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「で、ティアちゃんが見初めたってどういうこと?」
興味津々とお顔に書いたセーラ様に、私は観念してまた一からフォーリア様との出会いについてご説明申し上げました。
ここまで繰り返し話すと、のぼせあがっていたような気持ちは冷静さを取り戻して、本当はそんなことなかったのでは?という気にさえなってきます。
そんな気持ちを肯定するように、唯一フォーリア様を記憶していたヴィオラ様が先ほど途中になってしまったお話の続きをしてくださいました。
「その……私も、お父様の立場上、リオーネ伯爵様とは家族ぐるみで親しくさせていただいておりますけれど、私個人の感想としましては、特別似ていらっしゃるとは……」
わたくしの心情を慮るように、それでもヘタな嘘はつかずに素直な感想を仰ってくださったヴィオラ様はトーロ伯爵家のご令嬢。
トーロ伯爵オノフリオ様はレオナルド様の右腕として騎士団のナンバー2でいらっしゃいますし、トーロ家の嫡男で、ヴィオラ様のお兄様はクラリーチェ様の一つ年上、学園卒業後、すでに騎士団でも目覚ましい昇進をなさっておいでです。
家格は同じ伯爵家、公私共に、ガラッシア家よりトーロ家のほうがリオーネ家と繋がりが深いのは当然のことです。
そんなヴィオラ様からみても、フォーリア様はレオナルド様には似ていらっしゃらなかったとのこと。
……やはりわたくしがあまりにも「恋」について思い詰め過ぎて見た幻影だったのでしょうか。
お父さまに言われたことを考えてみようと思った矢先に殿下たちと距離ができ、かと言って気持ちに何か前向きな変化が起こりそうもないことに悩んでしまったことは確かです。
逃避のようなものだったのでしょうか、適当に誰か、昔の恋心を呼び起こさせてもらおうとでもしたかのようです。
なぜあれほどにもレオナルド様に似ていると思ったのか、今ではフォーリア様のお顔を思い出そうとするとはっきりとレオナルド様を思い出してしまって、本当はどんな方だったのか、その印象はどこかぼんやりとしたものになっております。
「つまり~、ティアちゃんだけレオナルド様に似ていると感じるところがあったってことかなあ?」
(たしかに、心のゆとりを感じるというか、立ち居振る舞いにどこか共通するところがあったの、かも?)
何もかもなんとなくそんな気がする、という程度で、本当にあの夜の一瞬だけ見た夢のような感覚です。
(あの時は、もっとはっきりとした甘い衝動が湧き上がった気がいたしましたのに)
レオナルド様のことを誰かに話した時は、そのたび気持ちが深まるような、積み重なるような手応えがあったのに、今はなんだか霞を掴むように手をすり抜けていく気がするばかり。
「思ってたより、ティアちゃんからキラキラを感じない……」
残念そうにセーラ様が仰ったキラキラとは、恋する乙女の華やかな輝かしさのことでしょうか。
それでしたら、わたくしの中に恋のしはじめに感じる高揚した心持ちがまったくないのですもの、ないものはきっと感じることはできませんわね。
わたくしの消極的な姿勢に、この話はそれほど盛り上がらずに下火になっていくのが目に見えてわかりました。
「せっかくリチェお姉さまが皆さまに呼びかけてくださいましたのに……」
わたくしもわかりやすく気落ちして、申し訳なさでいっぱいです。
(わたくしの「恋心」はどこに行ってしまったのでしょう……)
そういえば、レオナルド様に撃ち抜かれたチベスナさんはお元気でしょうか。
心のお友だちはいつしか顔を出すことなく、俯瞰で「わたくし」を見ていたアラサーの主張は弱くなり、わたくしはすっかり16歳のご令嬢のような拙い感情しか持ち合わせなくなってきております。
……思えば、レオナルド様への恋は前世の「私」の恋だったのかもしれません。
それがなくなってしまった今、本当の16歳のルクレツィア・ガラッシアがする恋は、まだ誰にも未知なものなのかもしれません。
ヒロインと悪役令嬢が和解して、破滅回避も順調かと思いましたのに、その後の第二の人生に暗雲が漂いはじめました。
学園を卒業したら結婚適齢期、お兄さまとベアトリーチェお姉さまと同じように卒業してすぐに結婚、というのがわたくしたち貴族令嬢にとっては前世の世界のジューンブライドくらいの理想です。
早期婚約の風習に待ったがかかった今でも、学園生の半数近くはすでに婚約者が決まっていて、誰とでも気軽に恋愛結婚ができる状況ではありませんし、出会いだって都合よくあるわけもなく、程よい家格の方と幸せな家庭を築くわたくしの計画は、わたくしの恋心が動かないままでは前に進みようがありません。
お父さまのお墨付きが(おそらく少しだけですが)ある殿下たちとの結婚は先ほど出た結論によりかなり遠のきましたし、わたくしはそれでいいと思ってしまっておりますし……。
(ここへきて、本当に詰んでいるのでは……?)
