりなのだから、机でなんて寝なくて本当に良かった。
 でも、そうか……、ティアからはまだ話していないんだね?」

(話すって、何を……!?)

 お兄さまが何を仰りたいのか、わたくし本当に気が気でありません。
 またみぞおちのあたりがキリキリしてきます。
 お母さまに痛み止めをお願いしなくては。

(わたくしがファウストに、とりわけしたいお話などありませんわ!そう、ありませんのよ……話したいきもちなんて、なく、も、なくないよう、な……)

 痛みを鎮めるように細く長く息を吐き出していると、お兄さまが少し心配そうにわたくしの顔を覗き込みました。

「あぁ、顔色がよくない。外気に当たり過ぎたかな」

 自分の着ていた上衣を脱ぐと、わたくしの肩にそっとかけてくださいました。
 お兄さまの優しい香りがいたします。
 お父さまと似ていて甘く、もう少しだけ爽やかなような。

「すまない。
 病み上がりなのにそんなに込み入った話をするわけがなかったね。
 ファウストの婚約について、ティアから話してくれるのがいちばんだと思ってしまったから」

( ────! )

 わたくし、少しだけ忘れておりましたわ。
 ファウストに、サジッタリオ家のご令嬢との婚約話が出ていたことを。
 昨夜のことを思い出しては浮ついていた心が、急激に沈んでいきます。

「…………お兄さまからお話になるのがよろしいのでは?」
「私だと、やっぱり次期公爵の立場からになってしまうから、ティアが相談にのってあげてくれるほうがファウストも本音を話しやすいんじゃないかな」
「……そうでしょうか」
「荷が重いかい?」

 どんどんと暗くなってしまう声に、お兄さまは気遣うように手を握ってくださいました。

「冷たくなっているね。部屋に戻ろう。
 この話はリチェルカーレから戻ってきてからでもいいだろう。
 それまで、ティアは一日でも早く元気になっておくれ」

 お兄さまに支えられながら部屋に戻る間、わたくしは胸が塞がるような苦しさに耐えるのに精いっぱい。

(お父さまにも、お兄さまにも、わたくしが姉としてファウストに話をすることが望まれているのですわね)

 思い出してしまった姉弟という絆は、例え義理であろうとそう簡単に乗り越えてしまっていい壁ではないということを、そんな当たり前のことをどうして忘れてしまっていたのか、わたくしの心臓には氷の棘が刺さったように、血の一滴から冷えていくような感覚が、わたくしの足取りを心許なくさせていきました。












 





 




 





しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

【完結】転生したら脳筋一家の令嬢でしたが、インテリ公爵令息と結ばれたので万事OKです。

櫻野くるみ
恋愛
ある日前世の記憶が戻ったら、この世界が乙女ゲームの舞台だと思い至った侯爵令嬢のルイーザ。 兄のテオドールが攻略対象になっていたことを思い出すと共に、大変なことに気付いてしまった。 ゲーム内でテオドールは「脳筋枠」キャラであり、家族もまとめて「脳筋一家」だったのである。 私も脳筋ってこと!? それはイヤ!! 前世でリケジョだったルイーザが、脳筋令嬢からの脱却を目指し奮闘したら、推しの攻略対象のインテリ公爵令息と恋に落ちたお話です。 ゆるく軽いラブコメ目指しています。 最終話が長くなってしまいましたが、完結しました。 小説家になろう様でも投稿を始めました。少し修正したところがあります。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

処理中です...