せっかく破滅を回避しても、公爵家の令嬢が行き遅れてずうっと独身では、あまりにも外聞が悪過ぎます。
「わたくし、お姉さまといっしょに公爵家のお墓に入ってもよろしいでしょうか……」
こんな小姑がいつまでも居てはきっとご迷惑でしょうけれど、ガラッシアの領地の片隅で慎ましく暮らしますから、どうか公爵家の末端に置いておいていただけないかしら……。
飛躍したわたくしの落ち込みように、ベアトリーチェお姉さまが慌てはじめました。
「……ティア様っ、もちろん公爵家で義姉妹として命を分つまで過ごすことになったとしても私にとってはとても幸せなことですわ!
けれど今回の方は違ったとしても、ティア様でしたらぜっっったいに素敵な殿方とイヤでも恋ができますからそのように今から気落ちなさらないでっ」
お姉さまのわたくしへのフォローは手厚く、必死に励ましてくださいました。
「ルクレツィア様ほどの方に見合う素敵な殿方が、それほどいらっしゃるとも思えませんけれど……」
反して、ベアトリーチェ様の安易な慰めに疑問を感じたらしいマリレーナ様が現実的なことを仰って、わたくしはさらに失望することとなりました。
「エンディミオン様で妥協できないのでしたら、国内にもうおりませんでしょう?」
「エンディミオン様をつかまえて妥協ですって?!」
「ルクレツィア様とスカーレット様とは天と地ほども違うのですからそうなりますわ」
「妥協できないのではなく、選ぶ候補にもできないと先ほどまとまったのではなくて?」
「…………はぁ。こんなこと、クラリーチェ様に申し上げても仕方のないことですけれど」
長い溜息をついた後、マリレーナ様は貴族令嬢として至極冷静な意見を述べてくださいました。
「そもそも、ガラッシア公爵家が特殊なご様子なだけで、貴族家の婚姻に真っ当な恋愛を持ち込もうとするほうが少数派ですのよ。
ちなみにサジッタリオ家はもっと論外です」
苛立ちを隠せていないその物言いに、わたくし頭を打ちつけられたような衝撃を覚えました。
(そもそも殿下と決まりそうだった婚約を避けて今に至るのは、わたくしのワガママからでしたわ)
もちろん破滅を回避したいという理由がありましたけれど、それ以外の第二の人生の目標は、無意識に恋愛結婚を前提としてしまっていただけで、別にお兄さまとベアトリーチェ様のように婚約後に愛情を育んだってよかったのです。
初期段階で攻略対象は出揃っておりましたし、レオナルド様のことがあったとはいえ、セレーナ様とのご結婚後は攻略対象以外の適当な方をお父さまに選んでいただいて、お父さまのお眼鏡に適うのでしたらきっと悪い方では絶対ありませんし、そういう道を選んだってよかったのです。
むしろ貴族令嬢としてそちらのほうが普通のことで、破滅回避にも有効だったはず。
(わたくしが、お父さまとお母さまのような結婚に憧れていると言ったからお父さまもそれを叶えてくれようとなさっているだけで、きっと婚約の話などたくさんお断りされていたのに違いありませんわ。
けれど恋愛結婚も難しそうなわたくしの様子を心配して、エンディミオン殿下たちを見直してみてはどうかとまで助言してくださったのに、わたくしときたら……!)
穴があったら入りたいほど恥ずかしい思い上がりです。
成長すれば、自然とお父さまたちと同じように愛し愛される恋人ができると思い込んでいた節すらあります。
(それでもエンディミオン様たちから誰かを選ぶという選択肢はすでにわたくしの中ではすでに折れかかったフラグ以外のナニモノでもありませんし、ああ、今さらお父さまにどなたか適当に見繕っていただけばいいのかしら……?!)
女子会で恋バナをキャッキャするはずが、貴族令嬢のあるべき姿を思い出させられて、わたくし大混乱です。
「早期婚約の問題点はあくまで健康や事故といった不測の事態への懸念だけですから、在学中に婚約を決めるのが今の主流になりましたわね。
そこにあえて「恋」などと不確かなものを絡める必要は本来でしたら皆無です。
貴族の結婚はあくまで家同士の繋がり、王国の安寧のために必要な契約。
あとは貴族令嬢としての虚栄心が多少満たされれば、大抵のご令嬢は学園を卒業とともに決められた相手に嫁ぐのが普通です。
ベアトリーチェ様は筆頭公爵位を継ぐアンジェロ様と婚約されて相思相愛になるという類い稀な最強の勝ち組。
サジッタリオ家の恋愛至上主義は貴族中でも異端。
ルクレツィア・ガラッシア公爵令嬢だからこそ許されることもありますけれど、十二貴族とはいえ伯爵家の私たちがお二人のお話を真に受けるのはあまりお利口ではありませんわ」
この女子会の爵位では高位側の令嬢の在り方を、格下になる伯爵家側の令嬢が切って捨てるという大惨事。
今まで同じところにいて少女らしい恋バナを楽しんでいたはずのマリレーナ様が見せたあまりの現実主義ぶりが、わたくしたちを恐慌状態に陥らせました。
「わたくし……ステラフィッサ国を捨てないといけないのでしょうか……」
恋愛結婚の夢をまだ捨てられず、わたくしは震えながら国外追放ルートという文字が頭を過るのを止められませんでした。
断罪されて追放されるわけではありませんけれど、ステラフィッサ王国を出る状況は、わたくしの未来予想図にはありえなかったことです。
「そんな!ティア様が国を出られるくらいなら、私と公爵家でアンジェロ様をお支えしてくださいませっ」
「いいえっ、未婚のままというのはあまりに不憫ですわ!
この際エンディミオン様でもかまいませんから、国内で決めてしまえばよろしいのよ!
私のせいでエンディミオン様が数に入らないだけなのですから、私エンディミオン様を諦めます!」
悲壮な思いで国を捨てなければならないかと震えながら問いかければ、ベアトリーチェ様とスカーレット様が必死で思いとどまらせようとしてくださって、強い友情を感じます。
わたくしが国を出るよりエンディミオン様への思いを捨てるほうを選ぶくらいにはスカーレット様に好かれていて、正直驚きです。
ヴィオラ様も、「シルヴィオ様ではダメですか?」となぜかお薦めしてくださる始末。
「フェリックス様を諦めるとは申し上げられませんが、ルクレツィア様でしたら私も心から祝福できますから、どうか国にお留まりください!」
クラリーチェ様もその思いはブレませんが、それでもわたくしが国外に出ることは容認できないようです。
「エンディミオン様以上に釣り合う方が国内にはもういないと申し上げただけで、ルクレツィア様に国を出ろと言ったのではありませんわよ!?」
あまりの阿鼻叫喚ぶりにマリレーナ様も慌てて訂正してくださいましたが、やはりわたくしの結婚相手は国内にはもういないということでは……。
「やはり、わたくし国外に…………!」
「そうですわ!ラガロ様なら血は繋がりませんがリオーネ伯爵様の養子ですもの!
きっとこれから似ていらっしゃいますわ!いかがです?!」
そもそもそれがネックですのに、マリレーナ様も相当混乱していらっしゃいます。
エンディミオン殿下たちを恋愛対象として見られないことに納得の結論が出たはずが、皆さまにそのエンディミオン殿下たちを薦められることになってしまっております。
「待って待って待ってみんな落ち着いて!!」
大混乱のお茶会を鎮めたのは、セーラ様の一言でした。
「いるよ!もう一人!いるでしょ!
ティアちゃんのことが大好きで、ティアちゃんにとってもお似合いで、ティアちゃんだって大事に思ってて、今のところティアちゃんのまわりで彼を好きな子って聞いたことない!」
そんな都合の良い方がおりましたかしら?
「たぶん、無意識で考えないようにしてるだけだと思うんだけど」
「…………ジョバンニ様だけは良いお友だち枠から出したくないのですけれど」
「ジョバンニ様?!はあ??ありえませんわ!!」
今まで名前を出されなかった身に覚えのある方を出してみたら、スカーレット様にものすごい形相で切って捨てられました。
「ちがうちがう!
ティアちゃんが、今絶対避けたほう!!」
わたくしが、避けたほう?
・・・・・・。
「今、誰を思い浮かべた?」
セーラ様が見透かすような透明な笑みでわたくしを見つめました。
わたくしが、思い浮かべたのは。
興味津々とお顔に書いたセーラ様に、私は観念してまた一からフォーリア様との出会いについてご説明申し上げました。
ここまで繰り返し話すと、のぼせあがっていたような気持ちは冷静さを取り戻して、本当はそんなことなかったのでは?という気にさえなってきます。
そんな気持ちを肯定するように、唯一フォーリア様を記憶していたヴィオラ様が先ほど途中になってしまったお話の続きをしてくださいました。
「その……私も、お父様の立場上、リオーネ伯爵様とは家族ぐるみで親しくさせていただいておりますけれど、私個人の感想としましては、特別似ていらっしゃるとは……」
わたくしの心情を慮るように、それでもヘタな嘘はつかずに素直な感想を仰ってくださったヴィオラ様はトーロ伯爵家のご令嬢。
トーロ伯爵オノフリオ様はレオナルド様の右腕として騎士団のナンバー2でいらっしゃいますし、トーロ家の嫡男で、ヴィオラ様のお兄様はクラリーチェ様の一つ年上、学園卒業後、すでに騎士団でも目覚ましい昇進をなさっておいでです。
家格は同じ伯爵家、公私共に、ガラッシア家よりトーロ家のほうがリオーネ家と繋がりが深いのは当然のことです。
そんなヴィオラ様からみても、フォーリア様はレオナルド様には似ていらっしゃらなかったとのこと。
……やはりわたくしがあまりにも「恋」について思い詰め過ぎて見た幻影だったのでしょうか。
お父さまに言われたことを考えてみようと思った矢先に殿下たちと距離ができ、かと言って気持ちに何か前向きな変化が起こりそうもないことに悩んでしまったことは確かです。
逃避のようなものだったのでしょうか、適当に誰か、昔の恋心を呼び起こさせてもらおうとでもしたかのようです。
なぜあれほどにもレオナルド様に似ていると思ったのか、今ではフォーリア様のお顔を思い出そうとするとはっきりとレオナルド様を思い出してしまって、本当はどんな方だったのか、その印象はどこかぼんやりとしたものになっております。
「つまり~、ティアちゃんだけレオナルド様に似ていると感じるところがあったってことかなあ?」
(たしかに、心のゆとりを感じるというか、立ち居振る舞いにどこか共通するところがあったの、かも?)
何もかもなんとなくそんな気がする、という程度で、本当にあの夜の一瞬だけ見た夢のような感覚です。
(あの時は、もっとはっきりとした甘い衝動が湧き上がった気がいたしましたのに)
レオナルド様のことを誰かに話した時は、そのたび気持ちが深まるような、積み重なるような手応えがあったのに、今はなんだか霞を掴むように手をすり抜けていく気がするばかり。
「思ってたより、ティアちゃんからキラキラを感じない……」
残念そうにセーラ様が仰ったキラキラとは、恋する乙女の華やかな輝かしさのことでしょうか。
それでしたら、わたくしの中に恋のしはじめに感じる高揚した心持ちがまったくないのですもの、ないものはきっと感じることはできませんわね。
わたくしの消極的な姿勢に、この話はそれほど盛り上がらずに下火になっていくのが目に見えてわかりました。
「せっかくリチェお姉さまが皆さまに呼びかけてくださいましたのに……」
わたくしもわかりやすく気落ちして、申し訳なさでいっぱいです。
(わたくしの「恋心」はどこに行ってしまったのでしょう……)
そういえば、レオナルド様に撃ち抜かれたチベスナさんはお元気でしょうか。
心のお友だちはいつしか顔を出すことなく、俯瞰で「わたくし」を見ていたアラサーの主張は弱くなり、わたくしはすっかり16歳のご令嬢のような拙い感情しか持ち合わせなくなってきております。
……思えば、レオナルド様への恋は前世の「私」の恋だったのかもしれません。
それがなくなってしまった今、本当の16歳のルクレツィア・ガラッシアがする恋は、まだ誰にも未知なものなのかもしれません。
ヒロインと悪役令嬢が和解して、破滅回避も順調かと思いましたのに、その後の第二の人生に暗雲が漂いはじめました。
学園を卒業したら結婚適齢期、お兄さまとベアトリーチェお姉さまと同じように卒業してすぐに結婚、というのがわたくしたち貴族令嬢にとっては前世の世界のジューンブライドくらいの理想です。
早期婚約の風習に待ったがかかった今でも、学園生の半数近くはすでに婚約者が決まっていて、誰とでも気軽に恋愛結婚ができる状況ではありませんし、出会いだって都合よくあるわけもなく、程よい家格の方と幸せな家庭を築くわたくしの計画は、わたくしの恋心が動かないままでは前に進みようがありません。
お父さまのお墨付きが(おそらく少しだけですが)ある殿下たちとの結婚は先ほど出た結論によりかなり遠のきましたし、わたくしはそれでいいと思ってしまっておりますし……。
(ここへきて、本当に詰んでいるのでは……?)
せっかく破滅を回避しても、公爵家の令嬢が行き遅れてずうっと独身では、あまりにも外聞が悪過ぎます。
「わたくし、お姉さまといっしょに公爵家のお墓に入ってもよろしいでしょうか……」
こんな小姑がいつまでも居てはきっとご迷惑でしょうけれど、ガラッシアの領地の片隅で慎ましく暮らしますから、どうか公爵家の末端に置いておいていただけないかしら……。
飛躍したわたくしの落ち込みように、ベアトリーチェお姉さまが慌てはじめました。
「……ティア様っ、もちろん公爵家で義姉妹として命を分つまで過ごすことになったとしても私にとってはとても幸せなことですわ!
けれど今回の方は違ったとしても、ティア様でしたらぜっっったいに素敵な殿方とイヤでも恋ができますからそのように今から気落ちなさらないでっ」
お姉さまのわたくしへのフォローは手厚く、必死に励ましてくださいました。
「ルクレツィア様ほどの方に見合う素敵な殿方が、それほどいらっしゃるとも思えませんけれど……」
反して、ベアトリーチェ様の安易な慰めに疑問を感じたらしいマリレーナ様が現実的なことを仰って、わたくしはさらに失望することとなりました。
「エンディミオン様で妥協できないのでしたら、国内にもうおりませんでしょう?」
「エンディミオン様をつかまえて妥協ですって?!」
「ルクレツィア様とスカーレット様とは天と地ほども違うのですからそうなりますわ」
「妥協できないのではなく、選ぶ候補にもできないと先ほどまとまったのではなくて?」
「…………はぁ。こんなこと、クラリーチェ様に申し上げても仕方のないことですけれど」
長い溜息をついた後、マリレーナ様は貴族令嬢として至極冷静な意見を述べてくださいました。
「そもそも、ガラッシア公爵家が特殊なご様子なだけで、貴族家の婚姻に真っ当な恋愛を持ち込もうとするほうが少数派ですのよ。
ちなみにサジッタリオ家はもっと論外です」
苛立ちを隠せていないその物言いに、わたくし頭を打ちつけられたような衝撃を覚えました。
(そもそも殿下と決まりそうだった婚約を避けて今に至るのは、わたくしのワガママからでしたわ)
もちろん破滅を回避したいという理由がありましたけれど、それ以外の第二の人生の目標は、無意識に恋愛結婚を前提としてしまっていただけで、別にお兄さまとベアトリーチェ様のように婚約後に愛情を育んだってよかったのです。
初期段階で攻略対象は出揃っておりましたし、レオナルド様のことがあったとはいえ、セレーナ様とのご結婚後は攻略対象以外の適当な方をお父さまに選んでいただいて、お父さまのお眼鏡に適うのでしたらきっと悪い方では絶対ありませんし、そういう道を選んだってよかったのです。
むしろ貴族令嬢としてそちらのほうが普通のことで、破滅回避にも有効だったはず。
(わたくしが、お父さまとお母さまのような結婚に憧れていると言ったからお父さまもそれを叶えてくれようとなさっているだけで、きっと婚約の話などたくさんお断りされていたのに違いありませんわ。
けれど恋愛結婚も難しそうなわたくしの様子を心配して、エンディミオン殿下たちを見直してみてはどうかとまで助言してくださったのに、わたくしときたら……!)
穴があったら入りたいほど恥ずかしい思い上がりです。
成長すれば、自然とお父さまたちと同じように愛し愛される恋人ができると思い込んでいた節すらあります。
(それでもエンディミオン様たちから誰かを選ぶという選択肢はすでにわたくしの中ではすでに折れかかったフラグ以外のナニモノでもありませんし、ああ、今さらお父さまにどなたか適当に見繕っていただけばいいのかしら……?!)
女子会で恋バナをキャッキャするはずが、貴族令嬢のあるべき姿を思い出させられて、わたくし大混乱です。
「早期婚約の問題点はあくまで健康や事故といった不測の事態への懸念だけですから、在学中に婚約を決めるのが今の主流になりましたわね。
そこにあえて「恋」などと不確かなものを絡める必要は本来でしたら皆無です。
貴族の結婚はあくまで家同士の繋がり、王国の安寧のために必要な契約。
あとは貴族令嬢としての虚栄心が多少満たされれば、大抵のご令嬢は学園を卒業とともに決められた相手に嫁ぐのが普通です。
ベアトリーチェ様は筆頭公爵位を継ぐアンジェロ様と婚約されて相思相愛になるという類い稀な最強の勝ち組。
サジッタリオ家の恋愛至上主義は貴族中でも異端。
ルクレツィア・ガラッシア公爵令嬢だからこそ許されることもありますけれど、十二貴族とはいえ伯爵家の私たちがお二人のお話を真に受けるのはあまりお利口ではありませんわ」
この女子会の爵位では高位側の令嬢の在り方を、格下になる伯爵家側の令嬢が切って捨てるという大惨事。
今まで同じところにいて少女らしい恋バナを楽しんでいたはずのマリレーナ様が見せたあまりの現実主義ぶりが、わたくしたちを恐慌状態に陥らせました。
「わたくし……ステラフィッサ国を捨てないといけないのでしょうか……」
恋愛結婚の夢をまだ捨てられず、わたくしは震えながら国外追放ルートという文字が頭を過るのを止められませんでした。
断罪されて追放されるわけではありませんけれど、ステラフィッサ王国を出る状況は、わたくしの未来予想図にはありえなかったことです。
「そんな!ティア様が国を出られるくらいなら、私と公爵家でアンジェロ様をお支えしてくださいませっ」
「いいえっ、未婚のままというのはあまりに不憫ですわ!
この際エンディミオン様でもかまいませんから、国内で決めてしまえばよろしいのよ!
私のせいでエンディミオン様が数に入らないだけなのですから、私エンディミオン様を諦めます!」
悲壮な思いで国を捨てなければならないかと震えながら問いかければ、ベアトリーチェ様とスカーレット様が必死で思いとどまらせようとしてくださって、強い友情を感じます。
わたくしが国を出るよりエンディミオン様への思いを捨てるほうを選ぶくらいにはスカーレット様に好かれていて、正直驚きです。
ヴィオラ様も、「シルヴィオ様ではダメですか?」となぜかお薦めしてくださる始末。
「フェリックス様を諦めるとは申し上げられませんが、ルクレツィア様でしたら私も心から祝福できますから、どうか国にお留まりください!」
クラリーチェ様もその思いはブレませんが、それでもわたくしが国外に出ることは容認できないようです。
「エンディミオン様以上に釣り合う方が国内にはもういないと申し上げただけで、ルクレツィア様に国を出ろと言ったのではありませんわよ!?」
あまりの阿鼻叫喚ぶりにマリレーナ様も慌てて訂正してくださいましたが、やはりわたくしの結婚相手は国内にはもういないということでは……。
「やはり、わたくし国外に…………!」
「そうですわ!ラガロ様なら血は繋がりませんがリオーネ伯爵様の養子ですもの!
きっとこれから似ていらっしゃいますわ!いかがです?!」
そもそもそれがネックですのに、マリレーナ様も相当混乱していらっしゃいます。
エンディミオン殿下たちを恋愛対象として見られないことに納得の結論が出たはずが、皆さまにそのエンディミオン殿下たちを薦められることになってしまっております。
「待って待って待ってみんな落ち着いて!!」
大混乱のお茶会を鎮めたのは、セーラ様の一言でした。
「いるよ!もう一人!いるでしょ!
ティアちゃんのことが大好きで、ティアちゃんにとってもお似合いで、ティアちゃんだって大事に思ってて、今のところティアちゃんのまわりで彼を好きな子って聞いたことない!」
そんな都合の良い方がおりましたかしら?
「たぶん、無意識で考えないようにしてるだけだと思うんだけど」
「…………ジョバンニ様だけは良いお友だち枠から出したくないのですけれど」
「ジョバンニ様?!はあ??ありえませんわ!!」
今まで名前を出されなかった身に覚えのある方を出してみたら、スカーレット様にものすごい形相で切って捨てられました。
「ちがうちがう!
ティアちゃんが、今絶対避けたほう!!」
わたくしが、避けたほう?
・・・・・・。
「今、誰を思い浮かべた?」
セーラ様が見透かすような透明な笑みでわたくしを見つめました。
わたくしが、思い浮かべたのは。
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